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第7話『巫女の反乱』

 神社を立て直したいという気持ちはもちろんあるし、芹に消えて欲しくないのも本当の事だけれど、何だかこんな芹を見るとこの決断で本当に良かったのかと迷ってしまう。それほどに大蛇になった芹は私を放さない。


 私はこの神社で一生を終える気など無い。だからこそ神社を立て直して新しい巫女を雇ってもらい、私は晴れて自由になるのだ。ついでに小銭も稼げれば良い。


 そんな事を一瞬でも考えた私は自分の考えていた事が恥ずかしくて思わず両手で顔を覆った。


 そんな私を見て芹は何を勘違いしたのか、私の頭を器用に顎で撫でながら心配そうに言う。


「何を泣く、巫女。お前の声は昔から私には聞こえない」

「……」


 泣いている訳ではない。恥ずかしくて顔を上げる事が出来ないだけだ。


「また何か言われたのか? 私の為に負った傷が痛むのか?」

「……」


 何やら芹はどんどん勘違いしていくが、私は私でよりによって神様の力を利用しようとした自分を恥じていた。


 その時だ。部屋の隅から狐たちの声が聞こえてくる。


「今だ! 巫女、芹様にお願いをして加護をもらえ!」

「そうです! 起きている時は絶対にくれません! つまり、今しかありません!」


 それを聞いて私はハッとして顔を上げて芹を見たが、その目が嬉しそうに細められたのを見てしまい、加護という言葉を飲み込んだ。


「こ、こんな状態でそんな事お願い出来ませんよ! 芹様、そろそろ起きてください。私はあなたの巫女ではありますが、あなたが心配している方じゃありません」


 私の言葉に芹は赤い目を大きく見開いたかと思うと、シューというヘビ特有の威嚇音を出す。それを聞いて狐たちが騒いだ。


「この馬鹿正直者めが!」

「たった今、遭難が確定しました」


 そんな狐たちを無視して芹は冷たい声で言う。


「では、誰だ」

「先日この神社を引き継いだ小鳥遊彩葉です」

「たか……なし……」


 芹はそれだけ呟いてゆっくりと目を閉じたかと思うと、とぐろを解いてようやく私を解放してくれた。


 けれど私を放した芹は酷く寂しそうで何だか見ているこっちが泣きそうになってくる。そんな私に芹は静かに言う。


「……着替える。部屋を出ていろ。私に何か話があるのだろう?」

「……はい。お待ちしてます」


 一体何故そんなにも芹が巫女に執着するのか分からないまま部屋を出て大広間で芹を待っていると、しばらくして着流しに着替えて髪を緩い三つ編みにした芹がやってきて私達の正面に座る。


「一体何事だ。こんな夜更けに」

「起こしてしまい、申し訳ありませんでした!」


 狐たちの声がピタリと重なった。そんな私達を見て芹は一つ頷いて言う。


「懐かしい夢を見たな。それで何事だ?」


 部屋から出てきた芹はさっきまでの芹とは打って変わって、完全にいつもの芹だ。あまりの変わり身の早さに思わず私が声を失っていると、そんな私の腕を人の姿に戻った狐たちが両隣から抓ってくる。


「はっ! ご、ごめんなさい! 起こしてしまって」

「構わない。構わないが、巫女には言い忘れていたな。夜、私の部屋には決して来てはいけない。自分では分からないが、どうやら夜の私は相当暴れるそうだから」

「は、はい。心得ました。ごめんなさい」

「なら良い。それで、誰か質問に答えてくれ」


 落ち着いた芹の声に私達は顔を見合わせて、さっきまで話し合っていた事を芹に伝える。


「つまり、この神社を復興する為に私の加護が欲しいと、そういう事か?」

「そうです!」


 三人で声を揃えると、芹はそんな私達を見て少しだけ目を細めた。


「なかなかお前たちは気が合うようだ。けれどそれは出来ない。一度つけた加護は他の神にでなければ外す事は出来ない。何よりも人に人の願いを聞く能力はいささか荷が重い」

「どういう事ですか?」

「そのまんまだ。四六時中、人の願いを聞いているんだぞ? 常人では気が狂う」

「それは……もしかして私の心配をしてくれているのでしょうか」

「それ以外に何がある。加護は駄目だ。復興するにしても別の方法を考えろ」


 それだけ言って部屋に戻ろうとする芹の裾を思わず掴んで呼び止めた。


「芹様!」

「巫女……咄嗟にとは言え神の裾を掴むなど、お前はなんて罰当たりな事を……」

「え、ごめんなさい。そうじゃなくて!」


 呆れたような芹に私は咄嗟に謝るが、そうじゃないと思い直して私は床を叩いて芹に座れと要求する。そんな仕草に狐たちはギョッとしているが、芹は特に怒りもせずにもう一度その場に座った。


「なんだ、まだあるのか」

「話を最後まで聞いてください。まずは心配していただいてありがとうございます。でもそうでもしないとこの神社はいつまでも復興しません」

「だからと言って何故この神社の未来を巫女が背負うのだ。お前はここを間借りしているぐらいの気持ちだろう?」

「な、何故それを? はっ! こ、心が聞こえましたか!?」

「聞こえない。巫女の声は私にはいつも届かない。が、顔を見れば分かる。ある日突然両親が居なくなり、この神社を押し付けられ家も金も無くなったお前が仕方無くここへやって来た事など、心の機微が分からない私にでも想像はつく。そんな者がこの神社の事を本気で心配するとは思えない」


 はっきりと言い切られて私は息を呑んだ。全く持ってその通りだったのだから。 私は大きなため息をついて芹を見上げ言う。


「仰る通りです。だから芹様も私を利用してください。私はあなたの力を利用してこの神社を復興させて、ついでに自分のお小遣いも調達しようとした最低の人間なんです」

「お、お前そんな事を考えていたのか!?」

「お、恐ろしい娘です……」


 引きつってそんな事を言う狐たちをキッと睨んで、私は握っていた拳を震わせながら怒鳴った。


「だ、だって仕方ないじゃない! そうでもしないと私、一生ここで働く事になりそうだったんだもん! ただでさえ両親は居なくなるし親戚も居ないしお金も無くなって住むとこまで取り上げられて! その上知らない土地の管理まで任されて! 買い物するとこ滅茶苦茶遠いし! 銭湯も遠いし! コンビニも無いし! かろうじて今月はまだスマホ代払えたけど来月にはもう止まっちゃうし! ここネット環境も無いから推しの動画も見られないし! 学校までは馬鹿みたいに遠いし! 獣道ばっかで行き来する度に引っ付き虫が山程つくし! 来年受験だし! 顔だけは可愛い生意気な狐と夜中に大蛇に変身する美形人外の世話するなんて無理だよ! それならここ早く復興させて私なんかよりもしっかりした巫女さんとか宮司さんとか呼んだ方が良いでしょ!? 嫌々巫女なんてやってるような奴よりも!」


 とうとう私は芹達に心の中をぶち撒けてしまった。もう色々と限界だった。


 ここまで言って私の目からとうとう涙がこぼれ落ちた。そんな私を見て狐達はポカンと口を開いて固まっていたが、肝心の芹は……。


「は……ははは! そうか、巫女は随分と不満を溜め込んでいたのだな。お前の心は全く聞こえないが、そんな事を考えていたのか」

「な、なんで笑うんですか」


 乙女が大声で泣き叫んでいるのを見て笑うとか、正気か? そう思いつつ芹を見上げると、芹はまだおかしそうに肩を揺らしている。


「これが笑わずにいられるか。人間の願いは果てしないが、お前の願いはどれも些細だな。私には人の気持ちが分からない。何に喜び、何に憤っているのかも。だから遠慮はいらない。腹が立てば今のように言ってくれ。そうしなければお前の心の声は聞こえない。それから、少なくとも私はここへ来たのがお前のような娘で良かったと思っている」

「う……ううぅぅぅぅ!」


 あまりにも爆笑された後の優しい声音に私は我慢しきれずにその場で突っ伏して泣いた。きっと色んな事がいっぺんに起こりすぎて心が追いつかなかったのだろう。


 芹の事は嫌いじゃない。狐たちもだ。親に捨てられ親戚中に色んな理由で同居を断られた私ですら受け入れてくれたような人たちなのだから。


 けれどそれとこれとは話が別だ。やっぱりどう考えても巫女なんて私に務まるとは思えないのだ。


 しばらくして私はまるで電池が切れたかのように泣き止んで、その場でそのまま眠ってしまった……らしい。

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