照れる私の頭をまるで狐たちにするように芹が撫でてくれる。
「そうに決まっている。今回の件で巫女は隣町にまでこの神社の宣伝をしてくれたのだからな」
「本当ですか!?」
「ああ。この間からお前の事が隣町でも囁かれ始めているそうだ。もしかしたら玄の息子か嫁が近所の人間に話したのかもしれないな」
それを聞いて私は満面の笑みを浮かべて芹を見上げた。そんな私を見下ろして芹は少しだけ目を丸くする。そこへブルブルと震えながら狐たちがやってきた。
「さ、寒い……み、巫女、今日の夕飯は何か温かい物にしてくれ」
「シ、シチューが良いです。あの白い方の……」
「お前たち、それだけ立派な毛皮を着ていても寒いのか?」
呆れた様子で狐たちを見下ろした芹を見て、狐たちは芹が居る事に今気づいたとでも言うかのように姿勢を正して声を合わせる。
「おはようございます、芹様!」
「ああ、おはよう。そんなに寒いならそろそろ今年もまた一緒に寝るか?」
「え!? あ、いや、今年はその大丈夫……かなって」
「そ、その、今年は既に眠る場所を決めたと言いますか……あの」
しどろもどろに視線を泳がせる狐たちを見て芹がしゃがみこんで二人の顔を覗き込んだ。そんな芹に狐たちは完全に怯えてしまっている。
「み、巫女!」
そしてとうとう二人は私に助けを求めてきた。
「えっと、先輩方は先週の終わりから私の部屋で寝てらっしゃいます……よ」
「なに?」
芹の声のトーンが一段階落ちた。それと同時に狐たちは私の後ろにさっと回り込んでくる。
「どういう事だ? 私は聞いていないぞ」
「み、巫女の布団は温かいんです! あの布団乾燥機とやらがいけないんです!」
声を揃えて叫ぶ狐たちに芹は一層冷たい声で言う。
「お前たち、まさかとは思うが巫女の布団の中にまで潜り込んでいるのか?」
「ひっ!」
芹の声に狐たちはとうとう炊事場から飛び出して行ってしまった。そんな後ろ姿を芹は腕組をしながら見つめていたが、くるりとこちらを振り返る。
「ところで巫女、そのフトンカンソウキとやらは私でも使えるか?」
「あ、はい。もちろん。今晩お貸ししましょうか?」
「ああ。与えられた姿がヘビだからか、冬になるとうっかり冬眠しそうになってしまってな。眠っている間の私は手が付けられないそうだから頼む」
「わ、分かりました。絶対に冬眠しないようにしましょう!」
これは大変だ。確かに冬場は爬虫類にとっては天敵だ。うっかり冬眠に入られて大蛇に暴れられては、せっかく芹山神社が盛り返そうとしているのに全てが水の泡になってしまう。
そんな訳で今夜から芹に布団乾燥機を貸し出す事になった。
夜、芹の部屋で布団の中に乾燥機のホースを入れてスイッチを入れると、ゆっくりと布団が盛り上がりだす。
それを見て隣で座っている芹が感心したように言う。
「ほう、これは面白いな」
「芹様、お布団の中に手を入れてみてください」
「ん? どれ……これは!」
片手を入れて感嘆の声を漏らした芹は、次いで両手を布団に差し込みうっとりと目を細める。
「気に入りましたか?」
「ああ! なんだ、こんな便利な物が世の中にあったのか。昔は湯たんぽしか無くてすぐに冷え切ってしまっていたが、巫女、これはどれぐらい保つのだ?」
「どれぐらい……えっと、その人の体温によるかと……」
珍しく興奮した様子の芹に驚きつつも説明すると、途端に芹はしょんぼりとする。
「そうか……冬の私の体温など無いに等しいからな……すぐに冷めてしまうかもな」
「で、でも寝始めに暖かかったらきっと冬眠まではしませんよ! それかストーブとか電気毛布入れますか?」
何が何でも冬眠させたくない私が言うと、芹は首を傾げて私の説明に聞き入る。
「その電気毛布と言うのは良いな。巫女は持っているのか?」
「はい。まだ電気毛布いれるほどではないので、今晩お貸ししますね」
結局、芹はその日電気毛布を初めて使い、翌日にはテンコに言いつけて通販で注文していた。きっと相当気に入ったのだろう。そしてテンコは完全にスマホを使いこなしている。
いよいよ本格的に冬が到来したある日の事、バス停から神社に向かって真っ暗な夜道を歩いていると、参道の入口に何やら高級そうな車が停まっているのが見えた。
「誰だろ」
思わず呟いて早足で参道まで向かって様子を伺っていると、人の姿をした狐の二人が何やら険しい顔をして今しがた白い車に乗り込んだ人に話しかけている。
「ここにはもう正統な跡継ぎがいる! 今更戻ってきたところで芹様はお会いにはならない!」
「そうです! あなたの祖先が芹様にどんな仕打ちをしたのか、知らないとは言わせませんよ!」