「それでは! 『勇者一行&リアーヌちゃんたち、ありがとうの会』始めますー!」
「「「「「カンパーイ!」」」」」
各イベント会場の撤収をそこそこに、みんなは本地区会館に集まってマリウスたちの送別会が始まった。
今日急遽ボランティアをしてくれたご近所さんたちを始め、イベントの手伝いをしてくれたピートさんを始めとしたフーヴェルの人たちなど、何十人という数の人が、広くない会館にぎゅうぎゅうになるくらい集まってくれた。始める前から缶ビールを開けていたおじさんたちはお酒目当てのだけな気もするけど、まぁいっか。
「合同で送別会をやってくれるなんて思っていなかったわ」
「リアーヌちゃんたちも町おこしの立派な立役者だからね。さぁ、飲んで飲んで!」
小西さんは、山田酒店提供の赤ワインを勧めた。既に飲んでいた小西さんはほのかに顔が赤い。リアーヌへの絡み方も若干ウザさが出ているけれど、リアーヌはウザ絡みされることをそこまで気にしなかった。その代わり、セルジュの目が怖いけど。
「みんな飲んでる? 食べてる? 桜えびのかき揚げ食べた?」
「緑茶割りもあるよ〜」
ボランティアの柴田さんや佐藤さんが、自宅で作ってきたおつまみをお皿ごと持って回ったり、飲み物が足りているか聞いて回る。こういう時って必ず、男性陣よりも女性陣の方が率先して動くよね。男性陣はお酒飲んで上機嫌に大笑いするだけだ。
「今日はかっこよかったなマリウスくん!」
「でも、やっぱりちょっと不甲斐なかったなぁ」
「あそこはもう少し踏ん張って、ぐあーっ! といった方がよかったんじゃないか?」
「いやいや、みなさん素人ですねぇ。あの時はあれが正解なんです!」
マリウスはおじさんたちに囲まれながら、ミードを飲んで談笑している。どうやら、リアーヌとの対決の話をしているみたいだ。負けたのに得意げに戦闘でのポイントを教えてるけど、戦闘力ゼロのおじさんたちには無駄なアドバイスだ。
ヴィルヘルムスたちも、町の人やフーヴェルの人と楽しげに話している。最初は不安ばかりだったフーヴェルの人たちも、ここまで馴染んでくれて本当に安心した。勇者一行が精神安定剤になってくれたおかげだ。
「あれ。洸太朗は……。あ。いた」
読書感想文を書き上げてギリギリで夏休みの宿題を終わらせた洸太朗も一応連れて来たんだけど、案の定、隅っこで一人でニンテンドースイッチをやっている。こんな時くらい混ざればいいのに……。ま。引き籠もりなのにいろいろと手伝ってくれたし、そこは褒めてあげないとね。
「よぉ〜! 盛り上がってるか皆の衆〜!」
「マリウス! マリウスいるか! こっち来ておじさんたちと一緒に飲もう!」
送別会が始まってしばらくすると、開けっ放しの会館の出入口から突然、浦吉町とフーヴェルの酔っ払いおじさん連合が大声でマリウスを呼んだ。缶ビール片手に、ニホンザルばりに顔が赤い。肩まで組んじゃって、だいぶ酔っている様子。
実はこの送別会は会館だけじゃなくて、周辺のフーヴェルの飲食店でも行われている。だからもう、『なし勇』エリアのほぼ全体で両住民の老若男女(高校生以下は酔っ払いの悪影響が心配だから参加不可)が入り混じって、大大大宴会をやっているようなものだ。おじさんたちもお店で飲んでいて、酔った勢いで突入して来たのだ。
手招きして呼ばれたマリウスは、ふらぁ〜っと立ち上がって行った。もう結構飲まされてるっぽい。
「マリウス。数時間後には帰るんだから、飲み過ぎないでよ?」
「わかってる〜。ちょっと挨拶回りに行って来るだけだから〜」
一応注意したけど、酔っ払いの上機嫌な返事。マリウスは、そのままおじさんたちに拉致されて行ってしまった。
挨拶回りってつまり、あちこちで飲み歩いて来るってことだよね。大丈夫かな。マリウスは飲んでハメを外すと、いつもろくなことにならないからなぁ……。
「たんこぶや
「舞夏」
マリウスの心配をそこそこに呼ばれて振り返ると、リアーヌとセルジュが立っていた。
「私たち、そろそろ行くわ」
外も外で、飲食店から溢れる賑やかな声があちこちから聞こえていた。八月末の夜は暑さも引いてきていて、秋が少しずつ近付いて来ていることを教えていた。
「舞夏にはいろいろとお世話になったわ。本当にありがとう」
「そんなこと。私も、リアーヌたちに会えて楽しかったよ。マリウスたちへの挨拶は?」
「さっきしておいたわ。マリウスには、対決で言い過ぎたことを謝っておいたわ。セルジュに言われて」
「セルジュに?」
意外だなと思ってセルジュを見た。リアーヌと親しくするマリウスのことは、敵視していたはずなのに。
「ルールが大まかだったとは言え、リアーヌのしたことは騎士道に反する。剣で戦うのなら、正々堂々と剣で勝敗を着けるべきだった。なのにこいつは……」
「て、説教されたのよ。エンターテイメントなんだからいいじゃない」
「観客が喜べばいいという訳じゃない。お前はその口もどうにかした方がいい。だから一つ教えておいてやる」
「何よ?」
「長年の童貞は、ただでさえ男として不名誉なことだ。そこは考えてやれ」
セルジュ、マリウスに同情したんだ……。
「なんか、ありがと。セルジュ」
「なんでオレに」
「気にしないで。なんとなく言いたくなっただけだから」
マリウスには、セルジュが同情してくれてたことは黙っておこう。またダンゴムシになるかもしれないから。
「それじゃあ。みんなが待っているから行くわね」
最後にリアーヌは、私を抱き締めてくれた。甘いフローラルの香りがふわりとして、私の顔にかかった金髪が柔らかかった。私からも抱き締めると、ドレスの中は女の子らしい細い身体で、体温が伝わってきた。
本当にここにいたんだ……と、再認識した。
「元気でね」
「舞夏も元気で」
「セルジュといつまでも仲良くね」
「何よそれ」
私が言った言葉の意味がわからないリアーヌは、不思議そうな顔をしながら笑った。
「じゃあね」
リアーヌとセルジュは、馬車に乗って帰って行った。私は馬車が見えなくなるまで笑顔で手を振って、二人を見送った。
正直、少し寂しい。でもその感情よりも、感謝の気持ちの方が勝っていた。
もう既に『なし勇』とのミックスだけでお腹いっぱいだったのに、『ライオン嬢』まで転移して来た時は勘弁してって思った。だけど、フーヴェルが転移して来た時と同じように近所の人たちの協力もあったり、リアーヌが率先してみんなと交流を深めてくれた。
馬車に乗ってロケ現場に現れた時は、倒れそうになったなぁ。まぁ、それがきっかけで『ライオン嬢』エリアに観光客が来るようになって、今日もたくさん来てくれた。リアーヌのサービス精神のおかげで普段体験できないことができたお客さんたちは、とても喜んでくれて幸せそうだった。
「ありがとう。リアーヌ」
みんなを楽しませてくれて、本当にありがとう。
送別会も後半になって、お楽しみのビンゴ大会が始まった。景品は、特産品のかつお節やお茶の詰め合わせや、やきとりの缶詰一箱、うなぎパイV.S.O.P、こっこアソートセットなど。豪華な商品はないけど、みんなやる気満々だ。
始まって五分後には一人目がビンゴになって、だんだんと番号を揃える人が出てきた。勇者一行も負けずに上がっていく。
「25番!」
「ビンゴだニャ!」
「64番!」
「揃いましたわ」
「33番!」
「オレもビンゴだ」
「5番!」
「……ビンゴ」
「17番!」
「やった! 私も揃った!」
景品がなくなりかけの頃になって、私も景品をゲットした。だけど、私たちの中でマリウスだけはなぜかビンゴする様子がなくて、疎外感で焦ってる。
「なぜだ! 今のところ、真ん中のFREEを除いて三ヶ所しか空いてないんだが!?」
「マリウス、番号聞き逃してるんじゃない?」
「いや。ちゃんと聞き漏らしのないように聞いていたぞ」
「大丈夫ニャ! 勝負はまだまだこれからニャ!」
そのあとも番号が呼ばれるけど、マリウスのビンゴカードの穴は開かず。
「19番!」
「くそっ。よし、次だ!」
「景品がなくなったので、これでビンゴ大会終了ですー」
無念のマリウスはがっくりと脱力して床に伏せた。自分の送別会なのに何も景品をもらえないなんて……。
「なぜだ。なぜ俺だけ……」
「こういう時も運に見放されてるんだね、マリウス」
「なんだその目は! やめてくれ! 惨めになる!」
マリウスは半泣きして自分の運のなさを呪った。
そんなリーダーに、ヴィルヘルムスは寄り添った。一番最初にマリウスの仲間になって、四人の中で一番苦楽を共にして来た彼は励ます。
「マリウス。たかがゲームだ。こんなことに運を使うことはない。どんなに運に見放されていようが、お前は魔王を倒せる運さえあればいいんだ。なんたってお前は、この世に一人しかいない選ばれた勇者なんだ。それだけで十分じゃないか」
魔王を倒せる運……。まぁ、間違ってはない気はするけど……。
すると、頼れる仲間の言葉が心に届いたマリウスの目に、希望の光が戻ってくる。
「そうだな……。俺は勇者なんだ。運がない、運に見放されていると言われるが、勇者に必要なのは魔王を倒す力! ビンゴ大会で全然数字が揃わなくて景品がもらえなくても、俺は魔王を倒せればいいんだ!」
拳を突き上げて仁王立ちになるマリウス。復活してくれてよかったよかった。
「……マリウス。これあげる」
復活したけれど、自身の送別会で景品をもらえなかったマリウスが不憫でならなかった私は、もらった雑貨セットの中から、羽衣の天女のご当地キティの根付けを差し出した。もっと男性っぽいものがあったらよかったんだけど、ご当地キティのセットだったからどれでも同じかなと思って適当に選んだ。
「えっ……。いいのか?」
「いいよ。仲間内で一人だけもらってないの、なんか可哀想だし」
「ありがとう」
ついさっき景品がもらえなくてもいいって言ったばかりなのに、もらえたらもらえたでマリウスは嬉しそうだった。やっぱりこういう時は、平等な幸福感があった方がいい。
「では。ビンゴ大会も終わったので、ここでいったん締めようと思います」
全員参加のゲームが終わって、壮行会を進行していた小西さんが区切りを付けようとした。その時。
「その前に、いいですか」
マリウスが何かあるらしく、全員が注目できる奥の壁際へと進んで行く。ヴィルヘルムスたちも付いて行って、私たちの方に向かって五人は横に並んだ。
「俺たちから、一言言わせて下さい」
みんなはマリウスたちに視線を向け、持っていた飲み物をテーブルに置いて耳を傾けた。
「この度は、突然現れた俺たちを快く受け入れてくれて、ありがとうございました。俺は慣れた環境だったし、仲間たちもすぐに馴染めましたが、フーヴェルの人々は慣れるまでに大変だったと思います」
「彼らの不安を取り除く努力をしてくれたと聞き及んでいましたが、みなさんも突然の環境の変化に戸惑っていたにも関わらず対処して頂き、感謝します」
「みんなの優しさのおかげで、ノーラたちもフーヴェルの人たちも楽しく過ごすことができたニャ。今まで旅をしてきた中でも、忘れられない日々になったニャ」
「それに、ファンの方々との交流ができたり、この国の伝統行事にも触れることができて、幸せな時間を送ることができました。それは、みなさまの人柄あってこそだと感じております」
「優しさが身に沁みて、ずっといたくなった」
「家を消してしまったり学校をなくしてしまったりご迷惑をおかけしたのに、最後までよくして下さり、本当にありがとうございました。本当はもっとお返しをしたいんですが……」
すると、五人の言葉を聞いた浦吉町の人たちは。
「なに言ってんだマリウス。もう十分お返ししてもらったよ!」
「そうよ。あなたたちが楽しかった分、おばさんたちも楽しかったわ」
「そうだら(※)。町が久し振りに賑やかになったのは、マリウスくんたちのおかげだよ」
「浦吉に来てくれてありがとな!」
「ありがとう!」
マリウスたちに次々と感謝の言葉が送られて、その功績を讃える拍手が狭い会館いっぱいに響き渡った。
ここには誰一人として、マリウスたちを責める人はいない。最初はどう思っていたかわからないけれど、町の人たちも、フーヴェルの人たちも、マリウスたちも、突然変化した環境に対応するのに必死でやってきて、いつの間にか肩を並べてご飯を食べたりお酒を飲み交わすようになっていた。
でも、何より共生の関係を作れたのは、浦吉町の人たちの受け入れてしまう心の広さと、困っている人を助けたいという日本人の気質なんだと思う。あり得ない出来事だったけれど、私たちもフーヴェルの人たちもマリウスたちも、幸運だった。転移して来てくれなければ、こんな奇跡に一生出会えなかったんだから。
「みなさん……本当にありがとうございました!」
マリウスたちだって、こんな胸いっぱいで満ち足りた表情をしていなかったはずだ。
そのあと集合写真を撮って、送別会は締められた。私は帰ったけれど、マリウスたちはみんなとまた談笑を始めた。
ただの飲み会となった送別会は、夜十時過ぎまで続けられた。