私はその後、狐たちとお菓子を食べながら部屋の真ん中で円陣を組んで、どうやってこの神社を復興させていくかを話し合っていた。
テンコは私が買ってきた超有名な棒状チョコレート菓子を一気に3本もまとめて食べながら言う。
「美味い! ところで芹様は弱りすぎていてこの境内から出られないんだ。どうやってここに信者呼ぶんだ?」
「そこなんですよね。まずはここに神社があるって事を知らせないとですよ」
「こっちはパリパリです! それにそれは簡単です。巫女が明日から野山を駆けずり回ってビラをまいてくれば良いのです」
ビャッコはビャッコでやっぱり超有名なあのスライス芋フライを両手で鷲掴みにして食べている。
「あの……私、この境内の掃除もあるんですけど……それに、夏休みが明けたら学校もあるんですよ……」
「境内の掃除は良いとして、この一大事に学校なんぞ行ってる場合か!」
「そうです! 大体学校に通うことが出来るのは村一番の秀才だけだったはずです! まさか巫女、そんな顔で秀才なのですか?」
怪訝な顔をしてこちらを覗き込んでくる二人に私はすぐさま首を振った。あとやっぱり相変わらず失礼だ。
「か、顔は関係ないし私は秀才じゃないですけど、今の時代は大体の子が学校に行くんです!」
「時代が変わったと言う事か。だったらちょうど良い! その学校とやらでビラをまいてこい!」
「ここへ来ていた信者達だけでは数が足りません。テンコの案に賛成です」
「いや~……都会から人を呼ぶにはなかなか難しいですよ? 御朱印とかめっちゃご利益あるとかそういう付加価値が無いと厳しいかと」
私の言葉に二人は黙り込んで互いの顔を見合わせる。
「御朱印か。そういや昔はあったな。ビャッコ描けるか?」
「無理です。ウチは字すら描けません。テンコは?」
「昔、尻尾で絵を描いていたら褒められたぞ」
「それは多分、珍しいという意味で褒められたんじゃないかと……」
見当違いな事で盛り上がる二人を横目に私は新しいノートを引っ張り出して、とりあえず神社復興に向けてやるべき事を書き出した。
「これでどうでしょう?」
そのノートを二人に見せると、二人は体を丸めてノートを覗き込んで頷く。
「まぁ、僕達に出来る事はこれぐらいだな。芹様の加護が貰えればもう少し出来る事も増えそうだが」
「芹様の加護? 何か不思議な力があるんですか?」
初めて聞いた単語に思わず首を傾げると、狐達はコクリと頷いた。
「神の能力は人の心の声を聞くことだ。それを使い参拝に来た者達の願いを叶える手助けをしてやるのが一般的なんだ。その神の加護を受けるという事は、神の力を一時的に借りるという事なんだぞ」
「そ、それがあればもしかして私にも人の心の声が聞こえたりするって事ですか!?」
「その通りです。ただ、聞けるだけで他の能力は使えませんよ。だから聞いた後は自力で何とかするしかありません」
「そ、そこは自力か……」
それでは本当に些細な願い事しか叶えられなさそうだが、今は贅沢を言っている場合ではない。この神社の為にも私の金銭問題解決の為にも早速取り掛かるべきである。
私はおもむろに立ち上がってまだお菓子を貪っている狐達を見下ろした。
「芹様のお部屋はどこですか?」
その途端、狐たちは眉を釣り上げて私を睨みつける。
「お、お前! 今度は夜這いをかける気か!?」
「な、何と言うはしたなさ! 慎みという物が無いのですか!?」
「だから違うってば! 今のを芹様に説明して加護を貰いに行くんです! 早くしないと芹様消えちゃいますよ!」
私の言葉に二人はようやく理解したのか、すぐさま狐の姿に戻って部屋を出ていく。
「良いか、芹様はこの時間にはもう寝ている。うるさくするなよ」
「しませんよ」
「寝起きの芹様の機嫌はいつも最悪ですが、その時は巫女が囮になってください」
「お、囮?」
よく分からないけれど頷いた私を見て二人はまた颯爽と歩きだす。
廊下を進んで本殿の一番大きな部屋を通り抜けると、その奥に小さな小部屋があった。
どうやらそこが芹の部屋のようだが、私はその部屋の前で立ち止まって襖を見て息を呑む。
「あ、あの、私の見間違いでなければこの襖、何だか御札みたいな物が沢山貼ってあるんですけど気の所為ですよね?」
「気の所為なものか。言っただろ。芹様は寝起きが悪いんだ」
寝起きの悪さと御札の存在がどう考えてもイコールにはならないのだが、続くビャッコの言葉を聞いて色々と納得する。
「そうです。毎晩こうして御札を貼らないと、芹様は深夜に寝ぼけて抜け出しありとあらゆる物を襲うのです」
「き、聞いてないんですけど」
目の前の襖には禍々しい程の御札があちこちにペタペタと貼ってある。
もしかしてこの中に居るのは怨霊か? 芹はもしかして毎晩封印されているのか? 思わずそう思ってしまう程度には絶対に入ってはいけない感が凄い。
「元は山だ。気にするな」
「そうです。山の天気は変わりやすいと言うでしょう、昔から」
「そ、そういう事なんですか?」
つまり芹には昼の顔と夜の顔があるという事? よく分からないが、やはり明日にした方がいいかもしれない。そう思ったのに気づけば狐たちは既に御札を剥がしにかかっていて、襖を開けたと同時に私の背中を押した。
突然背中を押された私はべしゃりと部屋の中に倒れ込み、その後ろから狐たちが足音を忍ばせて入ってくる。
「お、押さないでくださいよ!」
思わず小声で叫ぶと、狐たちは何食わぬ顔で私を通り越して奥の屏風に向かって歩き出す。どうやらあの奥に芹はいるようだ。
先に屏風の奥に消えた狐たちは屏風から顔だけを出して、早く来いと手招きしてくる。
恐る恐る歩き出した私が屏風の端から中を覗くと、そこには素晴らしい寝相の良さで芹が眠っているが、その頭には角が生えている。そして気の所為だろうか。何だか部屋に冷気が漂っている気がするのは。まるで冷蔵庫の中のようだ。
私達は芹の顔を覗き込み枕元でヒソヒソと話し込む。
「な、なんかこの部屋寒いんですけど」
「当然だ。山の夜は冷える」
「防寒具無しの夜の登山は危険です」
「こ、これって登山なんですか?」
よく分からない狐たちの忠告を聞いて私は意を決して芹の肩をそっと揺すった。
「芹様、芹様、起きてください」
「無謀な!」
「この命知らず!」
私の行動に狐たちは慌てて部屋の隅へと逃げて行く。
と、その時だ。
突然布団の中から芹の腕が伸びてきたかと思うと、私の手首をガッと掴んだ。そして地の果てから聞こえてくるような声が響く。
「誰だ」
「わ、私です! 彩葉です!」
あまりにも強い力で掴まれていて今にも腕を折られそうだ。
恐怖の中どうにか声を絞り出すと、少しだけ芹の手が緩んだ。そう思ったのも束の間。芹の姿がみるみる内に真っ白な大蛇の姿に変わっていく。
「……知らんな」
「ひ、へ、ヘビ!?」
大蛇はあっという間に逃げようとする私の体に巻き付き、真っ赤な目で私を覗き込んできたかと思うと、2つに分かれた舌先がぺろりと私の頬を一舐めした。
「久しぶりの生贄か……悪くない」
「ね、寝ぼけてる! 寝ぼけてますよ! 芹様!」
このままでは食べられてしまう! 私は必死になって叫んだ。そんな私を見下ろして芹は相変わらず冷たい声で言う。
「何故私の名を呼ぶ」
「巫女ですから! 私はあなたの巫女です!」
一時的だけれど。そんな言葉を飲み込んで叫ぶと、大蛇は途端に力を緩めてとぐろを巻き、その中に私を閉じ込めるように座らせた。そして顔を私の頬に寄せてくる。
「巫女……戻ったのか……私の巫女……」
「……芹様?」
何だか先程とは打って変わった優しい声音に思わず私が手を伸ばして大蛇の頬を撫でると、大蛇は目を細めて私の手の平に顔を擦り付けてきた。
その仕草はまるで巫女が愛しくて仕方がないとでも言いたげで、少しだけ心が痛んだ。