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第17話『こころの糸』

 そんな私の反応を見て咲子が苦笑いした。


「やっぱどこの親もそうなのかな『うちだけじゃないんだ……』」

「どうなんだろう。私は親の言う通りの学校に入ってそれなりに頑張ってたけど、結局両親離婚しちゃって、今はもう連絡も取れなくなっちゃったしな……」


 まだ記憶に新しい、両親のあの見たことも無いスッキリした笑顔にモヤモヤとした物が残るが、今は両親には両親の人生があるのだと自分に言い聞かせている。


「それは流石に酷くない? 腹立たないの?」

「元々そういう家じゃなかったから。皆が個人プレーって言うかさ。私だって何かしたくてその高校に入った訳じゃなくて、ただ怒鳴られるのが面倒だからその高校に入っただけって言うか……だから今、凄く困ってる」

「困ってる?」

「うん。咲子さんみたいにやりたい事が無いの。夢が無いっていうか、敷かれてたレールを突然取り払われた気がしてさ」


 その上残されたこんな田舎の神社である。そして新たに敷かれた巫女というレールの上に乗ってはみたものの、果たしてこのレールに乗って良かったのかどうかがまだ分かっていない。むしろ芹達と関われば関わるほど私なんかが巫女で良いのだろうかと思えてくる。


 視線を伏せた私の肩を、咲子が慰めるように叩いた。


「とりあえず今は巫女やってんじゃん! 夢なんていつ見つけても良いんだしさ! それにこの村の人たちは彩葉が来てくれて感謝してるんだよ。芹山神社はずっと廃神社でさ、町内会でそろそろ取り壊そうか、なんて話も出てたんだから」

「えっ!? そうなの?」

「そうだよ。誰が所有者か分からないから放置されてたけど、最悪もう所有者も居ないかもってなってたの。それが彩葉が来てから参道が復活してさ、何か境内も綺麗になってるらしいし、年寄連中は皆すごく喜んでるよ」

「そ、そうだったんだ」


 それは危ない所だった。もしもあの時私が固定資産税を無視していたら、きっともうあの神社は取り壊されていたのだろう。それは多分、間違いなく芹が荒御魂になってしまう案件だ。


「だから来てくれてありがとう! 『年の近い子なんてお姉ちゃんしか居なかったし……街に一緒に買物とかも行ってみたいな。友だちになれないかな』」

「こちらこそ早とちりで飛びかかってごめんね。えっと、実は私まだこの村で友だちってそんなに居ないの。良かったら色々教えてくれたら嬉しいな。あと、私も咲ちゃんって呼んで良い?」


 別に心の声が聞こえたからこんな事を言った訳ではなく、純粋に私も同年代の友人が欲しかった。クラスメイトの心の声を聞いてしまった今となっては、とてもでは無いが彼女達をもう友人とは呼べない。


 そんな私のセリフに咲子は零れ落ちそうな笑顔を浮かべて頷いてくれた。


 初めてこの村で友だちが出来た私は、それからも咲子と夕暮れまでお喋りをしていた。


 そんな様子を川岸で狐たちが姿を消して聞いていた事を知ったのは、夕飯を食べている時だ。


「で、巫女、何か分かったのか?」

「え?」

「え? じゃねぇよ! あの娘の心の声聞いたんだろ!?」


 テンコの言葉に私は味噌汁のお椀を置いて頷いた。


「聞いたのは聞いたんですけど、咲ちゃんはあんまり心の声が聞こえないんです。あの澄んだ声が聞こえたのは最初だけで、多分悩みは家族関連だと思うんですけど話しててもあんまりお姉さんの話はしてくれなくて」

「咲子はウチもよく知っていますよ。たまに麓の地蔵にお供え物を持ってきてくれるのです。まぁ、どれも野菜ばかりなのですが」

「咲ちゃんは野菜の品種改良してるらしいんです。凄いですよね!? 私と同じ年なんですよ!?」


 興奮した私の言葉に正面でハンバーグを上品に食べていた芹がふと顔を上げた。


「これは美味い。どうやらようやく私にも味を理解する事が出来たようだ。巫女、これはもう無いのか?」

「芹様がおかわりを所望している!」

「食べる早さが尋常ではないので、分かりやすいですね」


 狐たちの言葉に頷きつつ私は炊事場に戻って温め直したハンバーグを芹の皿に入れると、芹はまた無言で食べ始める。


「芹様には何か分からないですか?」

「私に?」

「はい。何かこう、咲ちゃんの深層心理的な事とか分かったりしないのかなって」


 この村で初めて出来た友だちだ。どうしても助けてやりたいけれど、今のままでは何をすれば良いのか分からない。


「私にも人間の深層心理は流石に分からない。ただ言えるのは、人間というのは表向きの仮面などいくらでも被れるという事だ。咲子の心の声が聞こえないという事は、普段は考えないようにしているという事だろう。それぐらい彼女にとって根深い問題なのかもしれない」

「……そっか……」


 流石に米子の時のように上手くはいかなさそうだ。それでも狐たちは咲子の心が壊れそうだと言っていた。


 翌日、朝から相変わらず境内の掃除をしていると、そこへ咲子がやってきた。


「い~ろは!」

「咲ちゃん! どうしたの!?」

「これ、お土産!」


 そう言って咲子が掲げたのは野菜が沢山入った袋だ。それを見て私は箒を置いて咲子に駆け寄った。

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