劇が終わり、体育館の外で一息ついていると、衣装姿の彼女の娘が現われた。いつも通りの笑みを浮かべ、今日の笑顔の中には達成感も混じっている。
「良かったよ。周りの人も、継母に嫌悪感を持っていたよ。特に母親達の反応が凄かったな」
「そう思う。ママが『あの視線に覚えがあるわ』って、わたしの中で言ってたから」
それは最高の賛辞になるのだろうが、彼女は『あの視線』とやらをいつ体験したのかが妙に気になる一言だった。だけど、今は置いておこう。彼女に妙な疑問が付き纏うのは、日頃から分かっている。
俺は彼女の娘の全体に目を向ける。
「まだ衣装を着たままなのか?」
「これから記念撮影があるからね。撮影の真ん中でシンデレラを演じた子と並んで撮るの」
あの迫真の演技を見た後では、何とも違和感バリバリなものを想像させてくれる。継母とシンデレラが仲良く隣り同士とは……。
その俺の微妙な顔つきを読み取って、彼女の娘は声をあげて笑っていた。
「先生がね、保護者に配るDVDの最後に、その記念写真を入れたいんだって」
「随分とユーモアのある先生だね?」
「アフターケアらしいよ」
「何の?」
「モンスターペアレントの」
「は?」
彼女の娘は右手の人差し指を立てる。
「つまり、『この物語はフィクションです。シンデレラを演じていた子と継母を演じていた子は仲が悪いわけではありません。普段は仲良しの友達です』っていうアピールを入れるの」
この国の常識は、どんどん腐敗していくな……。
俺は思わず項垂れる。
「今の親っていうのは、そんなことも分からないのか?」
「そうみたい。だから、これがないと、おじさんだって呼び出されるかもしれないよ? わたしが演じたの、一番ヘイトを集めた継母だし」
「それは御免被りたいな」
まあ、既に君の作文のせいで、何度か呼び出されているんだけどね……。
とりあえず、今は切ない現実の報告は置いておこう。そのフィクションをアピールする記念撮影すら、彼女の娘は何かに変えるに違いないのだから。
「で、その記念写真では、どんなことをするんだい?」
「……どうして、わかったの?」
やっぱり、何かする気だ。
「付き合い長いから、君のことなら何となく」
「おじさんごときに見透かされるとは」
「俺は、どれだけ格下に見られてるんだ?」
彼女の娘は笑って誤魔化すと、話を続ける。
「まあ、その……。こっちもアフターサービスまで、きちんと楽しみたいだけなんだ。シンデレラの子と熱く腕を絡ませてガッツポーズをかますだけ」
「いいな、それ」
「でしょ!」
まだ小学生で、これだ。中学、高校と進学していくにつれて、この子はどれだけ面白い生物になっていくのか。
「家に帰ったら、それを彼女と語り合いたいね」
「わたしも混ぜてよ!」
「ああ、もちろん。君が主役だ」
もう少しで彼女の居ない未来が始まる。その分かり切っている未来の前に、俺も彼女達との思い出を少しでも多く残したいと思っていた。
…
家に帰り、食事も終わり、自由時間になった。学芸会の劇について家族に口止めされていたことも、劇をお披露目した今は解禁になる。
ソファーの対面に座る彼女の娘が、早速話し掛けてきた。
「おじさん、今日の劇は、どうだった?」
「感想を語ってもいいけど、その前に舞台裏を知りたいかな?」
「舞台裏?」
俺は頷く。
「彼女からシンデレラになった経緯は聞いたんだけど、今日の劇の出来を見て、本当に君の髪の色だけを理由に選んだのか、っていうのが気になってね」
彼女の娘は片目を瞑り、右手で撃つ仕草をした。
「さすが、おじさん! いいところに目を付けてるね! それだけじゃないよ!」
「そうなんだ」
「うん。先生の方針でね、ワザと簡単な物語を選ぶことにしたの」
「へ~……。何で、また?」
「理由はいくつかあってね、一つは六年生として演技力が高いところをみせましょう。二つ目に、自分達なりの構成を考えてみましょう――簡単に言うと、単純で短いお話を膨らませるためにアドリブを入れましょう。三つ目に、何か見せ場を作ってみましょう」
彼女の娘は少し思い出す仕草を取ったが、俺に向かってこう言った。
「大体、これぐらい」
「なるほど。あえて短い物語を選んで、テーマを持たせて子供達に考えさせたのか」
俺は彼女の娘に目を向ける。
「作文の時もそうだったけど、色々と気を遣ってくれる先生なんだね」
そこで彼女の娘の雰囲気が、ガラっと変わった。
「そうなのよ。娘が外国人の血を引いていて、両親が居ないことも分かってくれるのよ。劇にしても、ただやらせるってわけじゃないの。だから、私も陰ながら手伝いをさせて貰ったわ」
「手伝い?」
彼女の娘の中にいる母親である彼女が、面と向かって先生の手伝いなど出来るのだろうか? 俺に話し掛ける調子で先生と会話をすれば、大問題になることは分かっているはずだ。一体、彼女に何の手伝いが出来たというのだろうか?
「ママはミシンを使ってくれたの」
人格が変わり、俺の疑問に答えてくれたのは彼女の娘だった。
「ママはね、子供の頃はわたしのお洋服を作ってくれたりしたの! だから、衣装作りは家庭科室でミシンを使って、ズバババババーッ! って感じ! 各家庭で役の子の衣装をラピーテープとかで工作するところも全部やってくれたの!」
「そんな特技があったのか」
また人格が変わり、右手で頬杖を突きながら左手の掌を返しながら彼女が答える。
「人数が多いから大分手抜きをしたけどね。オークションとかフリマサイトで、ハロウィンやパーティグッズとかの売れ残りを落札して、放送の終わった変身魔法少女ものの変身衣装なんかも格安で落札するの。シンデレラの雰囲気に合わないところとか、安い生地のところをはぎ取ってミシンで付け替えただけ」
「それで、ズバババババー……ね」
簡単そうに言うが、それなりの技術が求められることではないだろうか? きっと、まだ家族三人で暮らしていた時、彼女は一生懸命に身につけたのだろう。
「てっきり、あの衣装は貸衣装から借りてきたものかと思ったよ」
「学校側で出せる費用も限られているから貸衣装ってわけにもいかないのよ。劇の練習で一度も袖を通さずに本番だけ衣装を着るってわけにもいかないしね」
「それもそうだよな。動きやすさも確認しないといけないし、実際に着てサイズの確認もしないといけないしな」
「そういうことよ。そして、私が手伝ったのはここまで。あとは子供達の独創性に任せたわ」
大人の手助けできるところのラインとして、彼女は線引きをしていたということだろう。それでいて先生に対しても義理を果たすのだから、できた母親である。
「でも、いきなり落札した商品持ってミシンを使いだした時は、先生、びっくりしてたよね~」
また彼女の娘に戻ると、彼女の娘は思い出し笑いをしていた。
「家庭科の授業の時、それなりにしかミシンを扱えなかったのに、二、三週間後にはミシンばかりか、型紙使って衣装のコーディネートを始めるんだから」
「それは拙いんじゃないか?」
「そうだよ~。実績作っちゃったから、ママに裁縫について仕込んで貰わなくちゃいけなくなっちゃった……」
あまり得意ではないのか、あまり好きではないのか、彼女の娘はがっくりと項垂れていた。
「ママ関係の裏話は、それぐらい?」
「それぐらい~」
「じゃあ、シンデレラのアレンジについて教えてよ」
俺の言葉に彼女の娘が復活した。
「あれは、結構、大変だったんだよ!」
「ほう……」
「あのね、シンデレラって、みんなで読み進めたら主人公のシンデレラのセリフって思ったより少ないことが分かったの」
ここは劇を観覧中に、俺も思ったことだった。だが、あえて語らず、話を続けることにした。
「主役なのに?」
「うん。シンデレラって自分からアクションを起こして問題を解決しないでしょ? 立場が弱いから虐められても言い返さないし、助けてくれるネズミに話し掛ける場面が一番しゃべってて、魔法使いや王子様とも積極的に話すわけでもないの」
「言われてみれば、そういう話だな」
「試しにみんなで、シンデレラが虐められた時にぶちキレて言い返して、魔法使いのおばあさんに図々しくおねだりして、王子様に積極的にアプローチする台本を書いてみたの」
「想像がつかないんだけど……」
彼女の娘が頷く。
「まるでコメディーみたいになっちゃった」
「そりゃそうだろう」
「男の子は面白がって『これで行こう』っていう声もあったけど、最後にどうやってオチをつけるか、って女子に詰め寄られて答えられなくなっちゃった」
俺も小学生だったことがあるので、そう言った男子の気持ちが分からないでもない。真面目にやることが格好悪く感じ、ふざけたい年頃なのだ。
今の話を聞いて、昔も今も変わっていないことに何処となく安心感を覚えてしまった。
「それで、いろいろみんなで話し合った結果、主人公じゃないけど物語の進行を進めてるのは継母だって気づいたの。だから、わたし達の劇では継母のセリフはシンデレラを虐めるだけじゃなくて進行役のナレーターもしてたんだよ」
「なるほど……。君のセリフが異様に長かったのは、そういう背景もあったのか」
「うん。逆にね、シンデレラの子はセリフじゃなくて表現で感情を表すようにしてあるの。声を大きく出せない分、実は表現は少しオーバーリアクションにしてたんだよ。気づいた?」
俺は首を振る。
「それは気づかなかった。『シンデレラの子は演技力が求められるな』とは思っていたけど、そういう仕掛けをしてあったのか」
「やってみて分かったんだけど、継母が声を大きくすればするほど、シンデレラの存在が小さくなったの。周りの子が気づいて、最初、わたしの声の大きさを小さくしたんだけど、そうしたら継母が怖くないって言われちゃった。じゃあ、『シンデレラだね』って、なったんだけど、今度は『シンデレラは声出せないじゃん!』って、なったの。で、いろいろみんなで試してたら、シンデレラのリアクションを大きくしたら見てても表現が伝わり出したんだ」
「へ~……。そんなことまでしてたのか。俺が小学校に通っていた時は、やる劇も台本も先生が用意してたんだけどな」
……と、俺の言葉に反応したように彼女に入れ替わった。
「三、四年生で担任が変わると思ったんだけど、教師不足とかで六年生まで同じいい先生が最後まで担任たったのよ。子供達の自主性を尊重してくれる先生なの」
「君が実際に通って言ってるんだから、そうなんだろうな。ただ、俺は何度も呼び出されて怒られてるせいで、少し身構えるところもあるけどな」
「…………」
彼女は無言になると、彼女の娘が表に出てきた。
「ちょっと! ママ、ここで引っ込むのはずるいよ! まるでわたしが悪いみたいじゃん!」
再び人格が入れ替わり彼女になる。
「いい機会だから、おじさんに謝っておきなさい!」
また彼女の娘になる。
「ママが作文確認して問題ないって言ったでしょ⁉」
再び彼女に戻る。
「ママは誤字脱字を確認してあげただけです!」
彼女の娘に戻る。
「そんな言い訳、ずるいよ!」
「ストーップ‼ 会話は入れ替わらずにしてくれ! 残像がチラついて見える!」
罪の擦り付け合いによる入れ替わりに、俺は制止を掛けた。
面白いを通り越して人間がバグったようにしか見えない。もしかしたら、彼女達の内面の会話はこんな感じなのかもしれないが、二人で一人の体を使ってやることではない。
「作文の件は、もう怒ってないから本当にやめて……。話し方でしか区別がつかないのに頻繁に入れ替わって誰がしゃべってるか、判断するのは大変だから……」
「そ、そう? 怒ってないならいいわ」
今、話しているのは彼女の方だろう。意識して入れ替われるようになってから、時々、こういうことがあるのだが、これだけは一向に慣れない。
「まったく……。君も、どこか子供っぽいところがあるよな」
「面目ない……」
ひと騒動が終わったところで、話を元に戻す。
「演出に関して、もう一つ気になるところがあったんだけど、聞いていいか?」
「いいわよ」
「あのシンデレラを転ばしたのって合気だよな?」
「よく気づいたじゃない」
「まあ、道場まで送り迎えをしてるのは俺だし、稽古が終わるまで見学してたから」
「それで気づいたのね」
ここで人格が彼女の娘に入れ替わった。
「たぶん、それに気づいたのは、おじさんぐらいだと思うよ」
「まあ、そうだろうな。あそこで転ばしたのが君じゃなければ、俺も気づかなかった」
笑顔で右手の人差し指を立てた彼女の娘は嬉しそうに説明をし出した。
「見せ場を作るシーンにバク転やハンドスプリングを取り入れることも考えたんだけど、他の学年の劇とネタ被りをしたら、どうしてもインパクトが薄くなるし、ネタが被った下の学年の子の方が出来を比較されて下に見られることを考えて、あえて外したの。それで、他の学年では絶対にしない、本物に近い動きを入れて観客を物語に引き込むことをしようということになって、派手な場面がないシンデレラの中からシンデレラを本気で転ばそうってなったんだよ」
「それで合気を使って派手に転ばしてみせたのか。場面的にも、あそこぐらいしか大きな動きを取り入れるところはないからな」
「うん。王子様とシンデレラのダンスのシーンを派手に……とも考えたんだけど、みんなからお城でヒャッハー! するのは違うんじゃないかって意見が多く出たんだよね」
「まあ、貴族のお城の舞踏会でロックとか情熱的なラテン系のダンスは踊らないだろうしな」
「それにわたし達が踊れるものってせいぜいがフォークダンスの延長でしかなかったから、お城でシンデレラが着てたドレスはママに見た目からワザと動きにくそうなものを作って貰って、ゆったりとしたダンスにして逃げたんだ」
小学校高学年になると、やりたいことに対して『出来ること』『出来ないこと』を考えて行動するんだな。俺の六年生の時よりも、随分としっかりしている気がする。
「その代わり、シンデレラの転倒は派手にしようってことになったの。ここもいろいろと試行錯誤したんだよ。シンデレラの子に体幹を自分から崩して貰おうと思ったんだけど、今一、分かって貰えなくて、上手くいったと思ったら周りから見ると動きが不自然で、それならってことで、継母が突き飛ばしたように見せて体幹をわたしが崩して、安全に転ばせるまでをセットにしたの」
「そうだよな。君達も投げられたりして体感して理解した技術だから、何も知らない子にいきなり教えるのは難しいな」
「うん。劇は通しで練習するから転倒のところだけに時間を割くわけにはいかないし、そもそもわたしは先生じゃないから教え方が下手だし」
「そりゃそうだ」
「だから、合気を使って転倒させるのは、全部をわたしが担当したんだよ」
「なるほどね。劇だから相手のシンデレラの子が無抵抗っていうのも、掛けやすさに一役買ってるのか」
「うん。だけど、安全面を優先する分、転んだ時の音がしなかったんだよね。わたしもシンデレラの子の腰を抱えて下ろしてるし、下にはマットも敷いてあるから」
「受け身ぐらいなら覚えられるかもしれないけど、転倒の音でちゃんと受け身を取ったって分かる親御さんはいないだろうな。寧ろ、劇中にあるのはふさわしくないだろうけど、マットが見えた方が親御さん達は安心するしね」
彼女の娘が眉間に皺を寄せて腕組みをした。
「音は床を叩いてダミーの音を演出したし、劇だからっていうのは分かっているんだけど、本当はマットなしでしたかったっていうのが本音だね」
「気持ちは分からなくはないけど、妥協せざるを得なかったっていうことかな?」
「うん……。既に継母のセリフのアレンジで劇に出せるギリギリを攻めたあとだったから、先生から許しが出にくかったっていうのもある」
俺は、その悔し気な言い方に笑ってしまった。本当に継母の役をやりたくて、ふんだんにアドリブを盛り込んだのだろう。
「じゃあ、劇には満足してないの?」
「それはない!」
直ぐ様、彼女の娘は否定した。
「劇までの準備をすることと、劇を演じることとは別物! いい? ないものねだりは幾らでも出来るんだよ? お金だって掛けたいし、時間だってもっと欲しいし、いろんなことをやりたい。それを言い出したらキリがないの」
彼女の娘が言いたいことは分かるし、その常識についても知っている。だけど、俺はあえて口を噤む。その言葉を俺は彼女の娘から聞きたい。大人になる成長の過程で手にした一般常識の中で、自分なりに最大限に考えて、実行して、身につけたものを、詰まらない大人の言葉で遮らず、彼女の娘の言葉で言って欲しい。
きっと、そこには彼女の伝えた大事なものが宿っている。
「日程も決まってる。用意する物に使える金額も決まってる。学校で決めたルールの範疇でやれることもしなくてはいけない。他の学年の子達も、みんな守ってる。決められた中で、ちゃんと一生懸命準備をするの。出来ないことはあったけど、一生懸命にやったんだよ。もちろん、演じた劇は準備したものを活かせるように、こっちも一生懸命がんばったよ」
この言葉を聞けて嬉しかった。激情型の彼女はプッツンすると、歯止めが利かなくなる。彼女自身、それを悪いことだと認め、ルールを守らなければいけないことをしっかりと娘に伝えたいと言っていた。
今、ルールを守って平等な条件で頑張ることの大切さを彼女の娘は主張してくれた。彼女が一番懸念していたことを、彼女の娘は払拭して見せたのだ。
「うん、その通りだ。だから、あの劇はとても見応えがあって面白かったよ」
そう言って、彼女の娘の頭を俺は初めて撫でた。彼女の娘に対してなのか、彼女に対してなのか、あるいは両方か、俺自身分からなかったが、どうしてもそうやって褒めてあげたかった。
だって、そうだろう。彼女が悪霊になった行為を克服して、彼女の娘が受け入れたのだから。
「残る最後の記念撮影の面白エピソードも、是非、聞かせて欲しいね」
「任せてよ! シンデレラと継母が熱くガッツポーズをかましたパターンは一つじゃないんだから!」
面白過ぎるだろう、それ。彼女の娘は、彼女にどういう教育を受けたのか? これは本当に彼女の教育方針の賜物なのだろうか?
疑問に思っている俺の前で、彼女の娘から彼女に入れ替わり、首を振って両手を上げているところをみると、どうやら彼女の娘は彼女の想像を超えた面白生物に成長したようだった。
再び彼女の娘へ入れ替わる。
「シンデレラの子が対称にポーズを取ってると思ってね! まず一つ目!」
彼女の娘は力こぶを作るように右手を折りたたみ、ガッシ! と相手と腕を交差するように見せた。その時、力強く右足を踏み出すことも忘れない。
「暑苦しい男同士が互いを検討し合う時にやるようなポーズを、何故……」
更にカメラ目線と言わんばかりに、俺にニッ! と笑って見せた。
たぶん、DVDで劇の映像を見たあと、記念写真の一発目がこれだったら噴き出す自信がある。『このDVDのケースには口に液体や食べ物を含まないように』と、注意書きが必要かもしれない。
「二つ目は、これ!」
続いて彼女の娘が取ったのは、サイドチェスト。ボディビルでおなじみの上腕二頭筋と左太ももの筋肉を綺麗に見せつける、あれだ。そして、カメラ目線でニッ! と笑って見せるのも欠かさない。
「三つ目! 最後の締めは、これ!」
俺には変身ヒーローがするようなポーズ――右手を胸の前で折りたたみ、左手を右手と平行の角度で突き出しながら腰を落として左ももの筋肉を綺麗に見せるポーズをして見せた。
「……これ、中に入ってる彼女は、どういう気持ちなんだろう?」
「ママも大絶賛だったに決まってるじゃん!」
そうなんだ。さすが外国人、ジョークには寛容だ。
そう思ったのも束の間、彼女の娘から彼女に入れ替わると、彼女は顔を真っ赤にして両手で覆った。
「大絶賛なわけないじゃない……。こんな恥ずかしい格好……」
共通の昼ドラという趣味は一致していても、母親と娘では持って生まれた感性は違うらしい。
俺も彼女の娘のはっちゃけた行動が、彼女には合わないとは思っていた。
「まさかとは思うけど、これだけが最後の記念写真に入ってるってことはないよな?」
まだ頬の赤みが取れないまま、彼女は弱々しく答えた。
「普通に整列した記念写真や役ごと、裏方グループごとで写真を撮ったから、劇のあとの写真はかなりの枚数になると思うわ……。当然、取捨選択されると思うけど、さっき娘がやったのは生徒達の反応が良かったから、全部採用されると思う……。どう編集するかは、先生次第だけど……」
「なるほど。普通に考えれば映像が終わったあとはダイジェストを流すもんな」
どうやら各家庭に配られるDVDにはインパクトの大きい特典ダイジェストが封入されることになりそうだ。
「君の生まれた国では、ああいう風な悪ふざけはしないのか?」
「しないわよ。やるとしても男子限定よ」
「君の娘は、あまりそういうことを気にしないんだな」
「うちの娘だけじゃないわよ。シンデレラの子も同じことをしてるんだから」
そういえば、対称でポーズを取ってるって言ってたな。
それにしても個性の強い彼女を凹ませるほど、彼女の娘の個性が強くなっているとは思わなかった。母親から昼ドラ好きは娘に受け継がれたが、娘のユーモアセンスは母親へ受け継がれることはないらしい。
「君が主役だ……か」
今まで話していた内容は、確かに彼女の娘が主役だ。しかし、俺の目からは彼女も合わせて主役に見えた。彼女達は出会った時から一つの体に二つの魂が宿っていた。それが当たり前になるぐらい、この生活に慣れてしまっていた。
しかし、その慣れてしまった不自然な状態を元に戻さなければいけない。彼女が抜け出てしまったあとの自然な状態に、俺は慣れることが出来るのだろうか?