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第20話『空元気』

「そうなの! これだけのお野菜を作るのは大変でしょうに。でも嬉しいわね。農家がどんどん減っていく中、こういうのを好きだって言う若い子が居るのは嬉しい事だわ『今度篠崎さんにお願いしてお野菜分けてもらおうかしら……このキュウリもナスも本当に美味しいわ』」


 米子の心の声は既に咲子の野菜に夢中だ。先程から沢山作ってきた浅漬がどんどん無くなっていく。この反応を見て私は確信した。やはり咲子の作る野菜は美味しいのだ。


 この村にやってくるまで私は知らなかった。野菜にはこんなにも味があるのだという事を。


 スーパーで売っている野菜ももちろん美味しいし有り難いのだが、何ていうか咲子の作る野菜は味が濃い。たった数時間しか漬けていない浅漬でさえこれなのだ。これを知らないなんて勿体ない。何よりも野菜嫌いの狐たちでさえ咲子の野菜で作ったサラダは残さずに食べた。これは奇跡だ。


「お姉さんが大学に行ってしまって旦那さんが入院されてから篠崎さんは咲子さんと二人になってしまったって嘆いてらっしゃったの。夢子さんはしっかりしてるけど、咲子さんはどうにも要領が悪いから心配だって。あの子の事を思うとついつい厳しくなってしまうそうよ。咲子さんはお父様の後を継ぐのかしら」

「どうなんでしょうか……ちなみに咲子さんのお父さんってどうして入院してるんですか?」

「篠崎さんの旦那さん? 何でもヘルニアが悪化したとかで手術をするんですって。もしかして彩葉ちゃん……『またお仕事かしら?』」


 何かを察した米子に私は苦笑いを浮かべて肩を竦めた。そんな私を見て米子は笑う。


「米さんの時と一緒です。私が勝手にしたいんです。咲ちゃんはここで出来た初めての同い年のお友達だから」

「そうね。同年代の友人はとても貴重よ。私も応援してるわね!『青春だわ! 頑張るのよ、二人とも!』」

「はい!」


 米子はやはり応援気質だ。相変わらず心の声は澄み渡っている。


「俺も応援してる。咲ちゃんに伝えといてくれ。嫌なことがあったら昔みたいにここに来いって。拓海兄ちゃんはもうどこにも行かないからって『ずっと妹みたいに思ってたんだ。俺に出来る事は何でもしたやりたいしな』」

「分かりました!」


 私は二人の応援を受けて、残りの浅漬を持って自転車に跨った。米子達に貰ったお金で唯一買った物。それはピンクの愛車『芹山号』だ。


 自転車の中のカゴには二匹の狐がギュウギュウに詰まっている。


「その顔だと米子達のお墨付きもらったか?」

「はい!」

「それで、これから咲子の父親の病院ですか?」

「はい! 今日はご家族にご挨拶に行くって咲ちゃんには伝えてあるんです! で、病院で待ち合わせしてるんですよ!」


 急いで自転車を漕ぐ私に狐たちは歯を出して笑った。


 病院に到着すると、そこには咲子が浮かない顔をして待っていた。そんな咲子を見つけて私はさらにスピードを上げる。


「咲ちゃーん!」

「彩葉! こんな遠くまでありがとう!」


 キキキーっと咲子の前でブレーキをかけた私は、皆には見えない二匹の狐がギュウっと潰れるのを無視して自転車から下りた。


「遅くなってごめんね!」

「全然! 時間ぴったりだよ。後でお母さんとお姉ちゃんも来るみたい『本当は会わせたくないけど……仕方ないか』」

「そっか!」


 この村に来てからようやく挨拶周りを始めた私だったが、どこへ行っても大体の人が歓迎してくれたけれど、咲子の家族はどうだろうか。


 私はお菓子と漬物を持って自転車を停めると咲子と先に病室に向かう。


「お父さん、来たよ!」


 病室に入ると、咲子が突然声のトーンを変えた。


「おお、咲! あれ? 母さんと夢は?」

「電車が遅れてるんだって。あ! 紹介するね。新しく越してきた小鳥遊彩葉さん。私と同じ年で、なんと! あの芹山神社で巫女さんしてるの!」


 空元気とも思える咲子のテンションの上がりぶりに何だか胸が切なくなる。咲子はもしかしたら家族の前ではこんな風に振る舞っていたのだろうか。


「ご挨拶が遅れました。今月の頭からこちらに越してきた小鳥遊彩葉と申します。咲子さんとはこの間偶然川で会って、それから仲良くさせてもらっています」


 父親の前で深々と頭を下げると、父親は私達を見て目を細める。


「こりゃまた随分としっかりした子が来たな! 咲、お前迷惑かけてないか? 鈍臭いんだから巫女さんの仕事邪魔すんなよ?『大丈夫かな……咲は要領が悪いからまた嫌われないといいが……』」

「しないよ!『止めてよ、友だちの前でそういう事言うの!』」

「迷惑だなんて! 咲さんには私の方がお世話になりっぱなしで。あ、これ良かったら、東京のお菓子とお漬物です。お口に合うと良いんですけど……」


 そう言って私は紙袋の中からお菓子と漬物を取り出して父親に蓋を開けて渡すと、父親は漬物を一つ取って口に放り込んだ。


「へぇ、どれどれ。ん?『これ……うちのと似てるけど……どこのだ?』」


 そんな父親の反応を見て、何かに気づいたのか咲子が何か言いたげにこちらを見てきたが、あえてそんな咲子を無視して言う。


「実はこれ、咲ちゃんが作って持ってきてくれたお野菜なんです! 私こんなお野菜食べたの初めてで思わず大量に漬けてしまって」

「い、彩葉!『駄目だよ! それは言っちゃ駄目!』」


 咲子が私の腕を掴んで引っ張るが、それよりも先に咲子の父親が口を開く。


「咲、この野菜はなんだ? 本当にお前が作ったのか?」

「こ、これは……そう、だよ……お父さんの見様見真似だけど……」

「見様見真似ってお前これは……あの畑か?『俺が作るのより美味いじゃないか……』」


 咲子は言っていた。家族に反対された日から家族の誰にも野菜を食べさせていないと。

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