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第1話 勇者一行、暇を持て余す



「じゃあ行って来るね、ちーちゃん。マリウスたちのことで困ったら電話して」

「行ってらっしゃい。ボランティア頑張ってね」


 私は大きめの紙袋を持って家を出た。

 休みの日には、観光案内所のボランティアを手伝っている。夏休みに入ったから行ける時は行く予定だったんだけど、このあり得ない状況になって必然的にほぼ毎日手伝う宿命を私は背負ってしまった。

 浦吉町うらよしちょうは、アニメ『運なし勇者〜異世界転生しても運はないけど、勇者の資格だけはあります!』の世界とミックスした。その上、物語の登場人物の勇者マリウス一行まで転移して来て、現在は笹木家にホームステイ中だ。原因は夏休み初日の未明に起きた異常現象のオーロラのせいなのかわからないけれど、おかげで、この前まで地味で存在感のなかった旧宿場町が昔のような活気を取り戻しつつあった。

 初日から拡散され続けているSNSのおかげで『なし勇』ファンが注目し、さらには幼馴染みの洸太朗(ボカロP名「shad《シャド》」)が作ってくれた町のPVの効果もあった。PVはどんな感じで仕上げてくれるのかと期待半分で待っていたら、なんと、町の素材を渡してから一日で作ってくれた。めちゃくちゃ早いから適当かと思ったけど、約一分でまとめられたPVは、曲も今の町の雰囲気にぴったりな和洋折衷なメロディーで、私は知らなかった洸太朗の才能に驚いた。感動した私がちょっと褒めると、


「そ……そんなことないよ。テキトーだし」


 洸太朗は照れながら鼻を高くした。これも立派に自慢できることなんだから、もっと胸を張ればいいのに。ギャラ交渉をちゃんとしてなかったけど、好きなアニメのグッズの一つでも買ってあげよう。

 その日のうちに浦吉町観光協会のSNSに載せると、二〇〇人もいなかったフォロワーはいつの間にか少し増えていて、PVにいいねや拡散の反応もすぐにあった。楽曲提供者の名前は出していなかったけど、曲がshadっぽいと気付いた人も中にはいて、ボカロ界隈ではそこそこ有名人てことが新たに判明した。こうして、才能を隠し持っていた洸太朗の助力もあって、アニオタ観光客が徐々に増えて賑やかになってきていた。

 転移して来てから家や会館に籠りがちになっていたフーヴェルの人たちは、マリウスたちが側にいる安心感も相俟って少しずつ環境に慣れてきて、散歩をしたり町の人と話をしているところを見かけるようになった。特に小さい子供同士は、もう一緒に遊ぶくらい仲良しだ。子供たちの適応力ってほんとスゴ。

 そして、フーヴェルの人たちの商店の営業再開準備も着々と進んでいて、一時的な浦吉町の住人たちとの共生を歩み始めた。


「小西さん。みんなでこれ読んで!」


 観光案内所に着いてすぐ、私は突き付けるように紙袋を小西さんに渡した。


「これは?」

「『なし勇』の原作小説。これ読んで勉強して! ボランティアは全員必須だから、読んだらちゃんと次の人に回してね!」

「なんでまた?」

「だって。私だけに負担がかかるのは解せないもん」


 聖地巡礼で来た『なし勇』ファンに何か聞かれても、小西さんたちは作品に関して無知だから全部私に押し付けられる。家で夏休みの宿題をやっていても、のんびりマンガを読んでいても、容赦なく電話がかかってくるのだ。明らかにプライベートが侵食されているのが不満だったから、ボランティアスタッフのみんなには『なし勇』を履修してもらうことにした。

 不満はもう一つある。演劇部の手伝いに行けないことだ。まぁ、本当は帰宅部だし、所詮は手伝いだから手が足りない時に呼び出されるだけなんだけれど。でも、お世話になってる先輩の最後の文化祭に向けた稽古だから、できれば出たいんだよなぁ。マリウスたちの面倒だってあるのに……。やっぱり解せない。早急に『なし勇』の履修を終えてもらわなきゃ。

 私はピンク色の法被を着て準備を整えた。と言うか、この法被着るの恥ずかしいんだよね。


「あ。そう言えば聞いたよ。町の人たちも、盛り上げようと色々と試行錯誤してくれてるんでしょ?」


 町の大人たちは、私の知らないうちに自分たちで『なし勇』とのコラボ商品を開発して売り始めていた。精美軒はキャラクターを象ったパン、うなぎ屋や中華料理屋など飲食店は作品をイメージしたランチセットやスイーツを出して、販売を中心とした店舗ではパッケージデザインを変えて販売している。


「イラストが使えるのは、舞夏ちゃんのお友達のおかげね」


 そう。結に依頼したアニメ風イラストができあがって爆速で宣伝ポスターになっただけでなく、酒屋さんは日本酒のラベルに、お茶屋や桜えびと削り節専門店は商品パッケージにイラストを勝手に使って販売している。パッと見、公式商品風を醸し出している一部商品は現在、観光案内所でも販売中で、工芸品と一緒に並べられたそれらを眺めながら私は関心してしまった。


「みんなやること早いね。まさか、混乱しながら初日から考えてたの?」

「あたしたちも、案内所で売るもの作ったのよ。ジャーン!」

「えっ! なんでもうあるの!?」


 小西さんと中野さんと柴田さんがそう言って見せてくれたのは、同じく結のイラストを使ったポストカード、トートバッグ、Tシャツ、そしてフーヴェルの家をイメージした手作りのクッキーだ。かわいいクッキーは許容範囲内だけど、グッズがすでに完成しているのには目を疑った。


「みんな仕事早っ! て言うか早すぎない? 魔術使った?」

「おお。よくわかったね」

「え。冗談で言ったんだけど、嘘だよね小西さん。まさか転移だけに留まらず、みんな魔術が使えるようになったとか言わないでよ? 私も使いたいんだけど!」


 そういうことではなく。魔術を使えるノーラにグッズ制作協力を依頼したと言う。そしたらノーラが複製魔術を使えると言ったから、超爆速でグッズの大量生産ができたらしい。


「案内所に来るファンの人がグッズを探してたから、これでがっかりさせなくてすむなぁ」


 ファンは喜ぶかもしれないけど、グッズ量産方法は合法じゃないと思うけどなぁ……。だから聞かなかったことにしよう。


「そうだ。調べたら最近のアニメはホテルともコラボしてるみたいだから、ゲストハウスの人にも相談してコラボ考えてもらう?」

「それいいね! さっそく相談する?」

「……なんか、楽しそうだね」


 面倒だけど、そのアイデアの進行もきっと私中心になるんだろう。結のイラストを勝手に商品に使ったこともちゃんと注意したいけど、それはまた今度にするとして。

 夏休み前までは暇そうにしていたボランティアのみんなが生き生きとしている姿は、見ていると嬉しくなる。観光客の増加がみんな人を元気にして、町を明るくしているような気がする。この町おこしがもっと大きくなれば、活気を取り戻すのも夢じゃない。


「あっ。舞夏いたニャ!」


 小西さんたちと町おこしアイデアを話していると、観光案内所の軒先に男女五人組が現れた。「ニャ」という語尾でわかる通り、勇者一行だ。

 五人には、こっちの世界の服を着てもらっている。ノーラは私のロゴTシャツとハーフパンツ、ヘルディナはちーちゃんのストラップ柄のワンピースで、二人とも帽子を被った現代のまともなファッションだ。だけどマリウスとヴィルヘルムスは、おじいちゃん子だったたけちゃんが若かりし頃に着ていたポロシャツにサングラスで、昭和レトロな装いだ。サングラスはきっとちーちゃんが渡してくれたんだろうけど、ちょっとウケを狙ってるんじゃないだろうか。ティホも上下ぱつんぱつんでお腹見えてるし。

 私は笑いを堪えて一行に背を向けた。


「どうした舞夏?」

「だってやっぱり……マリウスとヴィリーがあまりにも似合ってて……」

「だからなんで笑うんだよ。似合ってるなら笑うのおかしいだろ」

「うん、そうなんだけど……サングラスもウケるwww」


 実はこのくだりは一度家でやっていて、どうやら私は、昭和レトロファッションの二人を見ると笑いが込み上げてくるスイッチができてしまったらしい。妙に似合っているから逆にウケるんだよね。たぶんそのうち慣れると思うけど。


「て言うか。みんな何で来たの。あんまり素で出歩かないでって言ったじゃん」


 アニオタ観光客が増えてきたから、私は顔割れして群がられるのを避けたかった。マリウスたちにもそれは伝えていて、できるだけ笹木家待機をしてくれることに合意してくれていたんだけれど。


「フーヴェルの人たちに顔を出して来たんだ。千弦(ちづる)さんに、舞夏は観光案内所にいるって聞いたから、そのついでに寄ってみた」

「そうなんだね。ご苦労さま。とりあえずみんな、中入って。『なし勇』ファンがこっちをガン見してるから」


 立ち止まって一行をガン見をしているアニオタたちが押し寄せて来る前にと、マリウスたちには観光案内所の中に退避してもらった。


「だから素で出歩かないでって言ったのに」

「これは素顔は晒していないだろう」


 ヴィルヘルムスがサングラスを指して言った。隠せてるの目元だけだしそれで素顔を隠せてる確信持つなんて、二次元キャラのプライバシー保護意識レベル低過ぎでしょ。


「サングラスだけじゃ素顔隠してるに入らないから。それに、観光に来てるのは『なし勇』ファンなんだから、マリウスたちのことなんてすぐに気付くのは当たり前でしょ。こんな美男美女が地味な町を歩いてるだけで超目立つんだから」

「ですが。舞夏さんが心配されているほど、みなさん冷静なようですが」

「確かに見られてるけど、騒いだりはしてないニャ。遊びに行っても大丈夫そうだニャ」

「ずっと家の中では退屈だしな」

「退屈って。暇潰しにマンガとかDVD貸したじゃん」


 待機の暇潰しに、私が持っているマンガやアニメの円盤DVDをマリウスたちに貸していたんだけど。


「マンガはもう全部読んでしまった」

「DVDもほとんど観たニャ」

「うそ。早くない? マンガは余裕で百冊以上あるし、アニメの円盤DVDは買ったやつとダビングしたやつ合わせて結構あるよ?」

「一日中籠もっていれば、そのくらい三日もあれば消化できますわ」

「ああ。魔術書を速読する技術があるからな。その応用で映像も三倍速で観られる」

「ノーラも速読は慣れてるから、内容は全部理解できたニャ」

「うそ。二次元のキャラもタイパ重視なの!?」


 まさか二次元の世界にもタイパが浸透していたなんて。魔術師二人とヘルディナは昔からタイパが当然のことらしく、少しもドヤる感じを出さない。


「マリウスとティホはついて行けてるの?」

「俺とティホは地道に読む・観る派だ。自分たちが出ている作品は読んだが、まだ全然時間を潰せる」


 二人がタイパ重視族じゃないのは、なんか納得した。ティホは絶対脳筋族だし。


「オレたちが素で外に出れば騒ぎになるとは、舞夏の心配し過ぎだったのではないか?」

「私は混乱を避けたいだけだよ。好きな作品のキャラが目の前にいたらファンのみんな興奮して大混乱になって、おまけに血圧上がって熱中症とのコンボでぶっ倒れちゃうよ」

「アニオタはそんなに興奮しやすいのか? というか、熱中症とのコンボ……?」

「とにかく私は、平和的に町おこしがしたいの」


 賑やかさはほしいけど、もともと静かで地味な町に争いごとなんて超絶似合わないし。


「とにかくノーラたちは暇ニャ。このまま遊びに行ってもいいニャ? ずっと家の中はつまらないニャ。遊びたいニャ!」

「ノーラは一度こう言い始めるとうるさいですからね」

「うるさくないニャ! 子供みたいに言わないでほしいニャ!」


 そう言いながら、駄々をこねる子供みたいに手足をバタバタさせるノーラ。ノーラって、時々わがままになるんだよなぁ。アニメでも、野宿が五日続いた時とか同じ動きしてた。


「舞夏ちゃん。マリウスくんたちを軟禁しようとしてるのかい?」

「小西さん。誤解を生む言い方やめて」


 軟禁はあながち間違っていない気がしなくもないかもだけど。


「でも。遊ぶとこって言ってもなぁ……」

「そうですわ。せっかくですし、この町を案内してくださいませんか」

「そうだな。どんな雰囲気の町なのか、見て回りたい」

「それがいいよ。マリウスくんたちに浦吉を案内してやってよ、舞夏ちゃん」

「そうだね。じゃあ、一緒に行こうか」


 ということで。私は、勇者一行in浦吉町ツアーに出かけた。マリウスとヴィルヘルムスにはサングラス取ってほしかったけど、そこはグッと我慢した。




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