狐たちはジェスチャーで「こいつらをとっとと追い出せ」と指示してくるが、私にそんな度胸は無い。この二人には昔から言われたい放題なのだ。ここに従姉妹の姫良々が居ないだけマシである。
「ま、なんでもいいわ。早く金寄越せよ。あとこの神社? これも俺等の名義に変えるから」
それを聞いて私は思わず顔を上げた。
「なんで!?」
「何でってお前、神社は税金対策になんだよ。まぁあのおっさんのだったらしいけど、俺等にも権利あんだろ」
いや、どう考えても無いだろ。そんな事を考えつつ私はようやく顔を上げてハッキリと言った。
「この神社は渡せません。絶対です」
私の言葉に二人は一瞬驚いたような顔をしたけれど、次の瞬間には立ち上がってまた怒鳴りつけてくる。
「お前がどう言おうがこれはもう決定だ! さっさと権利書寄越せよ!」
「そうよ! 何楯突いてんのよ、鬱陶しい!」
「嫌です! あんまりしつこいと警察呼びますよ!?」
「呼べるもんなら呼んでみろよ。警察は家族間の事にはほぼ介入しねぇんだよ! ほら、痛い目に遭いたくなきゃさっさと寄越せよ!」
叔父はニヤニヤ笑って近づいてくる。どうやら力付くでもこの神社の権利書を取り上げるつもりらしい。私は立ち上がって部屋の隅まで逃げようとしたが、叔母に足を掴まれてその場で派手に転んでしまった。そんな私を見て叔母がゲラゲラと下品に笑う。
「やっば! だっさ! 見た? 今の! あ~動画撮っとけば良かった~」
「ははは! 万バズ間違いなしだな! おら! こっち向け! 大人に歯向かったらどうなるか教えてやるよ!」
叔父は転んだ私の上に跨って拳を振り上げたその時だ。
襖が突然ガラリと開いて音もなく芹が部屋に入ってきたかと思うと、叔父の腕を掴んだのだ。
「うちの巫女に何をしているんだ?」
低く冷たい声に叔父も叔母もピタリと行動を止めた。叔母に至っては美しすぎる芹を目の前にして完全に呆けている。
「う、うちの巫女? お、お前誰だよ!? 離せ! 離せよ!」
叔父はその場で暴れてどうにか芹の手から逃れようとするが、芹はさほど力を入れていないようなのに微動だにしない。
「そうだ。彼女はこの神社の巫女だ。巫女、私の後ろに」
「は、はい!」
私はすぐさま立ち上がって芹の後ろに隠れると、足元に狐たちがやってきて体を擦り寄せてくる。どうやらこの二人が芹を呼びに行ってくれたようだ。
私が後ろに隠れた事を確認した芹は、静かな声で言う。
「私の許可なく神域に上がり込んだ挙げ句、巫女に手出しをしようとして生きて帰れると思うなよ」
芹がそう言った途端、突然全ての襖が勝手に閉じた。それに気づいた叔母が悲鳴を上げて這いずりながら襖を開けようとするが、襖はピクリとも動かない。
「なに? 何なのよ!? 出して! 出しなさいよ!」
「ふっざけんな! お前、何なんだよ!?」
いつものように大きな声で怒鳴れば皆が大人しくなると思っているのか、叔父は威勢よく怒鳴るが芹の前ではそんな虚勢など無力だ。何せ山なのだから。
「ふざけてなど居ない。お前たちは2つの禁忌を犯した。その代償はきっちりと支払ってもらわなければ」
芹は叔父から手を放すと、みるみる間にあの真っ白な大蛇に姿を変えた。部屋一杯に広がる芹を見て二人は声を失い、完全に固まってしまう。
芹はその巨体で二人を締め上げると、真っ赤な瞳で二人の顔を覗き込み凍えそうなほど冷たい声で言う。
「無知も大概にしておけ。神の社で暴れるなど命知らずにも程がある。お前たちにこの先幸運は二度と訪れない。短い余生を這いつくばり地を舐めながら生きるが良い」
それだけ言って芹は二人をさらに締め上げると、二人は恐怖のあまりとうとう気を失ってしまった。そんな二人を床に転がすと、芹は人の姿に戻り狐たちに言いつける。
「お前たち、こいつらを山の奥に捨ててこい」
「はい!」
その声を聞いて狐たちは一人ずつ咥えて重さなど気にもならない様子で本殿を出ていく。
私はと言えば、あまりの事に全身から力が抜けてその場にへたり込んでしまった。
「大丈夫か? 巫女」
「……はい」
芹が差し出してきた手を取り立ち上がると、今度は涙がこぼれ落ちる。
昔から親戚の中でもあの二人が一番苦手だ。そんな二人がわざわざ私にあんな事を言いに来たという事は、両親は本当に何もかもを捨てて消えてしまったのだろう。心の何処かでひょっこり両親から連絡が来るんじゃないかと期待していた。
けれど、どうやら私と両親の縁は本当に切れてしまったようだ。その事に気づいて私は大きく息を吸い込み色んな物を飲み込んだ。
そして芹に一歩近づいてぽつりと呟く。
「芹様」
「なんだ?」
「……抱きついても、良いですか」
私の言葉に芹は一瞬首を傾げたが、ゆっくりと頷いて両手を広げてくれる。そんな芹に私はしがみつくと、とうとう声を殺して泣いてしまった。
芹の着物を握りしめて胸に顔を埋めて嗚咽を漏らす私の背中を、芹はずっと撫でてくれていた……。