長かったような短かったような夏休みが明けてからというもの、私は学校の行き帰りの時間をほとんど調べ物に費やしていた。神社ではこんな風に一人になる時間などないし、最近は部屋に居ても気がつけばいつの間にかテンコかビャッコ、もしくは芹が近くに居る。
「時宮、時宮……」
スマホで調べる限り、名前検索でヒットはしてもその人達があの時宮家の事かどうかは分からない。私はスマホを仕舞ってカバンを抱え直すとため息を落とした。
芹のおかげでもう学校ではほとんど誰の心の声も聞こえない。逆に言えば、皆口では何と言ってても本当の願いはほとんど無いという事なのだろう。
もう一つ芹山神社について気になるのは、有名な願掛け神社だったという事だ。
「芹様が皆のお願いを叶えてたって事だよね?」
それなのにどうして廃神社などと不名誉な名前がついてしまったのだろう。
芹本人に直接聞けば良いのかもしれないが、芹はあまり昔の話をしたがらない。
「やっぱ自力で調べるしか無いのかな」
ため息を落としてバスから窓の外に目をやると芹山が見えてきた。
夕日が芹山を照らし出し、山全体が赤く燃えるように色づいている。
普段なら綺麗だと思うのに、今は何だかあの山を見るのが心苦しい。これはきっと芹に黙って色々と調べているからなのだろう。
結局時宮家についての情報は何も得られないまま、無情にも時が過ぎて気がつけばもうすっかり秋になっていた。
ある日、学校から帰ってくると境内は落ち葉の絨毯で色づいてその落ち葉が本殿の軒下に大量に溜まっていた。
急いで箒を持ち出して葉っぱをかき集めてみたものの、次から次へと降ってくる落ち葉のせいで一向に終わらない。
「せんぱぁい、落ち葉が掃いても掃いても止めどなく落ちてくるんですけど~」
そんな私の様子を見ていたテンコが賽銭箱の上で転がりながら呑気にお土産に買ってきた三色団子を頬張りながら見ている。
「そこらへんでいいぞ~巫女」
「でもなんか、このままだと朝になったら神社埋もれてそうですよ!」
それぐらいの勢いで落ち葉は降り積もっているのだ。
「この時期はいつも大体こんなものです。それにこれはこれで風流ではないですか」
いつの間にやってきたのかビャッコも団子を頬張りながら本殿の軒先に座っている。
「風流の度を超えてるんですよ! お二人とも、今日の夕食は冷凍してたハンバーグで良いですか? もうちょっとここ掃除します!」
特別綺麗好きという訳でもないが、こういうのは気になって仕方ない。私は箒でガシガシと地面を掃きながら一箇所に落ち葉をまとめていく。
「巫女、いつまでも入って来ないと思っていたら、掃除などしていたのか」
しばらく掃除していると、本殿からとうとう芹まで顔を出した。
「はい……だってせっかく綺麗にしてたのに、この落ち葉……憎い……」
夏休みの間はほとんどの時間を神社に費やして来て境内も見違えるほど綺麗になってきたというのに、学校が始まってちょっと目を離したらこの有り様だ。
思わず泣きそうになった私を見て、芹が本殿から下りてきて私の隣に立つと辺りを見渡した。
「この落ち葉はいずれ虫と植物たちの寝床になる。そう怒らないでやってくれ」
諭すような芹の言葉に私はコクリと頷くと、何気なく箒を芹に手渡した。
すると芹はそのまま普通に境内の掃除をし始めたではないか。そんな芹と私を見て狐たちは尻尾を逆立てて駆け寄ってきた。
「な、何をしてるんだよ、巫女!」
「そうですよ! 芹様も! 箒を受け取ったからと言って掃除を始めないでください! あなたは神様ですよ!」
「巫女がこんなにしょげ返っているんだ。手伝ってやっても構わないだろう?」
その言葉に狐たちは引きつって声を揃えた。
「か、構います! もっと毅然とした態度で居てください! 神様らしく!」
「毅然とした態度か。神らしいとは一体どういう事なのだろうな」
何やら意味深な芹の言葉に思わず狐たちと顔を見合わせると、芹は箒を私に返して無言のまま本殿へと戻って行ってしまう。そんな芹に慌てたのは狐たちだ。
「お、怒らせたか?」
「芹様が怒るなんて! も、もしかして掃除がしたかったのでしょうか?」
青ざめる二人を見てしゃがみ込んだ私は、二人の背中をポンポンと叩いた。
「怒ってませんよ、きっと」
「そ、そうか?」
「どうして分かるのですか!」
「だって芹様は怒ると角が出るじゃないですか」
芹は感情が無いと言う割に怒りだけはよく分かるらしく、怒ると毎度のように角が出る。
私の言葉に狐たちは顔を見合わせて胸を撫で下ろし、納得してまた三色団子を食べだした。芹の先ほどの態度は怒りというよりも多分、葛藤だ。