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第16話『乖離する親子』

 引きつりながらも狐達と共に村にある唯一の商店街までやってくると、皆に挨拶をしながら買い物をして周る。その道中、色んな人から狐達は「可愛いわね~」などと言われてお菓子を貰っていた。


 彼らは今、私の親戚という体で夏休みを利用してこの村に遊びに来ているという設定になっている。わざわざ髪の色まで変えて……。


 理由は簡単だ。人の姿の自分たちが可愛いという事を悟ったのと、子どもの姿で居ればお菓子を貰えるという事に気づいてしまったから。おまけにどこで調べたのか学校へは通信教育を受けているから行っていないなどと嘘までついていた。


「やはり我々の可愛さを前にすると愚かな人間達はついつい菓子を差し出してしまうのですね」

「全くだな。もっと早くこうしていれば良かった」

「……お二人とも……」


 神使が何と言う事を言うのだと思いながらも苦笑いを浮かべていると、どこからともなく大きな、けれど澄んだ心の声が聞こえてきた。


「もういい! 『どうしていっつもお姉ちゃんと比べるのよ! 何でもかんでもお姉ちゃんはお姉ちゃんはって……もう嫌だ……居なくなりたい……もう嫌だ……』」


 ハッとして辺りを見渡すと、後方を私と同じぐらいの年齢の少女が走り去って行くのが見えた。それに続いて少女が走り去ってきた家から母親と思われる人が出てきて怒鳴る。


「咲子! まだ話は終わってないわよ!」


 私が視線を狐の二人に落とすと、二人は無言で頷く。


「あの二人の縁も薄れてる。あの娘、心が壊れそうだ」

「えっ!?」


 ただの親子喧嘩かなぐらいに思っていた私にテンコが難しい顔をして言う。


「急いだ方が良いかもしれませんよ、巫女」

「そ、そんなにですか!?」

「そんなにです。米子と拓海は親子の縁が切れそうでしたが、あの娘は心の糸が切れそうです」

「ひっ!」


 それを聞いて私は荷物を二人に渡して咲子と呼ばれていた少女の後を追った。商店街を抜けて川の辺りまでくると、咲子は靴を脱いで川の中にザブザブと入っていく。


 私はそれを見て急いで自分も川の中に入り咲子に抱きついて叫んでいた。


「早まらないで! い、命は大事だよ!」

「は!? ちょ、誰よ? 放してよ!」

「放さない! この川は芹山から流れてくる川なの! 芹様の養分になりたくないでしょ!?」


 思わず叫んだ私に川に入ろうとしていた咲子の体から力が抜けた。


「なによ、養分って。怖いこと言わないでよ。あと、私ここで冷やしてたトマト取りに来ただけなんだけど」

「へ? ト、トマト!?」


 全く想像もしていなかった咲子の言葉に私も力を抜くと、咲子が笑いながら尋ねてくる。


「私、篠崎咲子。そっちは?」

「あ、えっと小鳥遊彩葉です」

「ああ、あんたがあの芹山神社の巫女さん?『へぇ、思ってたよりも幼いんだ』」

「知ってるの?」

「そりゃ狭い村だもん。米婆が嬉しそうに言いふらしてたよ。米婆ずっと拓海君の心配してたからさ、帰って来る事になったんだって。その橋渡しをしてくれたのが、芹山神社の巫女さんなのよ~って」

「そうだったんだ」


 同年代の女子の心の声は怖い私だが、咲子からはほとんど聞こえてこない。きっと裏表の無い性格なのだろう。それに一見サバサバしていてあまり心が壊れそうには見えない。


 咲子は川の中に浸かっていたザルを取り出すと、その中から真っ赤に熟れたトマトを2つ取り出して1つを私にくれた。


「美味しいよ。うちの畑のトマト」

「あ、ありがとう」


 咲子はスカートの裾を絞ってそこにあった石に腰掛けてトマトに齧りついた。そんな咲子の真似をして私も石に腰掛けてトマトを齧ると、そのあまりの美味しさに目を見開く。


「美味しい! 甘いしすっごくトマトの味がする!」

「でしょ? このトマト、今年やっと品種改良成功したんだ!」

「ひ、品種改良?」

「そう。見様見真似だけど、今年のは自分でも上手くいったと思ってる」

「凄いね! そんな事出来るんだ!?」


 野菜の品種改良なんて言っては何だがもっとおじさんがやるものだと思っていた私が驚いて咲子を凝視すると、咲子は照れたように笑う。


「凄くないよ。でも嬉しい。ありがと『いい子だな。やっぱり神様に遣える子って普通とはちょっと違うのかも』」


 咲子の心の声に思わず私まで照れそうになるが、私から言わせれば咲子も相当良い子だ。そう思うと、途端に米子を助けたいと思った時の気持ちがウズウズと湧いてくる。


「本当に凄い事だと思うよ。はぁ、びっくりした。何か言い合いして一目散に川に入ってくから、てっきり……」

「あはは! ごめんごめん! そりゃ驚くよね。うちではいつもの事なんだよ。お母さんと話すといっつもあんな感じでさ」

「仲、良く無いの?」

「仲良く無い訳じゃないんだけど、私のやりたい事とお母さんが私を進ませたい道が乖離してるんだよね」

「あー……」


 それは私にも覚えがある。両親は幼い頃から一貫して私に興味など無かったが、勉強にだけはやたらと力を入れていた。だから両親の言うように無理して勉強して今の高校に入ったものの、そこそこ進学校なのではっきり言って辛い。

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