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第23話『予期せぬ出来事』

 皮を剥いたジャガイモを蒸している間にミンチを炒めて味付けをしていると、その匂いに釣られたのか、今度は芹がやってきた。


「この匂いはよく村からする匂いだな」

「晩ごはんの匂いですよね、お醤油って。昔は他所の家から匂うご飯の匂いがそれはもう羨ましかったものです」

「そうなのか?」

「はい。両親は共働きだったので、小さい頃は大体コンビニのお弁当でしたね。中学生になった頃からやっと料理をし始めたんですよ。そうしたら何だか楽しくなっちゃって」

「では私達は巫女の両親が共働きだった事に感謝をしなくてはならないな」

「どうしてです?」

「そのおかげでお前の料理の腕は上がったのだろう?」

「確かに! 芹様が一緒にご飯を食べてくれるようになったのは両親のおかげかもしれませんね」


 そんな風に考えた事も無かったので、言われてハッとしてしまった。


 小さい時は両親が家に居ない事を寂しく思っていたが、そのおかげで大体の事は何でも一人で出来るようになったとも言える。


「芹様」

「なんだ?」

「いつか私がここを巣立ったら、芹様は寂しいですか?」


 何となく気になって問いかけてみると、芹はふとつまみ食いをしようとしていた手を止めてこちらを見下ろす。


「寂しい……そうだな。いや、どうだろう……寂しい……」


 私の問いかけに芹は腕を組んでそのまま考え込んでしまった。どうやら芹にはまだ寂しいという心の動きはよく分からないようだ。


「すみません、変な事聞いて」

「いや、良い。私は元々が山で生物ではない。生物は常に私の上で生死のやりとりをしていていつかは私の元から去っていく。それについて何かを思う事など無かったからな。それが生物のあるべき姿で私にも止める事は出来ない。ただ……」

「ただ?」

「ここ数日色んな物を飲み食いしたが、生物の営みを少し知り、山の私にすら好む味と好まない味があるのだと知った。そしてそれを食べる事が出来なくなるのは、好ましくないな」

「芹様が感情に目覚め始めている!」

「き、奇跡です!」


 芹の言葉に驚愕している狐たちを無視して、私は今しがた出来上がったコロッケを1つ、芹に手渡した。


「これはどうですか? 芹様」

「熱いな」

「そういうのは分かるんですね」

「……巫女、私に感情は無いかもしれないが感覚はあるんだぞ。どれ」


 芹はコロッケをしげしげと眺め、次いで鼻先に持っていく。そして上品に齧りついて目を見開いた。


「これはなかなか好ましいな。なるほど。村からいつもしていた匂いは、こんな味の物だったのだな。また一つ知見が広がったようだ」


 コロッケを食べ終えた芹は独り言を呟きながら炊事場を出ていく。そんな芹を見て私達は顔を見合わせていた。


 全てが順調かと言われれば、そうではない。私は今それを痛感していた。


 夏休みも後半に差し掛かり、咲子の家族への誤解も解けてようやく一段落したと思っていたのに今、本殿の客間として使っている部屋で私の正面に母方の叔父とその妻が座っている。


「彩葉、お前、あいつらの服やら時計やらはどうしたんだ?」

「……好きにして良いって言われたので売っちゃいました……けど」


 視線を泳がせながら言うと、途端に目の前の二人が目を吊り上げた。


「ふざけるな! あれは俺が義兄さんから貰う約束してたんだぞ!『ま、嘘だけど』」

「そうよ! それに千秋さんの服やバッグは私にくれるって約束してたのよ!? それを勝手に売るだなんて!『あんなダサいのでも金にはなるでしょ』」

「えっとー……ごめんなさい」


 一応謝ってはみたが、そもそもどうして私が責められなければならないのだ。両親は来年受験生の私を放りだして家の片付けだけを頼みさっさと出て行ってしまったというのに。おまけに神社の固定資産税まで払わされて、怒りたいのはむしろこちらだ。


「はぁ……まぁ、売ってしまったものは仕方がない。ほら、出せよ」

「え?」

「え? じゃねぇんだよ! 時計やらバッグやら売った金出せって言ってんだよ! ったく、本当に気の利かないガキだな! あいつらそっくりだよお前は!」

「……」

「大体なぁに? こんなド田舎の神社に住んでるとかありえないわよ。良い歳した娘が恥ずかしくないの? それに相変わらずダッサイ私服。ちょっとは身なりに気を使いなさいよ『ま、この子にはお似合いだけどね。それよりも金よ、金』」

「そういうとこもあのおっさんにそっくりじゃん。いくら頑張っても所詮アレだからな。姉貴もよくあんなのと結婚したもんだぜ『ったく、急に絶縁とか言って番号もアドレスも変えやがって。ふざけんなよ、あいつ。集るとこ一個減っちまったじゃねぇか』」

「……」


 私はどうにか耐えていたが、あんなでも親は親だ。机の下で拳を握りしめて俯き、唇を噛み締める。涙がじんわりと浮かんできた。怖いからじゃない。悔しくてだ。どうしてこの二人にこんな事を言われなければならないのだ。


 さらに俯いた私の視線の先では狐たちが怒りの表情でこちらを見上げていた。

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