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第28話『芹の祝福』

『ありがとう、だそうだ』

「え?」

『巫女にモモからの礼だ。伝えてくれてありがとう、と。モモには私から祝福の加護を与えよう。また時期を見てここへ戻ると良い』


 芹がそう言うなり、私の髪から花が落ちた。それと同時に目の前に半透明の芹が現れる。


 それを見て私が思わず息を呑むと、芹はこちらを見て人差し指を唇に当て、次にその手でモモの頭に触れた。


 その途端、それまで眠っていたモモがゆっくりと目を開けて、しがみついて泣いている健太の頬をぺろりと舐める。


「モモ!『舐めた! 今、モモが僕を舐めた!』」

「モモ!?」

『お前に残された時間は幾ばくもない。有効に使え』 


 芹はそれだけ言ってモモの頭から手をどけると、またモモは深い眠りについてしまう。


 そして気づけば芹もまた白い花に戻っている。私はそれを拾い上げてもう一度自分の耳元に挿すと、そっと立ち上がった。


「えっと、偉そうな事言ってすみませんでした。それじゃあ私はそろそろ――」


 そう言って立ち去ろうとした私の手を、健太が掴んだ。その顔は今も泣き出しそうに歪んでいる。それでも健太は無理やり笑った。


「巫女さん! ありがとう。僕、もうモモとお別れなんだね……でも、モモの気持ち教えてくれてありがとう。僕、ずっとモモの側にいるよ」

「うん。そうしてあげて。それがモモの幸せなんだって」

「うん!」

「あの……私からもお礼を言わせてください。私、モモが弱ってた事ずっと分かってたんです。でも言えなかった。健太になんて伝えたら良いのか、どうしたって悲しむのに、少しでもそれを先延ばしにしようとして……『本当は私がしなければならなかった事なのに……情けない……ごめんなさい』」

「私はモモさんの気持ちを伝えただけですよ。それに健太君も分かってます、ちゃんと。ママも自分と同じように悲しくて辛いんだって」

「……はい」


 母親はそのまま健太とモモを抱きしめて嗚咽を漏らす。もう心の声は聞こえなかった。


 家を出た私が俯いてトボトボと歩いていると、また花が落ちる。


 それを見て咄嗟に拾い上げようとした私の手を白い手が掴んだ。芹だ。


「芹様」

「どうして手を出したんだ。せっかく止めたのに」


 言いながら芹は自分の袖で私の頬の涙を拭ってくれる。


「お母さんの方の声が気になったんです」

「母親の声?」

「はい。何か凄く後悔してそうだったから。何に後悔してるのかなって気になったんです」

「なるほど。それで助けたいと思ったのか?」

「そんな大層な事は考えてませんでしたけど、ちょっとでもその後悔が晴れると良いなって。だってきっと凄く素敵なお母さんだろうから」


 本音を言うと、思わず自分の母親と重ねたのだ。もしもこんな家に生まれていたら私は今も笑っていられたのだろうか、と。


 最近はよく両親の事を考えてしまう。米子や咲子が謝礼だと言ってくれたお金を使って両親を探そうかと考えた事もあった。


 けれど、私も健太のようにそろそろ決別する決心をしなければならないのだろう。


 私はそんな思いを振り払うように顔を上げて隣を歩く芹を見上げた。


「どうした?」

「芹様は動物の声も聞こえるんですね」

「山だからな。植物の声も聞こえるぞ」

「そうなんですか!?」

「ああ。咲子に育てられている野菜達はとにかく賑やかだ。よく喋る」

「え、それ聞くと凄く食べにくくなるんですけど……」

「何を言う。あいつらは美味しく食べられるのが幸せなんだ。もしくは肥料になる時だな。どんな生物も他者の役に立ちたくて生きている」

「……そうなんですか?」


 何だか物凄く神様っぽい事を言われた気がして思わず芹を尊敬しそうになったのだが――。


「さあ? 適当にそれらしい事を言っただけだ。実際は子孫繁栄の為に生きているんじゃないか」

「芹様!」

「それよりも頑張ったじゃないか。初めて巫女の手腕を見たが、やはり人の心は人に任せるのが一番のようだ」


 思わず怒鳴った私を見て芹は肩を竦めて少しだけ微笑むと、虚勢を張る私を慰めるように頭を撫でてくれた。


 それから二人で商店街に向かって歩いていると、正面からテンコが自転車を押してこちらに駆けて来る。


「おーい! せ、芹様!?」

「テンコか。ビャッコはどうした?」

「ビャッコは先に荷物を置きに帰りました。駄菓子屋の弥生がアイスをくれたんです」

「そうか。棒のやつか」

「いえ、どれが良いかと聞かれたので、芹様が絶賛していたあの餅っぽい奴にしました」

「でかした。では帰ろうか、巫女」

「はい」


 アイスに釣られて神社に戻ろうと言い出す芹と、多分パンパンに腫れた目をしている私を交互に見てテンコは首を傾げている。


「あのー……どうだったんですか? あの親子」

「解決した。側で巫女の手腕を見ていたが、なかなかだったぞ」

「そうですか! で、お前は何でそんな目腫らしてんだ?」

「そ、それがですね! 聞いてくださいよ、テンコ先輩! 実は――」


 心の機微に疎い芹にはきっとこの気持ちは理解出来ないだろう。私はテンコの肩を揺さぶって事の顛末を早口でまくし立てた。


 そんな私の態度にテンコは顔を強張らせている。

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