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第6話

 その占いの館は、結構、人気のものらしく、フロアの中でも大きなブースを占有していた。何かのカテゴリーに分けられているのか、中ではいくつかの小部屋に分かれている。

 魔女風の格好をした案内係の女性が話し掛けてくる。

「何を占いますか?」

「運勢!」

 元気一杯に、彼女の娘は答えた。

 案内係の女性は笑顔を浮かべると、奥から二つ目の部屋を右手で指差す。

「あそこの占いの部屋が、運勢については一番当たってるよ」

「本当?」

「うん」

 彼女の娘が、俺に顔を向ける。

「そこでいいよ」

「うん!」

 占いの代金分のお金を渡すと、彼女の娘はその部屋に入って行った。そして、俺も後に続こうとした時、案内係の女性に肩を掴まれた。

 掴んだ案内係の女性の顔は、先ほど幼い子に向けていた笑顔とはほど遠く真剣なものだった。

「……少しお伺いしたいことがあるのですが?」

「もしかして、あの子が言ってた愛人の話かな?」

「違います」

「じゃあ?」

 案内係の女性が咳払いを入れる。

「彼女は何なのですか?」

「は? 何なのかとは?」

「彼女の中に……二人、居ませんか?」

「!」

 俺は思わず会話を止め、目の前の案内係の女性が探し求めている人ではないか、と暫く視線を動かせなかった。

「……気付いたのか?」

「はい」

 俺は案内係の女性の両肩を掴む。

「おお! いきなり見付かった!」

「はい?」

「あなた、霊媒師でしょう!」

「違いますけど……」

「いやいやいやいや、あの子を見て二人居るって言ったじゃないですか」

「それは定める運命が二つに分かれていたからです」

「……どういうこと?」

 案内係の女性が再び咳払いを入れると、俺は彼女の視線が彼女の右肩に向かっていることに気づき、案内係の女性から両手を放す。

「私は、この館を取り仕切っている者です」

「責任者……が、何で案内係を?」

「長くなりそうですね」

 案内係の女性は休憩中の札の下がるロープを持ち出すと、館の前の入り口に結びつけた。

「出口で彼女が出てくるまでの間に説明します」

 俺は頷くと案内係の女性が右手で指差した出口へと足を向けた。


 …


 占いの館の出口にあるベンチで案内係の女性が話し出す。

「私は、今、占いをしている人達の師匠にあたるんです」

「随分と若そうですけど?」

「皆、学生です。だから、休日の日だけ、イベントに参加を合わせているんです」

 この占いの館が可愛らしいのは、経営者と訪れる客との年齢層が近いからなのかもしれない。それにしても、学生の身分でありながら随分としっかりしたものだ。

「本題ですが、よろしいですか?」

「構わないけど、よく年上の人でも平気で話せるね?」

「お客さんを相手にすると、度胸もつきますよ」

 女は度胸か……。

 そういえば、あの空飛ぶ城的な大きなハエ機械に乗るおばさんも言ってたな。

「で、本題なんですが……」

「ああ、はいはい」

「占い師として、自分は本物だと思っています」

「占うと百発百中ってこと?」

 案内係の女性、改め、案内係の女学生は首を振る。

「いえ、そうではなく外れることもあります。私の場合、お客さんに合わせて統計学の占いをするか、直感に頼って占いをするかなんです」

 これは聞いていい話なのだろうか?

「もしかして、それって占いの種明かしでは?」

「構いません。誰にでも真似できるというものでもありませんから」

「そういうことなら、遠慮なく」

 案内係の女学生は頷く。

「続けますね。前者の統計というのはデータを集めたものから導き出すもので、大抵のお客様はこちらで対応しています。血液型の占いなどは典型的で、リサーチャーの多い最もポピュラーなものでしょう。例えば、A型の人の行動をリサーチする――統計を取るのは、対象が多いのであまり労力を必要としません。そして、そこでリサーチした一番悩みの多いパターンの系統の答えを用意してやれば、それに対する占いの的中率はリサーチした悩みのパターンに比例します」

「なるほど。それで当たり外れが出るわけか」

「はい。だから、占い師が質問する内容には、統計に該当するデータを引っ張ってくるためのものがあるんです」

「確かに真似できないね。データの蓄積にも独自のルートが必要だし、悩みなんて世の移り変わりによって変わる」

「はい。だから、学生である私達が学生主体の占いの統計を導き出して占いが成り立つと言えます。このアルバイトは期間限定で、友達同士の思い出作りも兼ねているんです」

「凄くよく分かったよ」

「ありがとうございます」

 案内係の女学生は微笑んでお礼を言ってくれた。

「そうなると、さっき言ってた、『二人居る』っていうのは直感っていうヤツからなの?」

「はい。私は本物の占い師を目指しているので、どうしても統計学だけで対応できなくなる場面の対応に直感力というものを鍛えています。平たく言えば、これは少ない情報から勘の精度を上げるものなんです」

「へ~……」

「その直感が二人居ると告げたんです」

「なるほど。ちなみに、なんだけど――」

「はい」

 俺は右手の人差し指を立てる。

「――君の話だと直感を使うにしても、何らかの情報を得ているよね? 何を根拠に直感が働いたか、教えてくれない?」

「何を根拠に……ですか」

 案内係の女学生は顎に右手を持っていくと、彼女の娘の仕草を思い返していた。

「歩き……方かな?」

「歩き方?」

「何処か不自然なんです。自分の体なのに、他人の癖のついた体を使っているようでぎこちなくて……。それで思わず勘に従って」

 俺は感嘆の息を吐く。

「多分、君は優秀な占い師になれるよ」

「どういうことですか?」

「あの子、少し事情があって、母親も一緒に同居しているらしいんだ。普段、俺は母親の方と話していて、娘が表に出てきたのは二年振りらしい。娘にしてみれば、母親が使っていた体を二年ぶりに動かすことになる」

 案内係の女学生は驚いた顔をしていた。

「俄かに信じがたい話ですね……」

「確かにね。俺も、ここ一週間と少しは半信半疑だったけど、娘がさっき表に出てきたのと、君の言葉で信じようって気になったよ」

「私の言葉で……ですか?」

「ああ。君の直感力っていうのは努力の賜物で、その力を使うのに少なからず情報が必要だって分かって、その情報の中に体の癖というものがあった。癖がつくまで体を使うには時間が掛かるだろうから、母親の言葉は本当なのだろう」

「そういうことですか」

 案内係の女学生は興味深そうに訊ねる。

「一体、あの女の子に何があったんですか?」

「さっきの子に母親が憑依して、剥がそうにも剥がれないそうだ。母親は自分の娘に所有権を返そうと奮闘中。俺は、そのお手伝いだよ」

「……そんな人、初めて見ました」

「俺もだよ。だから、君のお陰で信じられる材料が出来たのは、俺達にとって一歩前進なんだ」

 その時、出口付近が騒がしくなり、金髪の幼女が飛び出してきた。

 そして、そのまま俺に掴み掛かる勢いで話してきた。

「ちょっと、娘が出てきたの!」

 どうやら、また彼女に戻ってしまったらしい。

「知ってるよ」

「これって、どういうこと⁉」

「俺が知るわけないだろう……。そもそも、その原因かもしれない君が幽霊かを確かめるために霊媒師を探しているんだから」

「そういう事情だったんですか」

 隣では案内係の女学生が口に手を当てて驚きながら言葉を溢していた。

「その子は?」

「霊媒師じゃないけど、君の中に二人居るって当てた子だよ」

「いや、霊媒師じゃない⁉」

 俺は乾いた笑いを浮かべながら案内係の女学生に言う。

「悪いけど、さっきの話を、もう一度してくれないか?」

 案内係の女学生は苦笑いを浮かべていた。


 …


 その後、案内係の女学生の説明で、もう少し分かったことがあった。占い師というのは、お客の仕草や癖で心理状態を読み取ることも重要だということだ。統計学で悩みの原因が分かっても、それは悩みの分類分けのひとつでしかなく、占いに来た人の精神状態を読み取り、悩みの解決策を授ける際には別の分類を必要とするらしい。簡単に言えば、統計学で大分類、心理状態で小分類、そして、悩みの答えを授けるということになる。

 案内係の女学生のお陰で、彼女の中に二人居るという理由付けができ、俺としては一つの証明になり、それは収穫に違いない。しかし、結局のところ、霊媒師探しは進んでいない。

「どうしたものかな……」

「本当に……」

 この手当たり次第にそれっぽい人を訪ねるやり方は効率が悪過ぎる。何か別の案を考えなければならないだろう。

 ……と、新たな霊媒師探しの方法について思案していると、突然、彼女がポンと手を打って案内係の女学生に顔を向けた。

「占い師さん、貴女に頼みたいことがあるのだけど」

「何ですか?」

「貴女の直観力を使って、インターネットの中から本物と思われる霊媒師を見つけてくれないかしら?」

「おお!」

 なるほど、その手があったか。

 案内係の女学生は彼女に笑みを浮かべて答える。

「構いませんよ」

「やったわ!」

 彼女がガッツポーズをする。

「ですが、今日、直ぐに……というのは難しいです。それに調べた結果、その霊媒師が必ず本物という補償もありません」

「それこそ、構わないわ。私達には判断に使える材料すらないのだから」

 その意見には、俺も同意だ。労力は少しでも可能性のあることに使いたい。これ以上、似非霊媒師に会うのは御免だ。

 俺からも案内係の女学生に対して頭を下げる。

「失敗してもいいから、頼まれてくれないかな?」

 彼女と俺のお願いに案内係の女学生は暫く考え込んだあとに頷いた。

「分かりました。一週間以内に連絡を差し上げます。連絡は、どちらへ?」

 彼女はキョロキョロと辺りを見回し、アンケート用紙を置いてある台に向かうと、そこで俺のノートパソコンのメールアドレスをアンケート用紙に書き込んだ。

「これにお願い」

「分かりました」

 これでやっと何の根拠もない探索から解放される。

 俺と彼女は安堵の息を吐き出す。

「つきましては――」

「「ん?」」

「――調査料とういうことで、もう一回占いをしていってくださいね♪」

「…………」

 俺と彼女は顔を見合わす。

「しっかりしてるな」

「しっかりしてるわね」

 案内係の女学生は微笑んだ。

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