突然お邪魔したにも関わらず米子は相変わらず笑顔で対応してくれた。
「あら~どうしたの彩葉ちゃん!『今日はお出かけだったのかしら』」
「すみません、こんな時間に。今日は拓海さんは? 夕飯の支度とか大丈夫ですか? 少しだけお聞きしたい事があって」
「拓海は締め切り間近で大変そうなの。だから今日は簡単におにぎりでも握るわ。聞きたい事って私に分かる事?」
米子は私に家に入るよう誘ってくれたが、時間も時間だ。流石にそれは辞退して単刀直入に聞くことにした。
「えっと、時宮祥子さんって方、ご存知ですか?」
突然の問いかけに米子は一瞬キョトンとしていたが、突然何かを思い出したかのようにポンと手を打つ。
「祥子さんかどうかは分からないけれど、時宮という家はあったわよ? ほら、あの商店街の通りは時宮通りでしょ?」
それを聞いて私はハッとした。そうだ。あの商店街の名前は時宮商店街だ。どうして気づかなかったのだ!
「そ、その時宮さんという方は今もこの村に居るんですか?」
思わず身を乗り出して尋ねると、米子は困ったように首を振った。
「いいえ。私が生まれた時にはもうこの村には居なかったの。だから噂話ぐらいしか知らないのよ」
「噂話?」
「ええ。時宮家は元々ここら辺の大地主さんでね、とても神秘的な力を持っていたんですって。御神託を受けて色々な事業に成功していたらしいわ。この村にも相当利益を出していたみたい。でもある時ぱったりとその力が無くなってしまって、そのまま村を出てしまったそうよ。その名残で今も通りの名前や商店街の名前として残っているんだって」
「……そうだったんですね……それじゃあ今はどこに居るか分からないって事ですか?」
「そうね。この村を出た後の事は分からないわね。お役場なら何か知ってるかもしれないけれど、これも人助けなの?『それならちゃんと協力してあげないと! 健太君にとても良くしてくれたんだって斎藤さんも喜んでらしたし、彩葉ちゃんは本当に頑張ってくれてるものね!』」
あまりにも澄んだ米子の声に申し訳なくなりながらも、私は首を横に振った。
「違うんです。単純に芹山神社の事が気になって、今日あっちの家を引き渡すついでに調べて来たんです。そしたらそこに時宮さんの名前があったから」
「そうだったの! やっぱり彩葉ちゃんは頑張りやさんねぇ『突然押し付けられた神社の由来まで調べるなんて本当に良い子だわ……こんな子を一人残して出ていくなんて、ご両親は一体何を考えているのかしら!』」
「そんな大層なものじゃないんですよ! でも気になってたので助かりました! やっぱり米さんに聞いて良かった。それじゃあそろそろ晩ごはんの支度があるので帰りますね。またピクルス持ってきます!」
「少しでもお役に立てて良かったわ。ピクルスも楽しみにしているわね『拓海が凄く好きみたいなのよね。今度レシピを教えてくれないかしら』」
珍しく荒ぶる米子の心の声を聞いて、これ以上米子を怒らせる訳にはいかないと思い急いで米子の元を去った。ついでに次にピクルスを持っていく時にはレシピも一緒に持っていこうと心に誓って。
神社に戻るとお腹を空かせた狐たちが鳥居の下で私の帰りを待ってくれていた。
「せんぱ~い!」
「巫女! 遅かったじゃないか!」
「どこで道草を食っていたのですか!?」
二人は私の姿を見つけるなり狐の姿のまま駆け寄ってきて飛びついてくる。そんな二人を抱えて境内に入ると、本殿の軒先では芹がこちらを見ていた。
「米子の所へ行っていたのか?」
芹の声に私は素直に頷いた。この村を守護する芹だ。この村に入った瞬間から私の行動などお見通しなのだろう。やはり図書館はあちらで行って良かった。
「はい。どうしても聞きたい事があって」
「聞きたいこと? 私に聞けば良いだろう?」
どうやら芹は私の行動は追えても会話までは分からないようだ。心苦しいが、まだ本当の事を伝えるべきではないと判断した私は、当たり障りのない嘘を吐くことにした。
「拓海さんに絵の事を聞きたかったんです。この神社のチラシを作ろうと思ってたのに、学校が始まるまでに出来なかったなと思って」
「なるほど。それで拓海には会えたのか?」
「いえ。拓海さんは締切に追われているそうだったので、また今度にします」
「そうか。だが今更チラシなどいらないだろう。この村の人間は巫女のおかげでこの神社の事を大分思い出し始めたようだからな」
少しだけ目元を緩めてそんな事を言う芹に私も笑顔で頷く。
芹の言う通り、最近は少しずつ参拝者が戻ってきはじめていた。