女神はただただ世界の安寧のため、平和のために努力を続けていた
かの女神の名はシエラハート
この世界では数百年に一度魔王が生まれ、世界を壊そうと動き出す
そのため必ず反存在である勇者が生まれるのだが、魔王が生まれ早200年
もはや地表の半分以上が魔王によって支配されてしまった
にもかかわらず勇者が生まれることはなかった
「なんで、なんでなのよ!」
勇者を世界に生み出すため、彼女はありとあらゆる手を尽くした
加護を与え、力ある赤ん坊を見守った
だが、英雄は生まれても、肝心の英雄を束ねる勇者が生まれない
「はぁ、なぜ生まれないの! 私こんなに頑張ってるのに!」
女神の心は正常な判断ができないところまで追い込まれていた
世界が滅べば、彼女を産んだ大神から、こっぴどく叱られる
「お尻ぺんぺんじゃすまないぃいい」
彼女はすでに数千個世界を滅ぼしていた
「この手は使いたくなかったけど、もうそれしかない。異世界転生! これで汚名返上よ!」
異世界転生は別に禁じられていないが、彼女が過去転生させた異世界人たちが、あまりにも自分とそりが合わなかったため、それ以降やってこなかったのだ
「あいつら苦手なのよね。何でも分かったような口ぶりであっさり転生に乗っちゃうし、無茶な要求してくるし、私のことエッチな目で見てくるし」
ブツブツ言いながら彼女はとある世界の輪廻の輪から、力ある魂を探す
「あら、こいつなかなかいいじゃない」
見つけた魂をすくい上げ、自分の前にそっと置いた
「純粋で正しい心を持った魂よ、あなたは残念ながらなくなってしまいました」
よそ行き用の声を作ってその魂に語り掛ける
「はぁ・・・」
何とも気の抜けた声で答える魂
「そこでです、あなたには第二の生を与えたいと思います」
「ああ、そうですか」
魂は本当に興味なさそうに答える
「ぐっ、い、良いですか? その代わりにあなたには世界を救ってもらいたいのです! 勇者として! どうですか? 勇者です! 貴方は見たところ、正しい行いを選択し続け、徳をかなり積んでいます。是非とも、私の世界を救っていただきたく・・・」
「お断りします。それでは」
魂はそう言うと、また元の世界の輪廻の輪に戻ろうとした
「ちょちょちょ、待ちなさいって! 勇者ですよ勇者! あなた達の住む世界では勇者ってすごく人気職なんでしょう?」
「あーまあ、そうですね。でも僕はなりたいとは思わない」
「な、なぜです?」
「僕はね、前の人生で自分の正しいと思ったことをやってきたつもりです。弱い人を助けて、常に誠実であった。だけど! その結果特にいいことはなかった! 浮いた話もなければいい仕事について幸福だったわけでもない! 正しい人は報われないんだ! 37歳で未だ童貞のフリーター・・・。もう、疲れたんですよ。女神様はいいですよね? そうやってふんぞり返ってこうやって転生者?を導くだけでいいんですから。さぞかし楽で楽しいゲームなんでしょうね」
「ゲーム? ゲームと言いましたか?」
「だってそうでしょう? 人間の魂を使った、ロールプレイングゲームですよこんなの!」
「そんなわけないでしょう! これどれだけ大変か分かってます!? 世界の秩序を保つのってそんな簡単じゃないんです! 24時間年中無休のハードワークなんですよ! それを、それをゲームだなんて!」
「はぁ、もういいですか? それじゃあ」
この一言が、女神を傷つけた
そして、この世界唯一神である女神シエラハートは堪忍袋の緒が切れ、今までのストレスが一気に吐き出された
「勇者には、なってくれないんですね?」
「だからなりませんってしつこいな。じゃ、縁があったらまた」
「フフ、アハハ・・・」
女神の笑い声を不信がりつつも、魂は輪廻の輪を目指して動いた
その背中辺りを女神にギュッと掴まれる
「ちょ、放してください!」
「だったらぁ・・・。だったら、お前が! お前がママになるんだよ!!」
女神は無理やり魂を引っ張って、自分の世界の、赤ん坊を宿した夫婦の元へと、それはそれは綺麗なフォームで投げ込んだ
この時点での赤ん坊には魂が宿っていないため、それはすんなりと受け入れられる
「はぁはぁ、はぁはぁ・・・。やっちゃった! ああああああああ!! ごめんなさいぃい!! つい怒りに任せて! ななな、どうしよう! そ、そうだ、えっと、いくつかの加護と、スキルを! こ、これでなんとか、許してね。勇者のママちゃん。てへっ」
「うわあああああああああああああああああああああああああ!!」
放り投げられ、光のような速さで落下し、絶叫する魂
その魂に女神から祝福の光が後からこれでもかと付いてきた
そしてその日、何の変哲もない村で光に包まれた赤ん坊が産声を上げる
「おめでとうイール。元気な女の子だったよ」
イールと呼ばれた童顔の女性に助産師が赤ん坊を抱かせる
「まぁなんてかわいいの」
そこに扉がドンと開いて男が駆け込んできた
「イール! 生まれたのか! 俺たちの赤ん坊が!」
「ええあなた。ほら、こんなに可愛い」
「おお、おお、女の子か。ありがとうイール、ありがとう。大事に、大切に、育てよう。俺たちの宝物、シャイナ」
この地方でのシャイナという言葉の意味
それはくしくも、唯一神であるシエラハートがつかさどるとされている権能、光と同じであった