夕食の準備を済ませた私はいつまで経ってもダイニングに現れない芹を呼びに部屋へと向かった。相変わらず芹の部屋の襖には無数の御札を貼ってあった跡がある。
「芹様、晩ごはんですよ」
襖に向かって声をかけてみたが、いつまで経っても返事が聞こえてこない。
「芹様? 入りますよ?」
何だか心配になってきて恐る恐る襖を開けると、芹は部屋の真ん中で坐禅を組んで固く目を閉じていた。その頭には角が出ていて、何だか芹の周りを冷たい空気が取り巻いている。
これはもしかしたらお仕事中だろうか。そう思ってそっと芹の部屋を閉めようとすると、突然芹がパチリと目を開いた。
「人の気配がすると思ったら巫女か。どうした?」
「あ、いえ。晩ごはんが出来たって呼びに来たんです」
てっきり勝手に部屋を開けた事を叱られると思ったが、芹は特に気にした様子も無く立ち上がってこちらへやってくる。
「そうか。わざわざすまなかったな」
「えっと、お取り込み中だったんですよね? 後で食べますか?」
「いや、もう終わった。久しぶりに土地神が連絡をしてきたんだ」
「土地神?」
「ああ。ここら辺一帯の土地の神だ。あれと私は切っても切れないんだよ。もう当時の事はあまり覚えてはいないが」
それは初耳だ。つまりこの土地には神が二人居るという事なのだろうか?
よく分からなくて芹の言葉に首を傾げると、芹は少しだけ微笑んで私の背中を押すと一緒にダイニングに向かう。
「そう言えば他の神の話をした事が無かったな。丁度良い。食事をしながら話そう」
穏やかだが相変わらず硬質な声に私は頷くと、芹と共にダイニングに向かう。
「早速だが、どの土地にも土地神というのが存在する。もちろんこの村にも」
夕食を食べながら芹が口を開いた。そして土地神の話が出た途端、狐の二人は尻尾を逆立てる。
「芹様!?」
「そろそろきちんと話しておくべきだ。巫女、私を神にしたのはその土地神なんだ」
「え?」
それは一体どういう意味なのだろう? 首を傾げる私に狐の二人は観念したように続きを話し出す。
「芹様は芹山という霊山の化身だ。その山に大蛇という姿を与えたのが土地神なんだよ」
「土地神はこの地にやってきて芹山の強大な霊力に気づき姿を与えたのです。そうする事で貯まっていく力を解放しようとしたのでしょう」
「力を解放?」
驚いた私にビャッコが頷く。
「ええ。あまりにも芹山の力が強く、土地神にも抑える事が出来なかったのだと思います」
狐たちの言葉に私は息を呑んだ。どういう事だと芹を見ると、芹は優雅に味噌汁を飲んで目を細めていてどこか他人事だ。
「芹様、今の先輩方のお話は本当なんですか?」
「本当だとも。私は元より暴れる気も無かったんだがな。山に悪さをされるのは困るが、動けない私に出来ることなどたかが知れている」
「一応補足しておくと、芹山は休火山なんだ。芹様がもし暴れたら火山が噴火するかもしれない。土地神はそれを考慮して芹様に姿を与え、祀る事で力を抑えさせようとしたんだと思う」
「……それで神様にした……って事ですか?」
「そうだ。大蛇の姿やこの姿で居るのは力が必要だからな。そうする事で貯まる力を発散させようとしたのだろう」
「なるほど……」
けれど芹は別に何をするつもりも無かったと言っている。それなのに土地神はわざわざ芹に姿を与えて社を持たせ、神にしたというのか。
「芹様は嫌じゃなかったんですか?」
「嫌という感情も分からなかった。ある日、気がつけば蛇の姿を与えられていたのだから」
「そんな……そんな勝手に……」
それほど芹の力が強かったという事なのだろうが、確かに噴火は怖い。
けれどだからと言って本人の了承も無しにそんな事を勝手にするのはいかがなものか。私は思わず顔をしかめていたのだろう。私を見て芹が少しだけ微笑む。
「巫女がそんな顔をする事はない。今はこれで良かったと思っている。これが人の言う縁と言う奴なのだろう。当時の社は覚えている限り今よりもずっと貧相で、鳥居と小さな祠しか無かったんだ。それを見兼ねた当時の宮司がこの神社をここまで大きくしたんだよ。それからしばらくして小鳥遊がやってきた」
「それは凄いですね。こんな立派な神社を建てるなんて相当なお金持ちだったのでしょうか……」
「どうだろうな。その時に巫女も一緒にやってきたのだが、その二人は確か親子だったんだ。当時のこの土地の地主で時宮というのだが――」
それを聞いて私はハッとした。時宮! 思わずゴクリと息を呑んだ私を見て芹は首を傾げた。
「どうかしたか? 巫女」
「あ、いえ……その時宮さんってあの時宮商店街の人かなって思っただけです」
米子は時宮は昔はここらへんの大地主だと言っていた。もし芹の言う時宮と同じ人なのだとしたら、時宮家こそが本来この神社を継ぐはずだったのではないだろうか。
「そうだな。もう随分前に時宮はこの地を去ったが」
芹はそこで言葉を切ってまた食事を再開しようとするので、私は芹に尋ねた。
「芹様、もしかしたらその時宮さんがこの神社を継ぐはずだった……とかじゃないですよね?」
私の言葉に芹は手を止めて私をじっと見つめてくる。