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第30話『一通の封筒』

「芹様、これなんですけどちょっと見てもらえますか?」

 机の上に封筒を置いて芹の方に滑らせると、芹はその手紙を手に取り裏返す。

「これは巫女宛か」

「そうなんです。でも誰からか分からなくて怖いなって」

「……特に悪い感じもしないが、開けてみても構わないか?」

「もちろんです」


 友人や身内ならこんな手紙など送りつけてくる前にまずはスマホに連絡をくれるはずだ。


 けれどそれもなく突然届いた手紙に少しだけ恐怖を覚えてしまう。


 一方芹は手紙を開けて中から一枚の便箋を取り出して広げ、それにザッと目を通すと無言で私の方に押しやってくる。


「?」

「読めん」

「え?」


 楷書や草書も読める芹に読めない文字など私に読めるはずもない。


 そう思いつつ便箋を受け取ると、そこには目がチカチカしそうな程浮かれた文字が綴られていた。


「……」

「どうした? 誰からだ?」

「この特徴のある字は……母ですね」


 まさかの母親からの手紙に私は息を呑んだ。そんな私とは裏腹に芹は感心したような声で言う。


「お前の母親は博識だな。私ですら見たことのない……これは象形文字か?」

「あ、いえ。これは何ていうか母が女子高生の頃に流行った文字らしくて。まぁ象形文字みたいなものかもしれません」


 不思議な手紙の折り方と不思議な文字。母の青春時代に流行った独自の文化だと言っていた。


「それで内容は?」

「えっとー……ああ、この神社の事みたいです。お父さんは忘れてるだろうからって」


 手紙を読みながらそこまで言って、私はふと視線を一箇所に留め凝視する。


「どうした?」

「その……この神社を引き継ぐ予定だったのは本当はうちじゃなくて、違う家だったみたいだから好きに手放していいわよって……書いてます」

「なに?」


 視線を上げると真正面から芹と視線がぶつかった。芹も私の顔をじっと見つめ、何か言いたげに口を開きすぐに閉じてしまう。


「えっと……」


 無言になってしまった芹が気まずくてどうしようか困っていると、ようやく芹が口を開く。


「それで、巫女はどうするのだ?」

「え?」

「お前の願いはここを出る事だっただろう?」

「それはそう……ですけど」


 最初は確かにそうだった。誰か相応しい人が他に居るのならここを譲り渡して私は都会に戻ろうと思っていたが、今追い出された所で結局私に家は無いし、何だかんだとここは居心地が良いと思い始めている。


 芹はどう思っているのだろうか? そう思いつつ芹を見ても彼は感情が本当に読めない。今も優雅にお茶を飲みながら母からの手紙をしげしげと見つめている。


「芹様はどうなんですか?」

「私か?」

「はい。私じゃなくても、巫女なら誰でも良いんですか?」

「誰でも良い訳ではないな。出来れば巫女の血筋であるのが望ましい」

「……それだけ?」

「それだけとは?」

「……いえ。えっと、変な事聞いてごめんなさい! ちょっとこのもう一つの家というのを調べてみますね!」


 それだけ言って私は手紙をぐしゃりと握りしめてダイニングを飛び出した。


 分かっていた事だ。芹は別に私でなくてもこの神社の巫女が欲しかっただけだと言う事は。そもそも私の元々の目的はこの神社を立て直して収入を得るついでに、新しい巫女を雇ってもらうという事だったはずだ。


 部屋に引っ込んだ私は握りしめた手紙を伸ばしてベッドに転がると、天井を見上げてため息を落とした。


 しばらくそのまま放心していると、部屋の外から狐たちの声が聞こえてくる。


「おい巫女、起きてるか?」

「巫女、アイスはどれが良いですか?」


 その声を聞いて襖を開けると、そこには人の姿になった狐たちがアイスを抱えてじっとこちらを見上げていた。


「私はどれでも良いですよ。先輩方が先に選んでください」


 何となくそう言うと、二人は何故か部屋に上がりこんできてお気に入りの大きなビーズクッションに二人してちょこんと座り、その場でアイスを選び始める。


「ほら、お前のはこれな」

「半分寄越しなさい」


 二人は残った一つを私の手に押し付けると、クッションの上で足を伸ばしてリラックスした様子でアイスを食べ始めた。

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