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第4話『学生と巫女』

 芹が次に案内してくれたのは裏庭だった。


 裏庭の広場には何故か唐突に畑があり、そこには季節の野菜が植わっている。一体どこの誰が世話をしているのか謎だ。そんな私の心など知りもしない芹は淡々という。


「ここの畑の野菜は好きに使え。私は食事をしないが、あの二人は食事をする。巫女、あいつらの食事も頼めるか」

「それはもちろん。でも私と同じもので良いんですか?」

「何でも構わない。普段は勝手に山から取ってきて料理もせずに食べているのだから」


 どうやらあの二人はこの山で毎日狩りをして自分たちの食事を賄っているようだ。とても経済的な二人である。


「狐ですもんね。では3人分作ります」


 しかし簡単に答えたものの、これはなかなか厳しいのではないだろうか。


 最初こそ私は巫女の仕事は掃除だけだと喜んでいたが、この荒れた境内と汚い本殿、そして毎食分の3人分の食事を作らなければならない事に気づいて、脳内で学校までの時間とバイトの時間を足して愕然とする。明らかに無理だ。手が千手観音ぐらいあっても無理だ。早急に何か手を考えなくては。


 けれど芹の案内は止まらない。


「次は本殿を案内する。こっちだ」

「……はい」


 言われるがまま私は芹の後について本殿に足を踏み入れたが、ここでふとある事に気づいた。


「あの、芹様」

「なんだ」

「普通、本殿って神様を祀っている所ですよね?」

「そうだな」

「そんな所に私が住んでも良いんですか?」

「駄目だな」

「……え?」


 即答されて思わず私が固まると、芹が振り返って少しだけ口元を緩めた。


「冗談だ。仕方あるまい。何せ巫女には家が無いのだから。それにこの神社には他の社殿も社務所もない。私達と共に本殿に住むしかないだろう? それとも野ざらしが良いか?」

「嫌です」

「では本殿を使え。それに遠い過去にもここに住んでいた巫女が居た。この本殿はその時のまま残してある。炊事場も風呂も当時のままだ」


 そう言って芹は何かを懐かしむような顔をしている。きっとその巫女との生活を思い出しているのだろうが、それを聞いて私が心配したのはそこではない。


「芹様」

「今度はなんだ」

「炊事場もお風呂も当時のままという事は、まさかとは思いますが炊事場は竈門でお風呂は薪ですか?」

「そうだが?」


 その言葉に私は膝から崩れ落ちた。


 今まで電化製品のお世話になりっぱなしだった私がそんな所で暮らせるだろうか? そんな事は考えなくても分かる。答えは否、だ。


「……ちなみに、ここ電気は通ってます?」


 もしも電気すら通っていないのだとしたら、私の人生は色々詰む。現代っ子にはもう電気の無い暮らしなど出来ない。


「それは流石に通っている。こう見えて放置される前はそれなりに地元の人間に手入れをされていたんだ」

「良かっ……たぁ……」


 それを聞いて私は全身から力が抜けたようにそのままベシャリと床に崩れ落ちた。電気が通っているのであれば、家から家電を持ち込む事が出来る。


 そんな私を見て芹が手を差し伸べてくれる。


「大丈夫か」


 その手を取って立ち上がった私は、芹に頭を下げた。


「大丈夫です。ところで芹様、お願いがあります」

「なんだ」

「お金を貸してください」


 返す当てなど無い癖に私は厚かましくも芹に借金の申し入れをした。


 そんな私に芹は眉根を寄せるが、そこは許して欲しい。流石に電化製品が無い場所で生活をするのはどれだけ考えても無理だし、かと言って電化製品を一人でここに運び込むのも無理だ。


 それにどのみち急がなければならない。何せ引っ越しの期限は今月末までなのだから。


「唐突だな。何に使うんだ?」

「家にある家電を根こそぎここに持ち込みたいんです」

「家電?」

「はい。炊飯器とか冷蔵庫とか洗濯機とか掃除機とか、そういうの」

「よく分からんが好きにすればいい。いくらいるんだ?」

「それは見積もってみないと……はぁ……どうしよう……このままじゃ無一文どころか借金まみれになるんじゃ……ていうかそもそも芹様お金なんて持ってるんですか?」


 明らかに学生と巫女を両立させつつバイトをする時間など無い。それなのに借金の申し入れをしてしまった。


 何よりも私は一生ここで巫女をするつもりもないのだ。となれば、ここを出るその時の為に今からどうにかして資金を集めなければならない。 


 ため息を落としつつ芹に尋ねると、芹は私を見下ろしてキョトンとしている。


 何せこんなにもおんぼろの神社をずっと放置していた芹だ。もしかして私と同じで一銭も無い可能性もある。ところが。


「失礼な巫女だな。時代に合わせた金をちゃんと狐達に換金させに行っている。これを使って」


 そう言って芹が袂から取り出したのは小判だ。それを見て思わず私は悲鳴を上げる。


「こ、小判!? ほ、本物ですか!?」

「巫女はもしかして私が神だと言うのを信じていないのか? 本物に決まっているだろう」

「流石神様!」


 芹の持つ小判を見て拍手をすると、そんな私に気を良くしたのか、芹はまた袂に手を突っ込んで今度は大判を取り出す。


「大判もある」

「ひいっ!」


 光り輝く大判を見て私が仰け反ると、そんな私を見て芹は少しだけ目元を緩めた。


 一瞬その大判に目が眩みそうになったが、寸での所で思いとどまって心を落ち着かせる為に深呼吸をする。


 人の道を外れてはいけない。両親を思い出せ。


 心の中で念仏を唱えていると、そんな私に芹が得意げに尋ねてきた。


「で、いくらいるんだ?」

「ま、また見積もり聞いたらお伝えします……明日からちょっとの間、家に戻りますね」


 それだけ言って私は芹の返事も聞かずにすぐに部屋に戻り、引越し業者に連絡をして見積もりの日取りの約束を取り付けた。


 幸いな事に両親が家から持ち去ったのは自分たちのお気に入りの家具やインテリアだけで、家電や生活用品や一部の衣類は全て家に置きっぱなしだ。


 翌日、私は早朝から神社を出発して家に戻り、家の中の物を急いで仕分けして不要な物は全てリサイクル業者に引き取りに来てもらってお金に変えた。これでしばらくは大丈夫そうだ。


 母親の持っていたブランドのバッグやら服、父親の時計などは一応本人に確認を取ろうとしたけれど、もう連絡すらつかなかった……。どうやら電話番号すら変えられたようだ。この一件で私の中で何かが切れたのだと思う。


「じゃ、もう良いよね」


 どのみち家の処分を頼んできたのはあちらだ。勝手に出て行った両親の事など、もう私が心配する事もない。


 満を持して引っ越しの見積もりを出してもらい、引っ越しの日も最短でお願いした。


 その後村に戻り唯一の銭湯を見つけて(流石に薪風呂は嫌だ)さらにスーパーで大量の食材を買った私は日付指定で神社に送り、急いで神社に戻る。


 翌日には一日かけて芹と狐たちでさえドン引きする程の早さで電化製品を置く場所を掃除してまわり、3日後にはすっかり引っ越しが済んで快適な生活が送れるようになっていた。


「こ、こんな魔改造するなんて……芹様!」

「お、面影がありません……芹様!」


 狐の二人にはどうやらそれが相当ショックだったようで、炊事場に置かれた冷蔵庫を見上げて青ざめて震えているが、そんな狐達とは裏腹に肝心の芹はと言えば。


「ほう、ここで氷が作れるのか。もう氷室はいらないのだな」


 さっきから製氷機を開けたり閉めたりして目を輝かせていた。


「そうですよ。ここに食品を入れておくと凍らせる事も出来るんです」


 言いながら私は先程届いたばかりの大量の食材を冷蔵庫に詰めていく。


「なるほど。世の中は随分と便利になったものだ。お前たち、これで食べかけの獣をそこらへんに放置して腐らせる事は無くなるんじゃないか」


 冷凍庫に手を突っ込みながらそんな事を言う芹に、狐達はとうとう泣き出してしまった。


 あと、言いたくないが食べかけの獣を冷凍庫に入れるのは止めて欲しい。


 嬉々として電化製品を触る芹を横目に私は考えていた。引っ越しの為に家とここを行き来してみたが、やはりどう考えてもバイト先との往復は時間的にも難しい。


 となれば、どうにかしてここで収入を得る方法を考えなければならない。そして私はいつかこの神社を出たい。


 けれど力が失くなりかけている芹をここへ一人置いて行くのは忍びないし、住まわせてもらっておいてそんな事は出来ない。


「そっか……この神社を立て直してちゃんとした巫女さんを雇ってもらえば良いんだ……」

「何か言ったか?」

「いえ、何も!」


 私は思いついたアイディアを芹にまだ悟られないよう、慌てて首を振った。

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