「かもしれないな。元々この神社の持ち主は時宮だった。それが何故小鳥遊が継いでいるのかは私にも分からない。だがそれが分かった所でどうするのだ? お前は時宮が見つかればこの神社を時宮に渡すのか?」
その言葉に私は視線を落とした。どうしたら良いのだろうか。私はどうしたい?
「分かり……ません。まだ……」
米子達の心の声に触れて辛いことも悲しい事もあったけれど、縁がまた繋がったと知った時の喜びはそれ以上だった。誰かの役に立てた。私にも出来る事があった。それは私の大きな自信に繋がったのだ。
それはこの神社に居なければ、芹の加護がなければ一生感じる事の無かった喜びかもしれない。
視線を伏せた私を見て何か言いたげに狐たちが私を見つめてくるが、芹だけはいつも通りだ。
「ところで巫女、先に言っておくが」
「はい?」
「時宮が戻ろうとも、私はお前を追い出さないよ。それに時宮は――」
「え?」
「いや、なんでもない。そもそも私は約束をしただろう? お前が巣立つまでお前を守ると。それが私が小鳥遊の子孫に出来る唯一の事だ」
「芹様……」
あの寝ぼけた芹もそうだったが、芹はどれほどその巫女の事を大切に思っていたのだろう。
芹の言葉に何故か胸にチクリと小さなトゲが刺さる。それと同時に酷く切なくなった。
「どちらにしても昔の話だ。もうよく覚えてもいなければ今も時宮が続いているかどうかすら分からない。気になるのなら土地神に尋ねてやろうか?」
「いえ……大丈夫です。時宮家の事はもう探すの止めます。人間同士がいくら自分たちが管理者だと名乗っても、ここは芹様のお家であなたが主なんですから」
胸の痛みの理由が良く分からないまま私は言った。
私の答えに芹は少しだけ目を見張らせたがすぐに表情を戻す。
「そうか」
「はい」
私と芹は一瞬だけ視線を合わせると、夕食を再開し始めた。
結局、時宮家が正当な神社の後継者だったのかどうかは分からないまま、季節は冬になろうとしていた。
巫女の仕事にも慣れ始め、あれからも細々と村の人たちの悩みを解決しているうちに、気づけば私はいつの間にか村のほとんどの人から巫女さんと呼ばれるようになっていた。
皆の勧めでようやく土地神の神社に挨拶に行く事も出来て、今や私もすっかりこの村の氏子の仲間入りだ。
「さ、寒い……」
私はビャッコが気まぐれでプレゼントしてくれた半纏に身を包んで震えながら朝食の準備をしていると、そこへ芹がやってくる。
「おはよう、巫女。早いな」
「あ、芹様。おはようございま……温かいお茶入れましょうか?」
振り返るとそこには私よりも着込んだ、というか着膨れた芹が立っていた。
「頼む。今年の冬は寒いぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。大寒波が来る。巫女も防寒着を今から揃えておいた方が良い」
「分かりました。今日帰りに見てきます。昨日は玄さんから少しだけ依頼料が入ったんです!」
依頼料の事がどこから知れ渡ったのかは分からないが、村の人達は多かれ少なかれ悩みを解決をすると謝礼を持ってきてくれる。
どうやら拓海が言い出した『こんな田舎ではバイトも無いから辛いだろう。まだ遊びたい盛りだろうに』という話がいつの間にやら村中に知れ渡っていたらしいのだが、何と言うか申し訳無さと恥ずかしさで一杯だ。
「そうか。玄の依頼は自分の入院中の墓掃除だったか?」
「はい。今年の頭に亡くなった奥さんのお墓を半月間も放置するのは嫌だったみたいです。最初は隣町に住んでる息子さんに頼んだらしいんですけど、けんもほろろに断られたらしくて」
「それは残念だったな。だがお前は結局、玄と息子の縁も繋ぎ直していたじゃないか」
「あ、あれはただのお節介をしただけです! 玄さんの心の声も何も聞こえないのに勝手な事をしてしまいました。だって息子さんってば結婚した事をまだ玄さんに話してないとか言うんですよ! その理由がお母さんが亡くなってすぐに結婚したのが申し訳なくてだなんて。よくよく聞けば奥さんのお腹には既に赤ちゃんが居るとか言うし……そんなのですれ違ったままなんて嫌だったんです」
色んな人達の悩みに触れてきて思ったのは、皆ただ何かを踏み違えるだけなのだ。それは思わずついて出た言葉であったり態度だったりと様々だったけれど、たった一度の過ちでお互いが深く傷つき仲直りの機会さえ失ってしまっていた。
思わず力のこもった私に芹は少しだけ微笑む。
「玄の心は今だ妻の死に囚われている。けれどお前のおかげで少し未来の明かりが見えたのだろう。だから謝礼を息子と嫁と共に持ってきたんじゃないか?」
「そ、そうですかね? だと嬉しいな」
不意に芹に褒められたのが嬉しいやら恥ずかしいやらで指を擦り合わせると、頭の上に芹の冷たい手の平が乗った。