予定していた次の休みは彼女の住居移転の手続きや転校手続きなど、向こうの親戚で対応しきれないところの対応に追われ、結局、霊媒師を訪ねることは出来なかった。
結果、翌週の休みまで延期になり、俺と彼女は近場から霊媒師を探すことになった。
「胡散臭いわね……」
訪れたのは、大型デパートの中で開催されていた四階のフロアをまるごとイベントとして扱っている場所だ。カードや占星術など、色んな占いの催しである。
「そのせいか若い女の子だらけだ」
俺は『場違いなところへ来た』と項垂れ、入り口近くに置いてあった無料のパンフレットを一部取って、この占いのイベントにエントリーしている店を見る。
「私にも見せて」
子供ゆえの身長で俺の視線に合わせられない彼女のため、しゃがみ込んで彼女に視線を合わせる。
「霊っぽい、占いって何だ?」
「降霊術とかじゃない?」
「イタコみたいのか?」
「そんなの」
「でも、君は呼び出すまでもなく居るよな?」
彼女は小首を傾げて考える。
「う~ん……。この時に呼ぶのは私ではなく、私の夫の方かしら? こっちの世界よりあっちの世界の方が、情報があると思うし」
「……そういうもんなのか?」
あっちだのこっちだの言われても困る。
俺は彼女にもはっきりと見えるようにパンフレットを広げる。
「とりあえず、それっぽいのを洗い出してみるか……」
エントリーしている店のそれっぽいと思ったものを一番上から読み上げる。
「あなたの守護霊とカードを通して会話をし、運勢を占います」
「私自身が会話しているから聞くまでもないわね」
「宝石に宿る精霊の力を借りて占います」
「霊違いかしら?」
「水晶玉により霊界との交信を行い、あなたの未来を占います」
「霊界の誰と交信しているのかしらね?」
「さあ? でも、霊界と交信しているなら相手は幽霊になるんじゃないか? とりあえず、行ってみるか?」
彼女は頷く。
「行くだけ行ってみましょう」
俺はパンフレットをひっくり返して裏側の地図を確認する。そして、パンフレットに載っていた店を見つけると、彼女とその場所へと向かうことにした。
…
目的の霊界との交信で占う店は閑散としていて、一人の客も居なかった。俺たち同様に胡散臭いと判断した人間が誰も近寄らなかったのだろう。
まあ、霊媒師の当てがないからと、占いのイベントに足を向ける俺達のような薄っぺらい理由で偉そうなことを言えた義理ではないのだが……。
「やっぱり全く情報がないからって、占いのイベントに来たのは間違いだったかな?」
「占い師と霊媒師じゃ、似ているようで遠い気がするわね」
だからといって、霊媒師を見つけるために、折角、ここまで来たのだから素通りは出来ない。俺と彼女は最初の占いをするべく足を進める。小さなブースに掛かるカーテンを開いて中に入ると、薄暗いブースの中には若い占い師が水晶玉を前に鎮座していた。
占い師は俺達を見るなり、やや低い声で話し掛けてきた。
「あなた達が、ここに来るのは分かっていました」
それは凄いな。
「じゃあ、今日は何しに来たかも分かっているんですか?」
「それは、これから霊界に確認してみます」
何で来るのが分かっていて、何しに来たのかを確認しておかないのか? 占い師の段取りの悪さに、いきなりやる気が失せた。見料、一回五百円というのを支払うのも嫌になってきた。
だが、本物と贋物の判断材料を見極める情報収集にはなるかもしれない。この人の手口だけを学習させて貰うことにしよう。
「この子を見て貰えますか?」
彼女を占い師の前に座らせ、俺達は占い師の次の言葉を待つ。
「彼女の未来を知りたいのですね?」
まあ、パンフレットに未来を占うって書いてあったし、それしか出来ないんだろう。それ以外の無理難題を要求しても困るに違いないので、不毛な横槍は入れないでおくことにした。
「お願いします」
俺がそう言うと、占い師は水晶玉に手を翳してブツブツと何かよく分からないことを呟き始めた。時折、水晶玉の上で手を回すと、コクコクと頷き、やがて占い師は大きく息を吐いた。
「彼女の未来に陰りが見えます」
いや、未来じゃなくて、もう陰ってるんだけど……。
それを取り除きたいんだけど……。
「その陰りがどんどん濃くなり、彼女の未来は黒で埋め尽くされます」
黒ねぇ……。
「一体、何が原因なんですか?」
「霊界と交信してみます。少しお待ちください」
占い師は暫し沈黙すると、重々しく口を開く。
「……え……」
「え?」
「円高です」
「…………」
訳が分からん……。この人、わざわざ霊界と交信して、何の情報を掴んで来たんだ……。
俺はポンと彼女の左肩に手を乗せる。
「良かったな。黒は、お前のラッキーカラーじゃないか」
彼女も、それとなく付き合いきれないというのが分かったのだろう。俺の嘘に乗ってきた。
「そうだね、パパ。占って良かったわ」
占い師はポカーンとした後に慌て出す。
「あ、えっと……そうではなくてですね⁉ 解決策を――」
代金の五百円を置くと、俺と彼女はブースを出た。無言で歩き続け、曲がり角に入ると同時に二人して項垂れた。
「典型的な詐欺師だ……」
「あんな分かり易い嘘を言うのが、まだ居たのね……」
あれは、あまりに酷い。俺がでまかせ言ってしゃべる方がマシなぐらいに酷い。
「最初の不安を煽る常套句は、まだ許す。だけど……円高って、何だ? そんなもん、個人関係なしに全員に影響するだろう。国単位で」
「その意見には同意するわ……」
「次に行こう。次に」
「ええ」
俺はパンフレットを取り出してしゃがみ込むと地図を広げる。
「やっぱり、それなりに有名なところじゃないと、本物は居ないんじゃないか?」
「そうかもね」
「それに今のが最安値だとして、二十件も回ったら一万円いっちゃうぞ?」
「遠目に見て、客の反応を見定めてから突撃した方が良さそうね」
「ああ。閑古鳥が鳴いているのはダメだ」
その後、俺達はフロア内のブースを歩いて回るが、霊能力関係の占いはあまり見付からなかった。やっぱり、占いメインで開設されたイベントで霊媒師を探すというのは間違っているのかもしれない……。
…
霊媒師を探し歩いて二時間――。
霊能力を売りにする占いは何件かあったが、そのブースのどれもが閑散としていた。それでも何件か占って貰ったのだが、霊能力とは名ばかりの普通のタロット占いだったり、占って貰った結果が見当違いなものだったりと、霊に纏わる占い師のどれもが霊能力とは無関係だった。
歩き疲れ、フロアに備え付けてあったベンチに彼女と一緒に腰を下ろすと、お互い大きな溜息が漏れた。
「こんなところに居るわけがない……」
辺りを見渡せば、繁盛しているのは恋愛運や恋の成就を占うものばかりだった。
「君さ……。インターネットなんかで調べてなかった?」
「調べていたけど、どれも胡散臭いのよ……。それっぽいのにも行き当たるんだけど、見料だけで三万も取られるわよ? 払ってくれる?」
「詐欺だった時のリスクが高過ぎる」
「でしょう?」
再び大きな溜息が漏れる。何というか、霊媒師の偽者ばかりで、本物に見て貰う前の見つける段階で挫折しそうだ。開始一日目だが、『もう見付からないだろう』という、面倒くささが頭を支配し始めていた。
――彼女は、まだやるつもりなのだろうか?
彼女に目を向けると、いつもと違って落ち着きなくキョロキョロしている。そして、俺の視線に気付くと、にぱ~っと笑って見せた。
「……何の冗談だ?」
「わたしも、占いしたいなぁ」
「は?」
散々したじゃないか……偽者の。
「いいことがあるかを占って欲しい」
将来に? もう、死んだ――
「!」
そこで我に返る。この子、いつもの彼女ではないのでは?
「もしかして……娘の方?」
彼女だと思っていたその子は笑顔で頷き、目の前の可愛らしい占いの館を右手で指差した。
「やっていい?」
「…………」
ええ~っと……。
どうしよう?
知らぬ間に入れ替わってるけど、勝手に連れて行っていいんだろうか? 確認しようにも彼女の方が中に閉じ篭もっていて確認できない。
「俺が誰だか分かって言ってる?」
「ママの愛人でしょ?」
「……………」
あの女……! 教育ママかと思ってたが、娘になんて説明してやがる! 次に入れ替わったら、きっちりと言っておかなければ!
とはいえ、彼女の話だと二年間も娘の体を奪っていたとか言っていたから、これは彼女にとっても予想外のことなのかもしれない。
――いや待て、知らぬ間に除霊が完了して、彼女が離れていったとも考えられないか?
そうすると、今後、俺が子育てをしないといけなくなる。そんなのはゴメンだ。
「……だけど、このまま娘を無視し続けて、目の前で泣かれるのは、もっとゴメンだ」
俺はベンチから立ち上がると、彼女の娘に目を向ける。
「行くか……」
「うん」
彼女の娘は目の前の占いの館に駆けて行った。
「愛人のおじさん! 早く!」
「ああ、はいはい……」
幼い子に愛人と叫ばれ、若干周囲に軽蔑された目を向けられながら、俺は彼女の娘と目の前の占いの館に入って行った。