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第4話 ようこそ、勇者一行



 勇者一行はそのまま警察で保護を頼みたかったけれど、それはそれで警察を困らせることになりそうだから、ひとまず私の家に連れて行くことにした。道中、興奮状態からハッと我に返って第三者の目で自分たちを見た時、かなり場違いな格好の一行と一緒に歩いているのがちょっと恥ずかしかった。

 一行を連れてフーヴェルの町とミックスしたエリアに入ると、町の人たちの視線が一気に集まってきた。その中から、


「あの携えている剣は、聖剣じゃないか?」

「もしや……勇者一行?」

「そうだ! 間違いない! 勇者一行だ!」


 建物の二階から五人の姿を捉えたフーヴェルの住人たちはそれが勇者一行だとわかると、窓を開け放って手を振った。会館からも顔を出して、一行の登場に人々は表情をパッと明るくさせた。


「まさか、こんなところで会えるなんて!」

「勇者さまー!」


 こっちの世界に来てまだ二日目で、慣れない環境に身を置く不安も取り除けていないフーヴェルの人たちにとっては、勇者一行の登場は心から安堵できることなんだろう。町の人との同居を選んだ人も、会館での生活を選んだ人も、みんなが心から嬉しそうにしているのがその証拠だ。

 それとは逆に、見知らぬ土地での突然の歓迎ムードに一行は少し戸惑った様子だ。特に勇者マリウスは、町並みの不可思議さに気付いてあちこちに視線を向けていた。

 ほんの僅かな勇者一行パレードを経て笹木ささき家に着いた私たちは、とりあえずリビングに腰を落ち着けた。


「助かった。ありがとう」


 冷たい緑茶でひと息ついた勇者マリウスが、律儀に頭を下げてお礼を言った。

 それにしても。日本の一般的な住宅にファンタジーな格好の一行って、超絶違和感。多少は洋風の小物が置いてあるけどそれだけじゃカバーしきれなくて、VRゴーグルを着けて見ているんじゃないかってくらい浮いている。それがまた逆に笑えてくる。


「どういたしまして。私は笹木舞夏。こっちの二人は私の友達で、結と明奈」

「オレの名前は……」

「勇者マリウス、でしょ?」

「え?」

「それから。けも耳の獣族が魔術使いのノーラ。金髪のエルフ族が、同じく魔術使いのヴィルヘルムス、愛称はヴィリー。デカマッチョが怪力のティホで、紫のローブを着てるのがミステリアスな占い師のヘルディナ」

「そして五人は、勇者一行なんだよね?」


 私と結が全員の名前を言い当てると、当然五人は目を丸くしてお互いに顔を見合わせた。


「当たってるニャ。でも初めて会うニャ」

「それだけ、我々の名前が世界に知れ渡っているということか」

「あ。期待させてごめん。全然そういうんじゃないんだ」


 ヴィルヘルムスが誇らしげに言うから、申し訳なく思いながら否定した。


「じゃあ、なぜ名前を知ってるんだ。さっきも、俺たちの顔を知っているような反応だったよな」

「私たちはみんなを知ってる。二次元作品でね」

「二次元……?」


 ヴィルヘルムスたち四人はぽかんとしたけど、マリウスだけは眉を顰めた。


「百聞は一見にしかず!」


 私は部屋から昨日ダビングしたばかりのアニメ『なし勇』の円盤DVDを持って来て、一行に見せることにした。テレビ画面にOP映像が流れ始めると、一行は画面に映る自分たちに目が飛び出るくらい驚いて、マリウス以外はテレビに食い付いた。


「なっ……なんだこれは! 魔導具か!?」

「ノーラたちだニャ! ノーラたちが薄い板の中にいるニャ!」


 摩訶不思議なアイテムの登場に、ヴィルヘルムスたちは画面を凝視したり後ろを覗き込んだ。


「これは一体、どうなっているのですか?」

「これは、勇者一行のアニメ……えーっと。物語を描いたものを記録した動く絵だよ。マリウスはこの物語『運なし勇者』の主人公で、現実世界から異世界に転生した」


『なし勇』は、反社勢力の組員に人違いされた一人の男が殺されるところから始まる。男は異世界に転生してマリウスとして新たな人生を始め、ある日、勇者になる資格があると謎の老人に告げられ、その老人のもとで勇者になるための修行が始まる。


「五年間修行したマリウスは聖剣を手にして真の勇者と認められ、全世界を魔族の支配下にしようとする魔王を討伐する旅に出る。でも、前世で運がなかったマリウスは転生しても運がなくて、道を聞いても嘘をつかれ、行商人の馬車に乗せてもらえば多額のチップを要求され、野犬に追い回されれば崖から落ちたり散々な目に遭う」

「また別の不運に見舞われた時にもある家族に助けられたけど、その家族は盗賊一家で危うく身ぐるみを剥がされ聖剣を換金されかけ、逃げ出すも馬で追いかけられ、からくも逃げ切るけどその先でもまた別の不運と遭遇して、エトセトラエトセトラ」


 と、私と結は掻い摘んで説明したけれど、意図せずマリウスの不運エピソードがメインになってしまった。不運エピソードが強過ぎるけど、ちゃんと勇者としての立派な功績もある。


「ノーラたちと出会う前に色々あったの、知らなかったニャ」

「運がなさ過ぎる。ヘルディナを仲間にしたがったのも、これで納得がいった」


 マリウスがみんなと出会う前のエピソードを聞いたヴィルヘルムスたちは、彼に同情した。するとマリウスは、


「フッ……。前世はそんなもんじゃないぞ」


 遠い目をして、前世の運のなさを自ら語り始めた。


「傘を持っていない日に限ってゲリラ豪雨に遭うのはざらだ。駐輪場で自転車が七回盗まれる。毎年何かしらの菌に感染して体調を崩す。高校と大学の受験で受験番号票を忘れてギリギリに試験会場入りする。旅行を計画すれば交通機関が見合わせになる。テーマパークに行けても一番楽しみにしていたアトラクションが点検中、もしくは、急な豪雨でパレードは中止。予約していたはずのホテルにちゃんと予約されていない。人違いもよくあって、身に覚えがないケンカをふっかけられたり、逆恨みされて見ず知らずの人の車にはねられかけたり、ナイフを向けられたりした。そして最後は、反社の人間に裏切った仲間だと間違われて、事故に見せかけるために車ごと海にドボン……」


 マリウスの前世での不運ぶりは物語の中で語られていて少しは知っていたけど、ここまで運がないなんて思っていなかった。これはもう不運じゃなくて、神様に見放されているレベルだ。正直、私たち全員引いた。


「あまりよくわからないが、運がなかったということはなんとなく理解できた」

「俺があまりにも不運を呼ぶから友達も少なくて、誰からも頼られることがなかった。だから勇者になれると知った時は、こんな俺でもなっていいんだ! と心から喜んだし、修行で死にそうになっても、周囲から頼られる自分を想像して耐え続けたんだ。うっ……」


 マリウスは涙ぐんだ。実際に死ぬほど運のない人生を歩んできたんだもん。そりゃあ、一つの努力が実を結んだだけでも泣くよ。


「大変な人生を歩んできたんだな」

「何も知らずに、運がないのダサいとか言ってからかってごめんニャ」

「マリウスは、頼れる勇者……」

「そうですわ。この世で勇者はあなた一人。不運なんかに負けてはいけません」

「ありがとう。みんな……」


 おかげで仲間との絆が深まったみたいだ。よかった、よかった。私たちから見ても、運はないけど戦ってるマリウスはかっこいいよ。私の推しは別にいるけど。

 マリウスの気持ちも落ち着いたところで、私たちは改めて状況の整理をした。

 この町に来る前のマリウスたちの向こうの世界での状況を聞くと、ある町の住人から鉱山に棲み付いた魔物たちの討伐を依頼されて行き、それが終わったあとに空間が歪んで、気付いたら駅前に立っていたと言った。と言うことは。この勇者一行はアニメの世界からやって来たのではなく、原作小説の世界から来たのかもしれない。

 突然現れたという状況が同じだったから、私はフーヴェルの人たちのことも五人に伝えた。


「町並みが少しおかしいと思ったが、声をかけてくれていたのがフーヴェル人々だったとは……」

「フーヴェルの人たちもマリウスたちも、自分の意志で来たんじゃない。てことはつまり、偶発的にこっちの世界に来ちゃったってことなの?」

「そうなるな。オレたちは転移した。そう言って間違いないだろう」


 魔術に造詣があるヴィルヘルムスが肯定した。転移って魔力的な力が働いて起きるものだと思っていたけれど、マナの概念すらない現実世界でそんな現象が起きるなんて。でも、そう考えるのが妥当……というか、そうとしか考えられない。あのニュースと何か関係があるんじゃないかと考えたくなる。


「とりあえず、ここは日本でいいんだよな?」


 もともと日本人のマリウスは、ここが日本だということには風景を見てすぐに気付いていた。


「そう。だけど、マリウスが知ってる日本とは違う」

「違う?」

「マリウスなら少し感付いてるかもだけど、今見せたのは、マリウスたちの物語を描いたアニメ。そして、そのアニメを私たちは観てる」

「そうか。つまりここは、前世の俺がいた世界とは違う現実世界ということか」

「どういうことニャ?」

「マリウスは生まれ変わって、オレたちの世界に来たんだよな。だが、ここはマリウスの故郷ではないと言うのか?」

「ヴィリーたちには訳わかんないだろうけど、そういうこと」


 現状を知ったマリウスたちは、腕を組んだりして深刻な表情をする。


「まさか別の世界に転移したなんて……」

「信じられないことですわ」

「フーヴェルの人々は大丈夫なのか?」

「現状の理解はできてないと思う。受け入れようとしてくれてるのも、まだ一割くらい。帰る手段もないし、結構我慢してもらってる」


 マリウスは真剣な顔で腕を組んでいた。フーヴェルの人たちと自分たちのこれからのことを、考えているのだろうか。というか、次元が違うとは言え故郷の日本に帰って来られたのに、心境は変わっていないのだろうか。


「帰る手段がない……。わたくしたちはすぐには帰れないということですね」

「たぶんだけど、残念ながらね。だからしばらくは滞在してもらうことになると思う。泊まるとこどうする?」

「野宿でも構わないが……」


 ヴィリーがいつもの旅の調子で野宿を提案したけれど、


「ノーラはちゃんと屋根の下で寝たいニャ!」


 ノーラはそれを断固拒否した。旅をしていると野宿も多いから、屋根のあるところで寝泊まりできる方がいいだろうな。物語の中では、パーティーの旅は森の中とか洞窟とか野外も結構ある。宿屋に泊まることもあるけど、大変そうだ。私には絶対ムリ。


「獣族なのに野宿がムリとか、変わってるよな」

「マリウス、それは差別ニャ! 獣族がみんな野外で寝られると思わないでほしいニャ!」

「そうだよね。ノーラは女の子だし、慣れない土地で野宿なんてしたら危険な輩に狙われ……ないか。浦吉は田舎だし」


 車もそんな頻繁に通らない浦吉町は、交通事故さえ滅多に起こらない。平和ボケをしそうなくらい平和だ。


「宿はあるのか?」

「あるにはあるけど、一般のお客さんがいるかもだし、そんなに部屋数ないんじゃないかなぁ」


 旧街道の浦吉町には、史跡巡りを目的とした観光客をターゲットにしたゲストハウスが一〜二軒くらいしかない。そのお客さんを優先で考えると、空いていてもきっと貸してもらえない。だからと言って、みんな大変な状況なのにご近所さんに泊めさせてあげてなんてお願いはできない。

 私が悩んでいると、結がさらっと言った。


「もう面倒くさいから、ここ泊まっちゃえば?」

「泊まっちゃえば? って。ここ私ん家なんだけど」

「いいのか?」

「勝手に決めないで。そして本気にしないで」

「でも、おばさんならOKしてくれそうじゃないか?」

「そーだけど……」


 確かにちーちゃんなら、二つ返事どころか何も言わなくても泊めそうだけど。

 とりあえず、ヘアサロンにいるちーちゃんに事情を話してダメ元で訊いてみると、


「いいわよ」

「ええっ!?」


 そんな笑顔で簡単に許してくれるとは思わなかったよ。


「舞夏ちゃんは嫌?」

「嫌じゃないけど。むしろ、好きなアニメのキャラと一つ屋根の下は萌えるけど」

「ホームステイの外国人を迎えるみたいで、楽しそうじゃない」

「確かに。楽しそう!」

「と言うか。完全にそうだな」

「二人とも、他人事だと思って……」


 結と明奈はのん気で羨ましい。でも、ちーちゃんもちーちゃんだ。小西さんたちボランティアのみんなもだけど、昨日ミックスされたばかりだっていうのに、この状況を享受し過ぎてる気がする。そう言う私も楽しんでるけど。


「物置きで使ってる部屋があるから、ちょっと片付ければ五人で寝られるんじゃない? お客さん用のお布団もあるし」

「でも、たけちゃんは? 五人も泊めていいか聞かないと」

武文たけふみさんならきっと大丈夫よ。ちょうど今日、出張から帰って来るから、驚かせましょ」


 ドッキリを仕掛ける余裕まであるし。ちーちゃん、完全に楽しんでる。




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