四月、桜の季節――。
彼女の娘は中学生になった。母親譲りの長い金髪とエメラルドグリーンの瞳はそのままに、小学生時代の私服から中学生のセーラー服へ……。
「おじさん。入学式、行こう」
「ああ」
俺は晴れて中学生になった彼女の娘の入学式へ向かうことになる。これからは彼女の娘が成長する節目をしっかりと目に焼き付けていかなければならない。
入学式の時間に合わせるには早い時間だが、それもいいだろう。今日は、陽射しが温かい。ゆっくりと中学校まで歩いて行こう。
俺と彼女の娘は家を出て、中学校へ向かう道路を歩く。
「おじさん。ママも、わたしの制服を見てくれてるかな?」
「ああ。今頃、涙ボロボロ流して感激してるよ」
「相変わらず、適当に言うよね」
彼女の娘は可笑しそうに笑い、クルリと回って一歩前に出ながら振り返る。
「記念写真、撮ろうよ」
「こんな道の途中でか?」
「そういうのは気にしないでいいから」
俺は頭に右手を当てて困り顔を作る。
「俺、写真を撮るだなんて風習を持ち合わせてなくてな。家にもアルバムの類はないんだ」
「そんな灰色の人生は良くないよ。これからは成長するわたしをバンバン撮って、いつでも見れるようにしとくといいよ」
さすがは彼女の娘。言いたいことをサラッと言ってのける。
「だけど、残念ながらカメラがない。スマホのカメラでいいか?」
俺がポケットに右手を突っ込もうとするのを遮るように、彼女の娘が素早く何かを取り出した。
「わたし、カメラ持ってるよ。入学祝いに貰ったお金でそこそこ画素数のいいデジカメ買ったの」
「いつのまに……。しっかりしてるね」
彼女の娘はニカッと笑うと俺の左腕を取り、右手でデジタルカメラを掲げてシャッターを切る。
「大雑把だな」
「学校に着いたら、誰かにまた撮って貰おうね」
彼女の娘が今撮ったデジタルカメラの画像を液晶画面で確認し出すと、肩越しに俺もそれを覗き込む。
「画素数を高くし過ぎたかな? 切り替わるのが少し遅い」
撮影モードから閲覧モードへ切り替えている待ち時間も含まれているだろうが、たった二秒ほどの待ち時間も彼女の娘は長く感じているらしい。
やがて液晶画面に取ったばかりの画像が映ると、俺と彼女の娘は同時に笑みを浮かべた。
「おじさん、これって……」
「ああ……」
デジタルカメラの液晶画面に写っていたのは、これでもかという彼女の娘の笑顔と面倒くさそうな俺の顔。そして、彼女の娘が成長した姿を思わせる横ピースの女性の心霊写真。
間違いなく彼女だった。
「今後、記念日には写真を絶対に撮らないとダメだな。こんな面白いこと、そうそうない」
「うん! ママはいつも側に居る!」
霊のはずの彼女の積極性が可笑しくて堪らない。これからの記念日の写真には、心霊写真が思い出と共に増えることになるだろう。
―― 完 ――