「うん。もう……無いけど」
「無い? どういう事だ?」
それを聞いて父親の顔色が変わった。どうやら畑を取り上げられた事はまだ父親の耳に入っていなかったようだ。
「受験勉強しなさいって。お姉ちゃんから電話があったんだって……」
「聞いてないぞ。あいつ、また夢子の言葉1つで『どうして咲の人生を夢に選ばせるんだ!』」
丁度そこへタイミングが良いのか悪いのか、咲子の母親と姉がやってきた。
「お待たせしてしまってごめんなさいね。あら、あなたが彩葉さん?『咲子に取り入って何するつもり? この子は昔からちょっと変わっててからかわれる対象になるけど、そうはさせるもんですか』」
「こんにちは。咲がいつもお世話になってます『咲に近づいてまた咲を利用しようとしてるんでしょ? そうはいかないから!』」
私の目の前で二人は穏やかで優しそうな顔をするけれど、心の声はジャミジャミだ。それは拓海が私を疑っていた時とよく似ている。
けれど二人の心の声を聞いて私は確信した。どうやら私はとんだ勘違いをしていたようだ。てっきり姉が意地悪で咲子の物を取り上げるのだと、母親は咲子の出来が悪くて辛くあたるのだと。
でもそうじゃない。皆、咲子が可愛いのだ。だからこそ巣箱に閉じ込めようとしていたのかもしれない。
「こちらこそ咲子さんには本当にお世話になってます。小鳥遊彩葉と申します。これ、つまらない物ですがどうぞ」
そう言ってまた漬物を差し出すと、それを遮るように父親が母親と夢子を睨みつけた。
「お前たち、どういう事だ? 咲から畑取り上げたんだって?」
「どうしてそれを?」
「これ、食ってみろ」
キョトンとする母親に父親が私の作った浅漬を差し出すと、母親は怪訝な顔をして浅漬を食べて目を見開く。そんな母親を見て夢子も1つ摘んで息を呑んだ。
「お父さんの野菜とそっくり『どうして? この夏はお父さんずっと入院してたのに』」
「ほんとだわ……『このお野菜は一体どこの……?』」
「俺のとそっくり? 違うだろ? この野菜の方が味が濃い。似てはいるが、俺のじゃない。咲のだ」
「え!?」
父親の厳しい声に二人の声が重なった。その途端、私の後ろで隠れるように震えて居た咲子がビクリと体を強張らせる。
私はそんな咲子の手を握って、咲子に言った。
「咲ちゃん、どうして今まで誰にも食べてもらわなかったの? こんなに美味しいのに、勿体ない」
「だ、だって、あんたは何やっても無駄だってずっと……ずっと言われてて……『それに、私が野菜の話ししたらお母さんもお姉ちゃんも不機嫌になるし……』」
「バカだなぁ! 無駄な訳ないじゃない! 自分で食べられる物を作れるって凄い事だよ」
「そんな事ないよ。少なくとも同年代には理解されないし『そのせいで今まで虐められてきたんだもん』」
「それはさ、そういう人たちが居ない場所だからだよ。でもさ、例えばそういう大学行ったらどうだろう? むしろ野菜の話をしない人の方が珍しいんじゃない?」
「……」
芹は言っていた。後は羽ばたくだけだと。一歩巣箱から飛び出せば、きっとその世界の広さに驚くのだろう。それは私にも言える事だ。私はまだ咲子のようにしたい事が定まっていない。だから今、こうして皆の心に触れて探しているのかもしれない。本当に自分がしたい事を。
「巫女さんの言う通りだ。咲はもう高3で、自分の進路もちゃんと決められる。友だちだってそうだ。自分で選べる。いつまでお前たちはそうやって咲のやろうとする事を阻むんだ『それじゃあ咲がいつまで経っても家を出られないだろうが!』」
「で、でも咲は私と一緒で要領が悪くて、昔からどこへ行っても虐められてばかりで……だから……『だからちゃんと私がこの子の道を決めてあげないと。咲が選ぶ道にはいつも敵ばっかりなんだから』」
「そうよ! お父さんは知らないんでしょ? 咲がずっと農家の娘だって、野菜の話ばっかりしてるって裏で虐められてた事! あいつら皆そう。咲に良い事言って近づいて、咲の事利用する事しか考えてなかったのよ!『だから全部壊してやった。咲があんな奴らに利用されてるの見て許せなかったのよ!』」
「お母さん、お姉ちゃん……『どういう事? 二人とも、もしかして私の事嫌ってた訳じゃ……ないの?』」
皆の心の声がどんどん透き通っていく。それはまるで心に塗り固めていたメッキが剥がれていくかのようだった。