「そりゃ芹神さまにお礼を言いに来たのよ。それから彩葉ちゃんにこれを渡しにきたの」
そう言って米に手渡されたのは白い封筒だ。
「これは?」
「お礼よ。拓海とね、相談したの。私達あなたに本当にお世話になったのに、何のお礼もしないで良いのかしら? って」
「お礼? もうコーヒー奢ってもらいましたよ?」
「あんなもん何の礼にもならないだろ。流石に俺もそこまで金無い訳じゃないから。ていうかあんたまだ高校生じゃん。それなのにこんなド田舎で一人神社の世話してさ、田舎すぎてバイトも無いし、多分好きに遊びに行ったりも出来ないんじゃないかってお袋と話してたんだよ。だからこれはそうだな……依頼料だと思って受け取ってくれ。俺とお袋の縁を繋いでくれた依頼料だ。本当はもっと包みたいぐらいだけど……『ごめんな、貧乏で……』」
「そうよ、これは依頼料よ。芹神さまが私達の所に彩葉ちゃんを遣わせてくれた。私達はそのおかげで仲直りが出来たの。だからね、彩葉ちゃん。何も言わずに受け取ってちょうだい『お願いよ。あなたはそれだけの事をしてくれたの』」
「……そんな……でも……」
私が白い封筒を握りしめたまま立ち尽くしていると、参道の上から視線を感じた。振り返ると参道の上には芹が居て、こちらをじっと見下ろし一度だけゆっくりと頷く。
それはまるで貰っておけと言っているようだ。いわゆるお布施という奴だろう。
私は二人に向き直って頭を下げた。
「ありがとうございます。ありがたく頂戴致します」
「こちらこそありがとう。それじゃあ芹神さまにもお礼とご挨拶をしないとね」
「そうだな。俺も一応ここの氏子だしな」
「案内しますね! 手すりもついたし、もう少し登ると休憩所も出来たんですよ!」
芹は何だかんだ言いながら私が言った通り、この参道に手すりと休憩所を設けてくれた。それが嬉しくて思わず言うと、米子が嬉しそうに手すりに捕まる。
「そうよ! ビックリしたわ! ついこの間までこの参道は獣道だったのに、見違えたわね!」
「えへへ!」
褒められているのはこれを手配した芹と狐たちなのだが、私は何だか自分が褒められているかのように嬉しくなってしまう。
それから私達はゆっくり坂を登り境内に到着した二人に冷えた麦茶を出すと、二人はそれを飲んで少しだけお喋りして本殿に挨拶をして帰って行ってしまった。
二人が見えなくなるまで鳥居の下で手を振っていると、いつの間にやってきたのかすぐ隣に芹が立っている。
「あの二人の縁は拓海がここを出る前よりもずっと強くなっていた。もう切れる事はあるまい」
「本当ですか?」
「ああ」
言葉少なめだが芹の声には喜びが含まれている気がする。そんな事を考えながら先程貰った依頼料を芹に渡そうとすると、芹は首を振った。
「それは巫女への報酬で、あの二人の善意だ。大切に使え」
「い、いいんですか!?」
「もちろん。あの二人の縁を繋いだのは私ではない。巫女だ。私が受け取るのはおかしいだろう?」
「で、でも」
「それに私はもう報酬を貰った。あの二人の願いは私の力になる」
言いながら芹は拳を握りしめる。その手はうっすらと光っていた。
「ありがとう……ございます」
「今後もそいう物を貰ったら大人しく受け取れ。そしてそれは巫女の物だ」
「……はい。助かります。ありがとう……ございます」
バイトが出来なくてどうしようかと思っていたけれど、まさかこういう形で収入を得られるとは思っても居なくて唖然としていると、そんな私を見て芹が笑う。
「私からも巫女に報酬を出そうか? 来月のスマホ代が払えるように」
「い、いりません!」
ここから一刻も早く出たいと思っている私には正直ありがたすぎる話だが、流石に神様から直接金銭を受け取るのは気が引ける。
それから私は掃除を終わらせて部屋に戻ると、封筒の中身を見て小さな悲鳴を上げた。
「こ、こ、こんなに!?」
ただの女子高生が一回の仕事で貰うような額ではなくて驚いたが、私はそれを握りしめてポツリと呟く。
「大事に使おう……これは適当に使っちゃ駄目なやつだ」
二人の思いが詰まった感謝の依頼料は、それまで私がしてきたバイトで貰うお金とは何だか全然違う気がする。これは芹の言う通り仕事で受け取った物ではなくて、あの二人の心からの善意なのだ。
私はそのお金を大切に空き缶に入れると、夕飯の準備にとりかかる為に狐の二人を連れて参道を下りて買い物へ向かった。
「今日の夕飯は何です?」
人の姿になったビャッコがエコバッグを振り回しながら尋ねてくる。芹が食事をするようになってから、この二人は率先して手伝ってくれるようになった。
「昨日はテンコ先輩のリクエスト聞いたので今日は何が良いですか? ビャッコ先輩」
「ウチですか? ウチはそろそろ肉が食べたいですね。そうだ! あの喫茶で見たハンバーグとやらに興味があります」
「良いですね! では今日はハンバーグにしましょう。芹様はお肉は食べられるのでしょうか?」
ハンバーグと聞いて前を歩いていたテンコも嬉しそうにスキップしながら振り返る。
「好きだと思うぞ! 芹様は山で死んだり枯れた動植物が養分なんだ。それを栄養に変えてまた山に還元している。究極の自給自足だな!」
「す、すばらしいですね」
やはり川の水で水分を補給しているのだろうと思っていたのは、あながち間違いではなかったようだ。それにしても何てエコな体なのだろう。