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第5話『神社の復興』

 ナイスアイディアだと思われた計画は、初っ端から暗礁に乗り上げていた。


 神社生活一週間。


 今日も私は銭湯に行き愛しの家電を駆使して三人分の夕食を作り、狐達が初日に用意してくれた部屋へ戻ると、添えつけられていた座卓の上にノートを開いたまま宙を眺めていた。


「そもそも信者ってどうやって増やすんだろう?」


 スマホで調べてみても詳しい信者の増やし方など、どこにも載っていなかった。


 芹の力は人々の願いで回復すると言うが、そもそもその願いを言いに来てくれる人が居ないのだ。


「やっぱこっちから行くしかないかぁ」


 独りごちて計画表を書いていると、部屋の外から声がかけられる。


「巫女、少し良いか」

「は~い、どうぞ~」


 こんな返事を狐達に聞かれたら叱られそうだが、私にとっては普段の芹はちょっと無表情なだけの綺麗な天然お兄さんだ。


 私の返事を聞いて部屋に入ってきた芹は、おもむろに部屋の真ん中に座ってじっとこちらを見つめてくる。


「な、なんですか?」

「今日の精気を貰っていない」


 抑揚の無い声でキスのおねだりをしてくる芹に呆れつつも、近づいて適当に頬にキスをすると、そんな私の態度に芹は少しだけ眉根を寄せた。


 けれどこんなキスで回復する力などたかだか知れている。それは芹が一番良く知っているはずだ。


 私は芹の前に正座をして芹を見上げると、今しがた色々と書き込んでいたノートを芹に見せた。


「これは?」

「芹山神社復興計画です」

「なんだ、それは」

「私思ったんですけど、今のままじゃ芹様はやっぱり消えちゃうと思うんです」

「かもしれないな。だがそうなった時はそうなった時だ。私は神には向いていなかった。それだけの話だよ」


 冷たいとも思える程の客観的な芹の言葉に思わず怯みそうになったが、それでも私は芹の説得を試みる。


「芹様はそれで良いんですか? だって何の努力もしないでただ消えるだなんて、悔しくないんですか?」

「別に悔しくは無いな。元の山に戻るだけだぞ。何を悔しがる事があるんだ」

「そ、それはそうかもしれませんが、あの狐ちゃん達は絶対に寂しがるはずです!」

「そうだな。だが私達の消えるとは、すなわち姿が無くなるだけの話だ。この山自体が私であり、私自身が別にどこかへ行く訳ではない」

「……」


 頑なな芹にそろそろイライラしそうになった私を見て、ふと芹が口を開いた。


「巫女はどうなんだ? 私に消えて欲しくないか?」

「え? そりゃもちろん、こうやって会話が出来なくなるのは寂しいですよ」

「そうか」


 突然の芹の質問に私は普通に答えてしまったが、それでも芹は少しだけ嬉しそうな顔をする。こんな顔をされるとこの復興計画の裏に隠された神社脱出計画がとても悪いことのような気がするので止めて欲しい。


「ところで巫女は具体的にどんな方法を使ってここを復興させようとしたんだ?」

「具体的にですか? そりゃ信者を増やすのが一番てっとり早いなって思ったんですけど、そもそも信者ってどうやったら増えるのかなって考えてました」

「なるほど。確かにそれが一番手っ取り早い。信者を増やすのは簡単だ。願いを叶えてやれば良いだけの話だからな」

「願い?」

「ああ。人は皆、多かれ少なかれ願いがある。それを叶えてやれば良い」

「それはいきなり難しくないですか? だって願いを叶えるって言ったって外から願いが見える訳じゃないですし」

「そうでもない。神の力の中には人の願いを聞くことが出来るという物がある。いや、少し違うな。心を聞くことが出来る、だな」


 それを聞いて私は思わずギョッとした。


「そ、そんな事が出来るんですか!?」

「出来る。というか、それぐらい出来なければ神とは言えないだろう?」

「だったらなおさら! それを使ってここに信者を呼び戻しましょうよ!」

「どうやって?」

「……それを今から考えるんですよ。てっとり早いのは芹様が自ら山を下りて皆の願いを叶えて回る事だと思うんですけど……」


 そう言って芹を見上げてみたが、芹は無表情で私を見下ろしたまま首を横に振った。


「私は行かない。人の願いに興味などないし、そもそも願いを叶える力が回復していない」

「……神様がそんな事言っちゃっていいんですか?」

「神にだってしたい事としたくない事がある。それに人の願いは尽きないからな。際限がなく、その程度も留まることを知らない。誰かの願いを叶えて誰かが不幸になるのは間違いだ」


 何故か妙にはっきりとそんな事を言う芹を不思議に思いながらも、私はとりあえず書きかけのノートを芹の胸に押し付けた。


「とりあえず読んでみてください。芹様がなんて言おうとあなたはこの神社の神様で、簡単に消えちゃ駄目な方なんですから」


 芹は胸に押し付けられたノートを手に取り、曖昧に頷いて立ち上がるとそのまま部屋を出て行った。


 そこへ、まるで芹が出ていくのを待っていたかのように狐たちが部屋に転がり込んできてコロンと回って人間の姿になるなり、私を指さして怒鳴りつけてくる。


「お前! こんな時間に芹様と二人きりになるなんて、さては誘惑しようとしていたな!?」


 金髪の少年が言うと、続いて銀髪の少女が眉を吊り上げた。


「テンコの言う通りです! その貧相な体で芹様を籠絡しようとしていたのでしょう!?」

「ちょちょ、二人共落ち着いてください。誤解ですってば。そもそもあの芹様が人間の、しかもこんな女子高生を相手になんてする訳が無いじゃないですか」


 何気に失礼な二人に私が慌てて言うと、二人は顔を見合わせて何かに納得したように頷く。


「それもそうだ。芹様の好みはもっと豊満な方に違いない」

「そうですね。こんな洗濯板女な訳がありません。万が一にもありえません」

「ちょっと! さっきからお二人とも本人目の前にあんまりじゃないですか!?」

「本当の事だ」

「本当の事です」


 私の抗議に二人が真顔で返してきたのでとうとう私も黙り込む。そんな私にさらに二人は怖い顔をして近寄ってきた。


「それで、こんな夜中に芹様に何を吹き込んでいたんだ?」

「まさかまた借金の申し入れじゃないでしょうね?」

「夜中って……まだ20時ですよ? それに借金の申し入れじゃありません! この神社の復興計画をお話ししていたんです! だって芹様このままじゃ消えちゃうんでしょう?」


 それを聞いて二人はハッとして顔を見合わせると、さっきまでの勢いはどこへ行ったのか、途端に表情を暗くした。


「……芹様にはもうほとんど力は残されていない」

「芹様が居なくなると、この山の拮抗が崩れてしまいます……」

「そうなんですか?」

「そうだ。この山は昔から位の高い山だった。富士や高野も位が高いが、僕はあれよりもずっと上だと思っている」

「ウチもです。こんな私達に力を分け与えてくれたのは芹様しか居ません。だから芹様が消えてしまうのは嫌です。それは山の死を意味するのと同じことなのだから」

「でも芹様は消えても山に戻るだけだって……」

「消えるという事は力が無くなるという事だ。ただの山に戻れば土砂崩れも鉄砲水も防ぐことが出来なくなってしまう。神の居ない山はいずれ崩れ、平地になってしまうのが世の常だ」

「それだけじゃありません。山の死はすなわちその山や周りに住む生物の死も意味します。一つの山の神が消えるという事は、そういう事です」


 それを聞いて私は青ざめた。芹はまるでなんて事の無いような顔をしていたが、実際は芹が消えるという事はありとあらゆる場所や生物に影響が出るということなのだと悟る。これは私の金銭問題だけではなく、何が何でもこの神社の復興をしなければならない。青ざめて思案する私に狐たちは言った。


「仕方が無いから今回ばかりは力を貸す。僕はテンコ」

「今回だけですが私も協力しましょう。ウチはビャッコ」

「ありがとうございます。私は彩葉って言います」


 つっけんどんではあるが自己紹介をしてくれた二人に私も自己紹介を返したが、それを聞いて二人は嫌味気に口の端を上げて笑う。


「名前なんて上等なもの、下っ端巫女にはまだ早いぞ」

「そうです。名前は高等な者のみが持つことを許されるのです。あなたはこれからもただの巫女です」

「……はい」


 見た目はずっと年下なのに、この二人は本当に辛辣だ。


 けれどこの二人が協力してくれるというのは正直ありがたい申し出だった。私では芹の気持ちなど到底理解する事など出来なかっただろうから。

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