数時間後。目覚まし時計のアラームで目を覚ました。仮眠程度の時間しか寝られなかったしまだめちゃくちゃ眠いけど、半目のままベッドから下りた。
今日から二学期だ。また家と学校を往復する何気ない日々が始まる。
「ふあぁ……。おはよー」
「おはよう、舞夏ちゃん」
「おはよう」
仕度をして、あくびをしながら一階に下りた。ちーちゃんとたけちゃんはいるけれど、やけに静かに感じた。物足りないような、寂しいような。でもこれが笹木家の日常だ。日常が帰って来ただけ。
「行って来ますー」
蝉の声はもう聞こえないけれど、全然暑い。もうすぐ八月が終わると言っても、温暖化のせいで猛暑が残暑を押し退けている。今年もまた、もう少し半袖の制服が続きそうだ。
「……いつもの町並みだ」
旧宿場町の町並みは、夏休み前に戻っている。だけど近所の人たちは、昨日までのことは全部夢だったみたいに普通に過ごしている。
「こんなに寂しい町だったっけ」
昨日までが異常で毎日がお祭り騒ぎのようなものだったから、そのギャップで余計に寂しさが際立っていた。
スマホを裏返せば、そこには思い出が残っている。透明なスマホケースに、最後にみんなで撮ったチェキを入れていた。
お祭が終わったあとはだいたい寂しいけれど、虚しさを覚えるくらい寂しさを感じたことはない。気候はまだ暑いのに、冬の足音が聞こえて来そうだ。
全国的にも始業式が同時に始まっていたから、平日の人通りは以前とほぼ変わらなかった。だけど週末になると、『なし勇』や『ライオン嬢』のファンが浦吉町を訪れた。でも決まって、残念そうなリアクションをする。
「あれー。全然普通じゃん」
「写真と全然違うね。ガセだったのかな」
「でもかなり話題になってたよ。ガチレイヤーさんのクオリティーがハンパなくて本物の勇者一行みたいだった、って」
「じゃあ、少し回ってみる?」
「観光案内所にもグッズあるんだよね。あとで行ってみよ」
作品とミックスした町並みを期待して初めて来た人たちは、似ても似つかない風景に相当ガッカリしている。リピーターも少しはいるけれど、すっかり変わってしまった風景に興醒めして、持って来たコスプレ衣装を着ないまま帰ってしまう。でも、中には町を気に入ってくれて、盆踊り祭で販売したグッズを持って推し活をしてくれている人もいる。
SNSを見ても、「またファンミやってほしい」「あのレイヤーさんたちとコミケで会えないかな」「また楽しいイベントやってくれるの待ってます」という投稿を、ファンはしてくれていた。
「楽しいイベントかぁー。何やったらいいんだろ」
考えようとしても、頭の中はからっぽだった。なんだか本当に、楽しかったお祭のあとのように腑抜けてしまった感じだった。
観光案内所のボランティアもいつも以上にやる気が湧かなくて、私はボーッとベンチに座る。ピンク色の法被も、着る時に心なしかくすんで見えた。
「舞夏ちゃん。何かイベント考えてるの?」
私の独り言が聞こえていたみたいで、望月さんと佐藤さんが何か期待を込めた感じで訊いて来た。
「ううん。頭からっぽ過ぎて、振っても何も音しない。そういえば。今日、中野さんは?」
「息子さんたちが旅行をプレゼントしてくれたみたいで、旦那さんと二人で温泉行ったわよ」
「羨ましいねー。わたし、旅行なんてえーかん(※)行ってないわ」
「うちも。実は、お盆休みに旅行計画してたんだけど、町おこしで忙しくなっちゃって延期したのよ」
「孫にも会いたいよなぁ。正月以来会ってないから、大きくなってるんだろうなぁ」
小西さんも輪に入って来て、三人はこの夏に我慢していた欲望を吐露し始めた。私も色々と愚痴は溢したけど、みんな自分の予定をキャンセルして町おこしに尽力してくれたんだよね……。
「平日なら観光客減ってきたし、行ってもいいと思うよ」
「いいの? 舞夏ちゃん」
「みんな町おこし頑張ったんだから、いいんじゃない?」
慰安旅行って訳じゃないけど、状況は落ち着いたし、そのくらいの休暇を取っても大丈夫だろう。私が勧めると、三人は顔を合わせた。
「じゃあ。言葉に甘えようかしら」
「まめったい(※)舞夏ちゃんがいてくれたら、安心だしね」
「まめったくないし。て言うか、私が常駐する前提になってない?」
「いてくれるんだら(※)?」
「私、現役高校生だから。平日は学校あるから」
小西さんたち全員で行く気だったんだろうか。危うく観光案内所の主にされるところだった。この夏は屋外活動が多かったから、みんな熱中症の後遺症でも残ってるのかな。
そんな、浦吉町らしい穏やかでゆったりした時間の中で、私たちは賑やかだった町おこしの余韻を少しずつ薄めていった。
けれど。私は
数日後。演劇部の朝練の手伝いに行くべく、私はいつもより早起きした。眠い目を擦りながら朝ごはんを食べて、ちーちゃんに見送られて駅へ向かった。
「ねむー……。でも、来月の文化祭までもうすぐだし、頑張んなきゃ」
まだちょっと頭をぼんやりさせて、駅舎前まで来たけど、私はそこでピタッと足を止めた。
「…………」
ありえない幻覚を見たからだ。
異様な姿の集団が、寝惚け眼に入った。めちゃくちゃ身体がデカい男の人や、獣耳としっぽを生やした少女に、ローブを身に纏ったり、宝石のような赤い大きな石が付いた杖を持っていたり、防具を着けて剣を携えている。
コミケに行けば、このくらいのコスプレはよく見る。だけどここはコスプレ会場じゃないし、そんなイベントを開催する予定はない。こんな朝っぱらからこんなところでコスプレする人なんかいない。
そう。いるはずがない。私はきっと白昼夢を見ているんだと目を擦った。
「あ! 舞夏ニャ!」
その時。獣耳の少女が手を振って、五人が私の方を向いた。その顔触れに、寝惚けていた頭が覚めていく。
……え?
えっ…………。
「えーーーーーっ!!!!????」
絶叫が早朝の新浦吉駅前にこだました。
『運なし勇者』のマリウス一行が、再び浦吉町に降臨していた。
私は自分の頬を思いっきりつねる。
幻覚じゃ……ない!?
「ちょっと何で! 何でみんなここにいるの!?」
「気付いたら、またここにいたんだ」
「あの夜、確かに帰ったよね!?」
「ああ。オレたちは確かに自分たちの世界に帰った」
「だけど、戻って来ちゃったニャ」
なぜか案外冷静なヴィルヘルムスとノーラ。エルフは人生長くて色々経験してるから、二度も同じことに遭遇しても動じないんだろう。けろりとしてるノーラはたぶん、大事に捉えてない。
「戻って来ちゃったって……。でも待って。町は変わってないよ? マリウスたちだけ転移して来たってこと?」
「あら。今回は
「おれたち、だけ……」
ヘルディナは困ったように見せかけて頬に手を添え、ティホは本当に戸惑っていた。
「舞夏。これを見てくれないか」
「これって……。私があげた根付け?」
マリウスが見せてきたのは、送別会のビンゴ大会で誰かの思惑で仲間はずれにされたかのようにビンゴにならなかったマリウスを哀れんで私があげた、景品のキティちゃんの根付けだ。
「よく見てくれ。これ、キティじゃないんだ。しかも、アパタイトらしき石が付いている」
「えっ?」
よく見ると、ご当地キティだと思っていた根付けはキティもどきのネコのマスコットだ。その頭のリボンに、南国の海のような色をした小さなアパタイトが付いていた。
「ヘルディナが発見してくれたんだ」
「こちらに滞在中、フーヴェルの方の土産屋でこれと同じものを見掛けましたわ。浦吉の町の方と共同で制作したと伺いました」
「まさか。それが景品の中に混ざってたってこと?」
紛れ込ませたの誰!? て言うか、こんなコラボ土産いつ作ってたの!?
それは置いておくとして。恐らく、またアパタイトの魔力で転移が起きたということだ。マリウスが持ち帰ったニセキティちゃんの根付けと、浦吉町にあるアパタイトの魔力が、引き付け合ったのだ。
「という訳で。俺たちはまた転移して来てしまったんだが……。どうすればいいだろう?」
「どうすればいいだろう? って。私に聞かないでよ、マリウス」
「ちなみに。帰り方はわからない」
「自信ありげに言わないで、ヴィリー」
「ノーラ、お腹が空いてきたニャー」
「隣町まで我慢していたところですからね」
マリウスたちも私も困り果てた。交番に預けてもいいんだろうけど、また警察官を困らせるだけだろうし……。
私は深ーい溜め息をついた。
「とりあえず、うち来る?」
「いいのか?」
「いいも何も。他に行く宛ないでしょ」
「やったー! 舞夏ん
「すまない。また世話になる」
でも。ただで泊まらせる訳にはいかないと、私はひらめいた。
「だけど。一つだけ条件を出していい?」
「条件?」
「いつまでいるかわからないけど、またいろいろ手伝ってくれる?」
「ああ。もちろんだ」
何をと言わなくても、マリウスたちは頷いてくれた。
一体何の運命なのか、二次元の神様の気まぐれなイタズラなのか、『運なし勇者』のマリウス一行は再び浦吉町に転移して来てしまった。また世話をしなきゃならないと思うと億劫になるけど、久し振りに町に賑やかさが戻って来そうだ。
もうしばらく、マリウスたちにおんぶにだっこさせてもらおっと(人´ з`*)♪