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第12話 ありがとう、二次元さん



 時刻は間もなく、午前〇時になる。観測史上最大規模で、今後見られないかもしれないオーロラが現れると予告された日が、もう目前だ。

 マリウスたちはフル装備に着替え終えて、リビングで待機していた。あれだけお酒も飲んだはずなのに、もう酔が覚めている。

 私が部屋から出て来てマリウスたちと一緒に座った時、時計の長針と短針がぴったりてっぺんを指していた。

 八月二八日になった。

 誰もしゃべっていなくて、家の中はとても静かだった。ちーちゃんとたけちゃんは、今晩もいつも通りにダイニングテーブルで日本酒を飲んでいる。

 緊張しているのか、マリウスたちも全然しゃべらない。この湿っぽい空気の居心地が悪い。だから私は、わざと事も無げにしゃべり始めた。


「夏休みも終わりかぁ。やだなぁ。観光客も減るだろうし。いつもの浦吉に戻るのかなぁ」

「マリウスくんが、ファンの子たちに来てほしいって言ってくれたんでしょ。きっとみんな、また来てくれるわよ」


 私の言葉を拾ったちーちゃんが返してくれた。


「本当に来てくれるかなぁ。浦吉が『なし勇』とミックスされてマリウスたちとも会えるから、みんな来てくれてたんだよ? 今まで通りの地味な町に戻ったら、興味なくして来てくれなくなる気がする」

「なんだよ舞夏。これで全部やりきったと思ってるのか?」


 ようやくマリウスがしゃべった。


「ここからが勝負じゃないか」


 マリウスはまるで、今日も明日もここにいるような口振りで言った。なんだか、今度の日曜日のファンミーティングにも出てくれそうな気さえしてしまった。

 それはない、と私は自分の中で一瞬生まれた小さな期待を消し去って、また事も無げに話を続けた。


「そうだね。でも、どうやって観光客数を減らさずに町のアピールをしていけばいいのかな。しばらくは『なし勇』に乗っからせてもらうとしても、いつまで続けられるのかな」

「観光客を呼ぶのって難しいな。東京みたいな大都市でもなければ、京都のような古き良き町並みがいたる所にある訳じゃない。でも、東海道の旧宿場町はこの町の魅力だと思うし、その魅力を知っている人もいる。まずはその人たちや、今回をきっかけに浦吉を知ってくれた人々に、もっと魅力をアピールできることを考えなきゃな」


 もっともらしいことを言うマリウス。本当に、まだいてくれるのかと勘違いしてしまいそうだ。もういっそのこと、浦吉町の観光大使になってくれないかな。二次元と現実世界を自由に行き来できれば、本来の目的の魔族討伐も浦吉町の観光アピールもできるよね。……なんて。


「そうだよね。それを考えつつ、もう少しマリウスたちの恩恵を受けさせてもらうよ。とりあえず、グッズ販売は引き続きやるとして、新商品考えようかな」

「作者に認められてるから、好きにやってもいいんじゃないかニャ」


 もう他人事だからとノーラが無責任に言った。確かに認められたけど、その認められた風景が消えるんだよ。だから困ってるんだよ。


「どこまで『なし勇』に頼れるかな……。ひとまず、アニメが春から始まってて九月までやるでしょ。続編の第二期やるなら、きっと来年だよね。やるとしたら春か夏かなぁ。そこから更に劇場版となれば、決定から公開まで一年くらいかな? 発表の時点で制作が始まってれば、もう少し早くなるか。となると、たぶん半年はもつよね。それから、アニメの円盤DVDに続いて劇場版の円盤の発売。原作小説も続刊が出て、その分コミカライズも続くなら……あと三年はいけるかな」

「よくわからないが、そう言われると、俺たちの人気のピークが三年後に終わると宣言されてるようだな」


 私の適当な試算を聞いたヴィルヘルムスは、少し不愉快そうにする。でもまぁ、現実世界での人気が物語に影響する訳じゃないからね。とは言っても、『なし勇』は私の好きな作品でもあるし、人気の寿命はできるだけ長い方が望ましい。


「人気は必ずしも永遠じゃないんだよ。だからみんな。おんぶにだっこ続けたいから、もっと人気が出るように頑張って!」

「それを頼むなら、作者の人じゃないかい?」


 ほのかに顔を赤くしたたけちゃんに冷静に突っ込まれた。確かに、作者の先生次第で作品の勢いは変わるし、それによってどれだけ物語が続くかも変わってきて、そしてそれは、私たちファン次第なところもある。ファンが応援しなきゃ物語は───マリウスたちの旅は続かない。


「とりあえず私は、まだ『なし勇』ファンやめるつもりはないから、原作小説もコミックも円盤も買って応援するよ。推しに貢ぐことが私たちアニオタの使命だからね」

「それは嬉しいが、貢ぎ過ぎて自分の首締めるなよ?」

「大丈夫。私はDQNになっても推すから!」

「それは嬉しくないからやめてくれ」


 そんな話をしながら時間を過ごした。

 そして二時間後。午前二時を過ぎたころ、外に出ていたたけちゃんが、オーロラが現れ始めたと教えてくれた。

 私とマリウスたちは外に出た。処暑の深夜は風もなく、温くなったペットボトルを頬に当てているような心地よさだった。どこからかコオロギの鳴き声も聞こえてきて、長くて短かった夏が過ぎ去ろうとしていた。

 そんな夜の濃紺の空を見上げれば、以前のように北から薄っすらと緑色の光の帯が伸びていた。無風なのに、不思議とゆらりゆらりと靡いている。

 周りの家も、多くの明かりがまだ灯っていた。もう二度とこの地域で見られない現象を見納めしようと人々は表に出て、空を見上げたりスマホを構えたりしていた。

 時間が経つにつれてオーロラは成長していき、三層にも四層にもなって広闊の空を分断するように大きくなる。この前に見た時は緑色が強かった印象だけれど、今回のオーロラはその時とは表情が違って、鮮やかな赤色がとても印象的だ。その大きさもあの時の二倍くらいだで、観測史上最大規模とは言っていたけれど、オーロラの本場のカナダや北欧に引けを取らない大きさだった。


「すごい……」


 その迫力に、無意識に等しい感覚で口から出た。迫力に圧倒されて、私の語彙力が破壊された。それだけ現実とは思えない現象が、浦吉町の処暑の夜空に起きていた。


「……夢みたい」


 現実と夢の狭間にいるような感覚で私は呟いた。


「浦吉が『なし勇』の町とミックスして、マリウスたちまで現れて、それだけじゃなくてリアーヌたちも現れて、観光客がいっぱい来てくれて。全部が夢みたい」

「舞夏……」

「朝になったら、夢から覚めちゃうんだね」


 全ては、このオーロラが連れて来てくれた奇跡だったんじゃないか。そんなファンタジックなことを考えた。

 すると、マリウスが言った。


「夢なんかじゃない。夢のような時間が生まれた日々は、現実だった」

「マリウス……」

「そうだろ」


 マリウスは微笑んだ。同じ場所で過ごして、楽しさも喜びも、1ミリのズレもない同じ記憶を心に刻んだんだ。そう言うように。


「……うん。めちゃくちゃヘビーな日々は、確かに現実だったね」


 私は微笑み返した。そう。夢なんかじゃなかった。あったことは全部、私の───浦吉町のみんなの記憶にしっかりと刻まれているんだから。

 その時。マリウスが持っているアパタイトの原石が強く光り出した。


「これは……」

「何だあれは!」


 ほぼ同時に、上空を見上げていたヴィルヘルムスが驚愕の声を上げた。


「……なに。あれ……」


 オーロラとは別のものが、空を割いて現れていた。一瞬ではそれが何なのか判別できなかったけれど、観察しているとだんだんとわかってきた。

 それは、逆さまになったフーヴェルの町だった。まるで浦吉町と合わせ鏡になるように、逆さまのフーヴェルの町が空に現れていた。


「これは一体……」


 オーロラ以上に私たちは驚倒し、揃って言葉を失った。

 さらに、そのすぐあとだった。


「みんな、うしろ……!」


 ふとマリウスたちの方を見ると、彼らの背後にも別の風景が空間を割いて現れていた。暗く岩がゴツゴツとした、洞窟のような場所だった。

 その直後、マリウスたちの身体が月光のように光り始めた。それを見た私の表情で、六人も自分の身体の変化に気付いて驚いた。

 周囲を見回せば、フーヴェルから来た建物も同じように光っていて、小さな光の玉がぽつりぽつりと現れては空に上っていた。


「これでお別れだな」


 実感するようにマリウスが言う。

 せっかく前向きになれそうだったのに、本心は正直だ。だけど笑顔で見送らなきゃって、出しゃばろうとする本心を私はぎゅっと押し込めた。


「なんか、あっという間だったね」


 こんな時に悲しむのは私らしくないし、マリウスたちが切なそうにしてないから、私も明るくしていた。


「最初はどうなってしまうのか心配だったが」

「結構色々と楽しかったニャ」

「うん。楽しかった」

「迷惑をかけてしまったのに、あなたはお人好しですわ」

「ワシの友達の一人にしてやってもよいぞ!」


 無邪気なちびヴァウテルのおかげで心が和む。お礼に頭を撫でてあげた。


「本当にありがとう、舞夏。俺たちはファンがいるから存在しているということを教えてくれたことに、感謝する。俺たちは応援してくれるファンのために、そして俺たちの世界の人々のために、これからも旅を続ける。この最高の仲間と一緒に。だから、最後まで見届けていてくれ」

「もちろん。これからも応援してるよ」


 マリウスたちの身体からも光の玉が絶え間なく生まれ、うしろの空間に吸い込まれていく。実体だった姿が、次第に透けていく。

 走馬灯のように、私の脳内で記憶が走る。

 フーヴェルの町と住人が転移して来た翌日、交番で保護されている勇者一行を発見した時は、現実逃避をするよりもあり得ないことが立て続けに起こり過ぎて逆に笑ってしまった。マリウスたちが町おこしを手伝いたいと言ってくれた時は、ちょっと驚いたけど嬉しかった。おかげでファンミーティングは大成功して、盆踊り祭のファンサービスも喜ばれた。予想外の展開もあったりして大変だったけれど、マリウスたちと過ごしたこの夏は、町もみんなも生き生きとした日々だった。こんなに充足感のある夏休みは、初めてだった。

 マリウスも、ヴィルヘルムスも、ノーラも、ヘルディナも、ティホも、浦吉町の一員だった。ここにいる全員で町おこしを成し遂げて、私たちでもできることがあるんだと教えてもらった。町を愛するエネルギーがあれば、なんだってできるんだってことを。


「それじゃあ、またな!」

「みんな! 最高の夏休みをありがとう!」


 最後はお互いに笑顔だった。私は手を振って、溶けていくように消えていくマリウスたちを満面の笑みで見送った。

 飛んでいた無数の光の玉も空の空間に全て吸い込まれると、オーロラと一緒に静かに消えていった。

 空は、何でもない普通の夜空に戻った。周囲を見回すと、フーヴェルの建物に変わっていた民家は全部元通りになっていた。

 これで浦吉町は、今日からまた地味な町に戻った。いつもの日々が帰って来た。


 めちゃくちゃ賑やかでバタバタだった夏休みが、終わった。




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