「こんなに良いの!?」
「うん。家に持って帰っても誰も食べてくれないから『……実はまだ誰にも食べさせてないんだよね……』」
「そっか……勿体ないね。あんなに美味しいのに」
「そう言ってくれるのは彩葉だけだけどね。それにもう野菜作りはこれで終わり! 明日から受験勉強するよ」
「え?」
さっぱりした、というにはあまりにも引きつって無理やり笑顔を作った咲子を見て思わず首を傾げると、咲子はやっぱり笑顔で言う。
「私が使ってた畑取り上げられちゃってさ! 何か姉がお母さんに言ったみたい。畑が無きゃどうしようもないからね」
「そんな……どうして……」
それでも咲子の心の声は何も聞こえてこない。これはもしかしたら芹の言う通りなのかもしれない。咲子の心の糸はきっと、本当に今にも切れてしまいそうなのだろう。
「彩葉がそんな顔しないでよ! これ食べよ!」
咲子はそう言って境内にあるベンチに座って袋の中から今日はキュウリをくれる。私はそれを受け取って一口齧り、また目を見開く。
「待って。ねぇ、キュウリってこんな味だった!?」
瑞々しくてシャキシャキで、いつも食べるキュウリとは全然違う。そんな私の反応を見て咲子は泣きそうな顔で笑った。
「そうだよ。キュウリって本当は美味しいんだよ。そんなに喜んでくれるなら人参とかも食べさせたかったな『誰かのこんな顔、久しぶりに見たな……』」
「食べたいよ! 絶対美味しいじゃん!」
身を乗り出した私を見て咲子は満面の笑みを浮かべて頷く。
「美味しいよ。甘いんだ、凄く」
「食べてみたい……そうだ! ちょっと、ちょっとこっち来て咲ちゃん!」
私は咲子の手を取って本殿の裏に回ると、目の前の荒れ放題の畑を見せた。
「ここね、うちの畑なの。手入れしたいんだけど、私こういうの本当に疎くてどうしようって思ってたんだけど、どうしたら良いと思う? とりあえず雑草は引いてるんだけど、それ意外の事がさっぱりなの」
「……勿体ない……彩葉! これは勿体ないよ!『ああ、私ならここに今の時期からならスナップエンドウ、白菜、人参……色々種まきするのに!』」
「私もそう思うの。咲ちゃんならどうにか出来そう?」
「出来る。けど……勉強しないと『テストの点次第では本当に野菜作れなくなっちゃう……こっち系の大学行きたいのに……』」
「あ! じゃあ私と勉強しようよ! ほら、私こう見えて一応進学校通ってるから!」
「いいの!?」
「もちろんだよ! その代わり咲ちゃんはこの畑を見てあげて欲しい!」
境内の掃除と毎日の家事に追われて畑まで手が回らなくて困っていたのだ。今までは狐たちが世話をしていたようだが、芹曰く二人は飽きやすいとの事で、とりあえず思い出した時に水をまくぐらいしかしてこなかったらしい。
私からの提案に咲子の顔が輝いた。無言だが、心の声は先程からずっと『嬉しい』しか聞こえて来ない。咲子は本当に作物を作るのが好きなのだろう。だから余計に気になるのだ。どうしてこんな咲子から畑を取り上げたのかが。
「ねぇ咲ちゃん、聞いて良いのか分からないんだけど、さっき言ってた姉が何か言ったってどういう事?」
私の言葉に咲子が一瞬固まった。そして言葉を詰まらせ、小さなため息を落とす。
「あー……はは、思わず口走ちゃったんだなぁ。彩葉には何かすぐに心を許してしまう不思議な力でもあるのかなぁ『いっつもなら絶対お姉ちゃんの事なんて話さないのに。やだな、またお姉ちゃんに取られるのかな……』」
「ごめん、言いたくなかったら良いよ、言わなくて」
何となく咲子の心が見えてきた私がそう言うと、咲子は首を振ってゆっくり話し出した。
「私にはね、2つ上の姉が居るの。小さい時からすっごく優秀でさ、勉強も出来るし運動も出来るし、それはもう両親の自慢の姉でさ。片や私は小さい時から落ちこぼれって言うか、野菜ばっかりだったのね」
「うん」
「だからかな。皆がいつもお姉ちゃんと私を比べるんだ。でもそれは別に良かったの。だってお姉ちゃんはお姉ちゃんだし私は私だもん。でもお姉ちゃんはさ、いっつも私が大事にしてるものを横から取り上げるんだよね。ノートもお気に入りの本も友だちも、居場所も何もかも」
「……それ、家族の人は知らないの?」
「知ってるよ。でも取り上げられるような私が悪いんだって。要領が悪くて鈍いからそういうのに気づかないんだって。お姉ちゃんぐらい常に神経尖らせてたらそんな事にはならないって」
「それは違くない?」
「どうなんだろう。小さい時からずっとそう言われてるからもうよく分からないよ。だから高校も私の事を誰も知らない高校選んだの。遠いけど、そこなら友だち取られる事もないし。でも今回はとうとう畑取り上げられちゃった。理由は勉強もしないで畑なんかばっかり弄ってるからだって」
「勉強してないの?」
もしそうなら母親や姉の言い分もわかるが、咲子の顔を見る限りそうでもなさそうだ。
「してる。テストも三年間一回も20位以下になった事ない」
「え!? そ、それはじゅ、十分じゃない!?」
「そうでもないよ。お姉ちゃんはずっと5位以内だったんだって」
どこの高校かにもよるかもしれないが、私に教えられる事などあるのだろうか。途端に不安になってきた私とは違って、咲子はやっぱり暗い顔をしていた。