浦吉町のみんなと打ち解けてきたフーヴェルの人たちは町の人と一つ屋根の下に住む気になり、続々と会館を卒業して本格的な共同生活をスタートさせ始め、先週末まで見向きもされていなかった町が一躍アニオタ注目の観光スポット───つまり聖地の認識が広がり始めた。
そして、町おこし成功の期待が日々膨らみ続ける今日、「お試しそのまんま勇者一行」が実行される。実行するのは午後。『なし勇者』ファン観光客も増えてくる時間だ。
私はちょっとドキドキしていた。騒ぎにはならないって半分信じているけれど、半分はマリウスたちが揉みくちゃになることを心配した。だから昨夜は、勇者一行がファンに囲まれた時の避難先とかを考えていて、おかげで少し寝不足だ。
私の目の下の隈に気付かない五人は、それぞれ防具やローブを身に纏っていつもの姿でスタンバイを完了した。
「さあ。行くか!」
マリウスの合図で一行は笹木家の玄関を出て、通りに一歩踏み出した。
道を歩いていた数十人の観光客は、突然現れたファンタジックな出で立ちの一行に一瞬で釘付けになった。あっという間に注目されて、もろ普段着の付き添いの私が逆に恥ずかしく思えてくる。
「えっ。ちょっと待って。あれってさ……」
するとさっそく、二十代の男性二人組がこっちを指差して気付き始めた。
「なあ、あれ。『なし勇』の勇者一行じゃないか?」
「本当だ。スゲー!」
「ねえ、ヤバい! 『なし勇』の勇者一行だよ、あれ!」
「えっ。凄くない? 本当に勇者一行みたい!」
まずは少し離れたところから、こっそりスマホで写真や動画を撮るファンたち。すぐに反応があるとは思っていたけど、マリウスの言った通り、そのリアクションは五人をガチコスプレイヤーだと思い込んでいる証拠だった。
「あの。すみません。写真撮ってもいいですか?」
周囲がある程度の距離を保ちながら一行を観察する中、女子二人組が勇気を振り絞って駆け寄って来て礼儀正しく写真撮影を求めてきた。マリウスたちは快諾してくれたので、彼女たちからカメラを借りて私が集合写真を撮ってあげた。
「ありがとうございます! マジ凄いね! 本物みたい!」
「気合いがハンパないよね!」
あんなに至近距離まで近付いたのに、去って行った女子二人組は最後までガチコスプレイヤーだと信じていた。
「凄い。本当にバレてない」
それを皮切りに写真撮影を求めるファンが集まり始めて、急遽、
私は撮影係をしたけど、中にはスマホで自撮りで一行と写る人や、一眼レフカメラでノーラとヘルディナだけを撮りまくるファンがいたりして、本当にイベントのコスプレ撮影会の様相を呈していた。
「どうしたのこれ。何ごと!?」
「中野さん」
この騒ぎを聞きつけて、観光案内所からボランティアの中野さんが様子を見に来た。
「舞夏ちゃん。これ何が起きてるの?」
「マリウスたちが普段の格好で外に出たら、あっという間に撮影会になっちゃって」
「一瞬でこんなに集まっちゃったの? すごい人気なんだね『なし勇』って」
「まぁ、こんだけガチコスプレっぽいリアルなら、見向きしない方がおかしい気もするけど」
すると、マリウスたちと写真を撮るファンの様子を見ていた中野さんが、この前のようにマンガみたいにポンッと手を打った。
「そうだ。これよ舞夏ちゃん!」
「これって、なに」
「これをイベントにするんだよ!」
「イベントって……。撮影会を集客に繋げるってこと? 確かに、予告もなしに一分足らずでこんなに人が集まるなら、きっと予告したらもっと集まるよね」
さっきまで二十人くらいしか並んでいなかったのに、気が付けば列が少し伸びている。私は中野さんに負けじと、マンガみたいに顎に手を置いた。
「なるほど。ファンミーティングか」
「そうそれ! ファンミーティング! ね。いいと思わない?」
「まぁ。確かにやる価値はありそうだね」
「思い立ったが吉日! さっそく小西さんに相談してくるわ!」
「ちょっと中野さん! まずはマリウスたちに話した方が……」
止める暇もなく、中野さんは七十代とは思えないスピードで走って行ってしまった。
「ま、いっか。みんな町おこしに協力的だから、やるって言うだろうし」
即席撮影会が終わったあとにファンミーティングの話をすると案の定、マリウスたちもやってみたいと言ってくれた。そのまま話はトントン拍子で進み、その日のうちに詳細はまとまった。
イベント名は題して、
「『なし勇』キャラとファンミーティング!」
……て。そのまんまじゃん。
やるのは毎週日曜日で、午前と午後の一日二回。参加は一人五百円で有料にして、収益は文化財の保存費用に充てたり、『なし勇』勝手にコラボグッズの生産のために使うことが決まった。
その翌日にはマリウスたちの集合写真を撮って、ファンミーティングの告知と一緒に観光協会のSNSに投稿した。
「『なし勇』キャラとファンミ?」
「あのフーヴェルの町並みと激似って噂の町か。コスプレイヤーでも呼ぶのか?」
「『なし勇』ファンのみなさん! 私、一昨日この浦吉町ってところに行って来たんですけど、コスプレイヤーさんの気合いがハンパなかったですよ!」
「えっ!?(✽ ゚д゚ ✽) これ行った方がいいやつでは!?」
「なんだこのクオリティー!!Σ(゜ロ゜ノ)ノ」
急な告知になったけれど、結構拡散してくれたりしてファンの反応はよかった。即席撮影会のことを写真付きでSNSに投稿してくれて、「『なし勇』のガチコスプレイヤーがいるらしい」という話が広まったおかげだ。
「どのくらいイベントに来てくれるだろうね」
「千人くらい来るでしょ!」
「そんなに来ないんじゃない? せいぜい五〇人くらいだら〜」
と、ボランティアのみんなも期待したりそんなにしてなかったりだけど、ファンミーティングをやることは楽しみにしてくれているみたいだった。
実は浦吉には何年か前までは公立高校があったけれど、近隣の町の高校と合併してなくなってしまった。さらには有名なやきとりの缶詰工場も、製造ラインを全部隣町の工場に移設するとかで閉鎖された。今は更地になって、名残惜しげに社名が書かれた工場の外壁だけが残っている状態だ。だからこの数年で、浦吉町に来ていた人はかなり減ってしまっていた。一応、よそから働きに来ている人もいるし、隣町からビッグ・バリューに買い物に来る人もいるけれど、車を使って来る人が多いから駅を利用するのは地元の人がほとんどだ。
ちーちゃんや町のみんなは、昔と比べると町は寂しくなったと言う。だから今のこの状況は、普通に考えたらあり得ないけど、町の外から来てくれる観光客が増えたおかげで賑やかになったから嬉しいんだと思う。だってみんな、二週間前より生き生きしている。何となくボランティアのみんなの肌ツヤがいい気もするし、町の人たちの顔が心なしか明るくなったように見える。
何だかんだで私も、地味で存在感がなかった町が明るくなって元気になったから嬉しい。昔はきっとこんなに賑やかだったんだなって、タイムスリップした町を見ているような気分になる。面倒なことは日々あるけれど、退屈な町よりはずいぶんマシだ。