よく分からないけれど私も二人に倣って床に座りアイスを食べ始めると、ぽつりとテンコが言う。
「芹様の事、悪く思うなよ」
「へ?」
「いや、だから……芹様はあんな言い方してたけど、お前の事気に入ってるって言ってんだ」
「なんですか、急に」
「テンコに聞きましたよ。母親からの手紙にこの神社を手放しても良いと書いてあったと。それで芹様にも尋ねたのでしょう?」
「ええ、まぁ。でも芹様の答えは正しいんですよ。確かに私にも巫女の血は流れてるかもしれませんが神職の事は何も知らないし、キスだって出来ないし……」
「いや、キスは別に良いんだよ。それに何も出来ないって事はないだろ。米だって咲だって犬だってお前が居たから縁が繋がったんだ。それは巫女の資質じゃない。お前の資質だろ?」
「そうですよ。神職の事に詳しいからと言ってこの神社が飛躍的に繁盛する訳でもありません。それならば巫女のやり方で離れた氏子を取り戻すほうが確実です」
「芹様はあんな事言ってたけど本当はお前のそういう所を気に入ってるはずなんだ。長年あの方に仕えてきた僕達がそれは一番良く分かってる。ただ、芹様は自分の気持ちに本当に疎くてな。だからあんな言い方しか出来なかっただけでその、あんまり気に病むなよな」
「先輩たち……」
部屋に突然やってきたと思ったら、どうやらこの二人はさっきの私と芹のやりとりを聞いて心配して慰めに来てくれたようだ。
何だか嬉しくて二人を抱きしめると、二人は迷惑そうに身を捩る。そこへ今度は芹が現れた。
「やはりここか……なんだ、取り込み中だったか」
「芹様!」
私達の声が一つに重なる。そんな私達を見て芹は私の許可もなく部屋へ入ってきて床に座った。
「えっとー……どうかされましたか? あ、ほっぺにキスですか?」
「それもだが、ダイニングで一人でアイスを食べるのは妙な気がしてな」
「芹様はもしかして寂しかったのでは?」
ビャッコの言葉に芹は首を傾げている。
「寂しい? これがか?」
芹の問いかけにビャッコが頷くと、芹は口元に手を当てて何やら考え込んでいる。
「そうか。この気持ちなら以前にも感じた事があるな。これは寂しいのか」
何かに納得したような顔をした芹はホクホクとアイスを開け、徐ろにその場で食べだしたのだった。
夏休み最終日。私は17年間暮らしていた家を不動産屋に引き渡した。
「それでは確かに引き受け完了致しました」
この家を引き渡すまでに叔父と叔母が何度も私に連絡をしてきたが、二人は決して神社にはやってこなかった。流石に芹の天罰で懲りたのだろう。
私は鍵も書類も全て不動産屋に渡してもう一度家を見上げて心の中で、今までありがとう、と呟く。
もっと泣いてしまいそうになるかと思ったが、案外平気だ。
私はその場で不動産屋と別れて帰路に着く前に図書館に立ち寄った。
あの時芹には言わなかったが、母親の手紙には続きがあり、詳しく知りたかったら図書館で調べると良いと書かれていたのだ。
村にも図書館はあるけれど、やはり都会ほど大きくは無い。それに何となく芹のお膝元でそれを調べるのが嫌だったというのもある。
バスを乗り継いで図書館に到着すると、私は『神社名鑑』という本を探して芹山神社について調べ始めた。
「せ、せ、せ……あった」
お目当てのページは案外あっさりと見つかった。
芹山神社の由来は、芹山自体が元々霊山として崇められていた事にあるらしい。伝説では芹山には大きな白い大蛇が住んでいて、その大蛇を祀ったのがあの芹山神社だったと書かれている。
「合ってる……凄いな、昔の人」
きっと口伝で伝わったのだろうが、芹は確かに白い大蛇に変身する。
それにしてもこれを読む限り当時の人々は芹を神として祀ったというよりは、生贄の事も考えるとどちらかと言うと大蛇を封印しようとしたのではないだろうか? そう思わないでもないが、さらに読み進めてその考えを否定した。
「願い事神社……」
その昔、芹山神社は願掛け神社として有名だったようだ。どんな願いでも叶うと評判だったらしい。それなのに何故今のようになってしまったのだろうか。
生憎どうして廃れてしまったのかまでは書かれてはいなかったが、最後の最後に追記されていた、現在は廃神社という文字が悲しい。
その下には情報提供をした人の名前が掲載されていた。そこにはしっかりと『時宮祥子』と書かれている。
「時宮祥子……」
私はその名前をスマホのメモ帳に残すと、本を戻して図書館を出た。時間はまだ昼過ぎだ。
村に戻ると既に夕方になっていたが、どうしてもこの時宮という人が気になった私は、神社には戻らずに米子の家へ向かった。