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第2話『巫女の仕事』

 何もかもを失くした私はこの寂れた廃屋のような神社の巫女をやらされるようだ。何だか腑に落ちないが、ここを追い出されたら行く所もどこかに泊まるお金も無い。


 細かい事は考えても仕方ないので、とりあえず私は芹に巫女の仕事内容を尋ねてみた。


「その、一つお伺いしたいのですが」

「?」

「巫女というのは、具体的に何をすれば良いのでしょう?」


 そもそも今日の今日まで自分が巫女の家系だという事すら知らなかった私は、神職の事などさっぱり分からない。


 そんな私の顔を見て芹は腕を組んで考え込んで一言。


「さあ」

「え」

「分からない。私にも。昔は何やら人間の行事事に付き合わされたり、興味もない音楽や踊りを見させられたりしたが、それ以外で巫女が何をしていたのかなど知らん」

「えぇ……」

「ただ境内の掃除をしたり食事を運んできていたのは巫女だな」

「芹様のお世話をしていたという事でしょうか?」

「そうだな。私の世話をしていた……のかもしれない」

「……」


 何だかフワっとした感じの答えが返ってきて私は曖昧に頷く。そんな私に芹は一歩近づいてきて言い訳するかのように言う。


「私は元々山だ。そんな私に食事を持ってこられても、食べられると思うか?」

「ご飯、食べないんですか?」

「そうだな。人のようには食べないな。というよりも挑戦した事がないな。旧友の土地神に言われて神というのは滅多な事では人前に姿を現さないものだと教えられて数百年。人と同じ生活をしようとした事はないな」

「それはそれは……何ていうか……」


 言葉も無いとはこの事だ。どうやら芹という神様は多分相当に世間ズレしている。おまけに人間に恐ろしいほど興味がない。


 けれどここを追い出されたら私に行く場所などないので、仕方無く私は芹を見上げて言った。


「えっと、芹様。それではお言葉に甘えて今日からお世話になります」

「ああ。すぐにお前の部屋を用意させよう」


 そう言って芹が手を叩くと、どこからともなく二匹の子狐が部屋にやってきて、目の前でコロンと転がって可愛らしい金髪の少年と銀髪の少女の姿になる。


「ひっ!」


 突然芹が神様だなんて言われてもまだ信用していないが、流石に子狐が人の姿になるとびっくりする。もしかしたら私はまだ夢を見ているのかもしれない。


「お呼びですか、芹様!」

「お呼びしましたか、芹様!」


 二人は芹を見上げて目を輝かせた。けれどそんな二人を見ても芹は表情を動かさない。 


 一方私は子狐が人間になるなどという摩訶不思議な出来事を目の当たりにしてまだ声を失っていた。


「巫女が戻った。すぐに部屋の準備をしてやってくれ」

「かしこまりました!」


 声を揃えた二人を見てもまだ声を失い固まっている私に、何故か二人はこちらをキッと睨んでくる。


「芹様は神様だぞ! 芹様の前ではしたない格好は止めろ!」

「そうです! ここで位がいちばん高いのは芹様です! その次がウチ達です!」

「は、はい」


 初っ端からマウントを取られて思わず頷いた私を見て、二人はようやく満足そうに頷いて部屋を出ていく。そんな二人を見て芹はほんの少しだけ目を細める。


「悪気はない。許してやってくれ」

「それはもちろん……えっと、可愛いですね」

「ああ見えてお前よりもずっと年上だぞ」

「そ、そうなんですか!?」

「ああ。そうだ、忘れる所だった」


 やはりあの二人は妖怪とかその類の生き物なのだろうか。となると、芹も本当に神様……なのか?


 驚いてまだ廊下を見ていた私の肩を芹が掴んだ。何事かと思って芹を見上げると、そのまま芹の顔がどんどん近づいてきておもむろに顎を掴まれる。


「な、な!?」


 あまりにも突然の芹の行動に、思わず芹の体を押し返した私を見て芹が首を傾げた。


「何をそんなに驚く」

「お、驚きます! い、今なにしようとしました!?」


 芹から離れて部屋の隅まで逃げた私に芹がまだ不思議そうな顔をしている。


「何と問われると、精気を口からもらおうと思ったのだが」

「せ、精気!? 口!?」


 そんな事聞いてない! 思わず私が芹を睨みつけると、芹はまだ首を傾げて私を見つめてくる。


「何をそんなに驚く。先ほどは言い忘れていたが、これは立派な巫女の仕事だ」

「い、一番重要な仕事じゃないですか!」

「そうか?」

「そうですよ! お、乙女の、乙女のファーストキスを奪うなんて、愛の神に祟られますよ!」


 思わず怒鳴った私を見て芹は少しだけ驚いたように目を丸くする。


「それは怖いな。ククリヒメか? それともまさかスセリビメノミコトではないよな?」

「え、だ、誰ですか?」


 まるで呪文のような名前に私が目を丸くすると、芹は淡々という。


「愛の神と嫉妬の神だ。何にせよいい加減、精気を貰わなければ私は消えてしまう」

「消える?」

「そうだ。神というのは生物たちの祈りが全てだ。私が今もこの姿を保っていられるのは、偏に森の動植物たちのおかげだ。けれどそれも強い願いではない。やはり人の願いが一番強い」

「だったら私が祈るのでは駄目なんですか?」

「お前一人の願いなどせいぜい動植物たちの足元にも及ばん。神が神として存在出来るのは、神社に神として祀られて沢山の人間に願われてこそだ。だが長年放置されたこの場所ではな……」


 芹はそう言ってちらりとこれ見よがしにこちらを見てくるが、それは私のせいではない。


「で、でもどうしてキス……」

「先ほどからキスというのは接吻の事か?」

「そうです」

「ふむ……辞書を新調しなくてはならないな。それからキスをするのは精気を直接もらうのにそれが一番手っ取り早いからだ。他意は無い」

「他意は無いって……それはそれで凄く失礼な気がするんですけど……」


 せめて私の事が気に入ったとか何とか言われたらまだ分かる気もするが(それでもキスは許さない)、どうして私の事を何も思っていない神様とキスをしなければならないのだ。


 人生これからだと言う時に立て続けに起こるこの仕打ちに、私は大きなため息を落とした。正に踏んだり蹴ったりだ。


 じわりと目の端に涙が滲んで思わず俯いた私の耳に、少しだけ申し訳無さそうな芹の声が聞こえてくる。


「すまないな。人の営みや感情は私にはよく分からない。他に何か考えよう」


 それだけ言って芹は部屋の奥へと消えた。ポツンと取り残された私は、何が何だか分からぬままその場に座り込む。


「これからどうなっちゃうんだろう……」


 夏休みが開けたら学校にも行かなければならないし、あの両親の事だから本気で養育費など払ってはくれないだろう。だからどうにかしてお金も稼がなければならない。ただでさえ不幸続きだというのに色々と考えなければならない事が多すぎて頭と心がパンクしそうだ。


 私はまるで現実逃避するかのようにその場ではしたなく仰向けに寝転んで、天井を見上げて目を閉じた。


 しばらくすると疲れていたのか、うっかりうたた寝をしていた私の頭の上からこんな声が聞こてくる。


「おい! 起きろ! 起きろ巫女!」

「起きなさいー! 巫女、巫女、巫女!」

「お前たち、止めなさい。巫女はどうやら怒涛の一日だったようだ。少し寝かせておいてやろう」

「芹さまは優しすぎます!」

「そうです! 芹さまは優しいが過ぎます!」

「いや、私は所詮消えかけの神だ。消える前に最後の巫女が来て良かった。これで心置きなくこの場所を土地神に譲る事が出来る」

「そんな……」

「嫌です……土地神ってあのちゃらんぽらんな方でしょう?」

「だが彼は優秀だ。あんな小さな神社でもちゃんと切り盛りしている。私よりもずっと優秀な神だよ。それに神堕ちする事だけは避けなければならない。荒御魂などになったら悲惨だ。それこそここら辺一帯が吹き飛んでしまう」

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