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第14話

 夜になり、夕飯を済ませ、風呂も済ませ、あとは寝るだけの自由時間になった頃――。

 彼女が眠たそうに目を擦りながら、リビングの向かいのソファーに座って話し掛けてきた。

「疲れ過ぎて、今にも眠っちゃいそうだわ」

「無理せずに、どうぞ」

「もう少ししたら、寝るわ。でも、その前に貴方と話しておきたいと思ったの」

「何を?」

 彼女は右手を胸に置く。

「……今日は、ありがとう。この子の面倒をみてくれて」

「そんなことか」

 俺は座っているソファーで足を組み直すと、話を続ける。

「君の要望どおり、必要以上の干渉はしてないよ」

「でも、無視もしなかったじゃない」

「……それなんだけどさ」

 俺は正直に話すことにした。これは彼女の言っていた『子育てに干渉しない』ということに引っ掛かるかもしれないからだ。

「実は君の娘と話しているのが、意外と面白かったんだよ」

「そうなの?」

 不思議そうな顔で聞き返した彼女に、俺は頷いて返した。

「それで?」

「この調子で君の娘と遊んだり何なりを繰り返すと、君の子育てに干渉を来たす可能性がある」

 彼女は足を組み、腕も組む。

「それが面倒くさくて嫌だ……って話じゃないのよね? 何か心変わりでもあったの?」

「そうみたいなんだ。だけど、君達に極力関わらないという方針も変えたくないんだ」

 彼女は眉間に皺をよせ、首を傾げる。

「どういうこと?」

「つまり、君の育てた君の娘と遊んでるのは楽しいんだ。変な君自身が育てた結果が、君の娘になるわけだから」

 彼女は拳を握っていた。

「貴方は、私を何だと思っているのよ……!」

「会った時から変わらないよ。母親の方は、会った時から完成された変人だったわけだから、その時点で、俺との相性はバッチリだって認識してる」

「そんなことを堂々と認めて欲しくないのだけど……」

 俺は彼女を右手で制す。

「そんな悲観しなくていい。君を平然と受け入れている時点で、俺も君に近いぐらいの変な人だ」

「そんな告白、何の慰めにもならないわ。――この人に信頼を寄せていいのかしら?」

「まあ、その判断は君に任せるよ。俺は世間体とか気にしないから、ここを出て行くなら一声掛けてくれれば手続きするから」

「その何でも享受してくれる姿勢は敬服するわね」

 彼女が溜息を吐いた。

「それで、娘に対する干渉についてだったわね?」

「そう。正直な俺の気持ちから言うと、君の娘を見ているのは楽しいんだ。何を仕出かすか分からないけど、確実に成長していっている。その過程を見ているのは楽しい」

「親の自覚でも出てきたの?」

「いや、もっと低俗なものだよ」

「…………」

 彼女は黙って続きを待っている。

「多分、俺は子育てをじっくりしたいという面倒くさいことは全部君に任せて、ただ成長する君の娘を見てほっこりしたいんだ。例えると、そうだな……孫を見守るおじいちゃんのポジションだ」

 彼女は額に右手を置いていた。

「貴方、昼間に私の娘が将来の夢を通り越して、姑の位置になることに意見してなかった? 今の貴方の方こそ、将来の夢を置き去りにして老後までひとっ飛びじゃない」

「大人になった俺は将来に夢も希望もない現実を知って、既に廃人のようなもんだ。今からおじいちゃんポジションでも悔いはない」

「無駄なところで男らしいわね……」

 彼女は再び溜息を吐いた。

「それって結局、どういうことになるの?」

「君の命令の範疇で遊び相手になったり、暇を潰したりしてみたい」

 彼女は一拍置いて俺の意見を頭で整理すると、右手の掌を返した。

「……私にとっては凄くいい条件なんだけど、いいの?」

「こんなに面白いことないだろう。変人が育てた娘の成長過程を見届けることが出来るんだ」

「…………」

 彼女は額を押さえて項垂れると、呆れているのか怒りたいのか分からない表情で苦悶していた。

「悪いけど、貴方の思い通りにはならないわよ。娘は、真っ当な人間に育てるのだから」

「え?」

 彼女は両手でテーブルを叩くと、声をワンランク大きくした。

「『え?』じゃないわよ! 貴方は、私の娘がどうなることを望んでいるのよ!」

「今日、昼ドラという悪癖を君の娘が持っていたとしても構わないと諦めたぐらいだ。それも面白いと……」

「それは一番に治さなきゃいけない病でしょうが!」

「それを感染させた病原体は間違いなく君だけど?」

 彼女はワシワシと自分の金髪を掻き乱して絶叫する。

「どうすれば、この癖を取り除けるのよ!」

 多分、もう無理だと思う。彼女自身が見るのをやめる意思もなく、娘も将来は姑になりたいなどと言ってる時点で完治の見込みはないだろう。

「いいじゃないか。俺だって君と君の娘からダブルで昼ドラの話を語られるという二重苦を受け入れる覚悟をしたんだ。お互い様だ」

「綺麗に等価交換が成立したように纏めないでよ!」

 彼女はビシッ! と、俺に右手の人差し指を向ける。

「例えばよ! 二十歳過ぎた金髪の美女が熱く昼ドラを語り出したら、どう思う⁉」

 親馬鹿、ここに極まれり。彼女の中で、娘は金髪美女になる設定が確定しているらしい。

「金髪美女なら世の男の大半は性格を無視して受け入れてくれるんじゃないか? 内面で勝負なんて男は稀だよ……俺みたいに」

「貴方は対象外よ! 女性の内面に変人を求めている男性なんて居ないわよ!」

「だろう? 世の中のほとんどが単純に出来ているんだよ。君も認めた通り」

「その結果が、私の自爆殺人事件に繋がるのだけどね!」

 そう叫んだあと、彼女は項垂れた。

「でもさ、別に君の娘が幸せでいいんなら、君的には男が寄り付かなくたっていいんじゃないか? つまり、性格に問題があって、異性が寄り付かなくても構わない」

「それは……そうかもしれないわね」

 俺は肩を竦めて言う。

「まあ、その異性の代わりになるものを用意できるか……っていうのは、また大きな問題だけどね」

 彼女は座った目で俺を睨み出した。

「貴方は、私を困らせたいの? 解決したかと思った瞬間に次から次へと新たな問題を提起して」

「この質問の連鎖の最初にあるのが君の昼ドラのせいだって、分かって言ってるんなら反省しよう」

「…………」

 彼女は押し黙ると、咳払いを一つ入れる。

「人間、誰でも知られちゃいけない趣味や癖はあるものよ。この前、話したように、今から隠すことを教え込めば大丈夫よ」

「君の娘は、頭が良さそうだからね。あの歳で昼ドラを理解しているのが、その証明だ」

「……昼ドラか」

 彼女は顎に右手を置きながら呟くように言う。

「昼ドラを参考に裏表のある女にすればいいのかもしれない。娘もノリノリで受け入れるはずだし」

 なかなかポジティブな考えをする女だ。

 この調子なら中学入学する頃には、彼女の娘は男を手玉に取れる二重人格者にでも仕上がっているような気がする。

「イケるわね……。この手なら私の得意分野だし、何とでもなるわ」

 どうやら、本格的に猫を被るということを教えるに至ったらしい。

 そして、黙っておこう。数ヶ月もすれば失敗だったと気付いて、また面白いものが見られはずだから。

「ふぁ~……」

 彼女が大きな欠伸を一つする。

「もう眠くて起きていられないわ。これからのことは、明日、話しましょう」

「了解だ。君が一方的に話してくれていいよ」

「分かったわ」

 彼女は面倒くさそうに話を終えると、自分の部屋へと戻って行った。

「これから本当に退屈しなさそうだな」

 俺と彼女と彼女の娘は、いい感じで日々を過ごしている。

 そして、このような日々が続きながら、霊媒師のおばさんと約束した半年を迎えることになる。

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