目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第3話 追加ミックスされました



舞夏まいかちゃん! 舞夏ちゃん、大変! 起きて!」


 夏休み二日目の朝。私を起こしたのは目覚ましじゃなくて、またもやちーちゃんの激しい揺すりだった。もう一度言っておくけど、私は朝はめちゃくちゃ低血圧で、無理やり起こされると不機嫌になる。二日連続ともなると、さすがに眉間にシワができる。


「なぁに、ちーちゃん。私、今日こそはお昼まで寝るって決めてるの!」


 私は昨日同様に、目付きの悪い顔をタオルケットから覗かせた。昨日は帰ってベッドに倒れ込んだと同時に爆睡し、普段観られない深夜アニメを三時過ぎまで観ていた。だから今日こそは邪魔されてもお昼まで爆睡すると決めていたのだ。なのに、この既視感……。


「のんびり寝てる場合じゃないのよ! いいから起きて!」


 おっとりのちーちゃんが今日もまたしつこく起こすから私は諦めて上半身を起こし、目蓋の重い目をできるだけ開いて訊いた。


「今日はいったい何があったの?」

「アニメの世界とのミックスが、広がってるんですって!」

「へぇー。ミックスが広が……ええっ!?」


 私は一瞬で覚醒した。

 ちーちゃんの話によると。ついさっきボランティアの中野さんがやって来て、今朝になってから諏訪すわ地区と新田しんでん地区の方も同じ状況になっていたらしい。今は連絡を受けた小西さんたちが状況確認に行っている、とのことだ。

 昨日だけだと思っていたミックスは、なぜか進行していた。昨日、洸太朗はニュースで聞いた異常現象のオーロラが原因じゃないかと言っていた。だとしたら、昨夜もそれが起きたってことなんだろうか。

 ちょっと様子が気になったけど、大人が動いているならわざわざ私が行かなくてもいいかと思って、もう少し寝ることにした。とその時、LINEのメッセージが届いた。見ると結からで、「今からそっちに行く」とのことだった。町の状況を聞いた明奈(あきな)も来るらしい。


「……時間早くない?」


 そんなに気合い入れなくても、今日も滞りなく町は『なし勇』とミックスされてるのに。さすが同士と言うべきかな。

 ということで、二度寝はやめて着替えて、朝食のトーストと目玉焼きとお味噌汁を食べた。


「おは」

「おはよう、舞夏ちゃん」


 その後、身長差がデコボコな結と明奈が家にやって来た。背が低くてボブヘアにメガネをかけてボーイッシュなのが結で、背が高くてツインテールにスカートを穿いている方が明奈。明奈もクラスメイトでアニオタ仲間だ。


「結ちゃんから話は聞いたけど、すごいね。本当にミックスになってるんだ」

「本当にこれどうなってんの。マジでひと晩でこうなったの?」

「そうだよ。ちなみに今日、ミックスの範囲が広がりました」

「マジか。半分、集団幻覚だろって思ってたけど、SNSに流れてきたやつと同じでびっくりしたわ」

「て言うか。二人も受け入れるの早過ぎない? 全然動揺も興奮もしてなくない?」

「いや。一瞬動揺してからだいぶ興奮したよ。舞夏ん家(ち)の前の道に出た瞬間、鼻血出るくらい興奮して写真撮りまくったし」

「興奮した瞬間の結ちゃん凄かったよ。連写しまくって動画まで撮ってたんだから」

「でも明奈は『なし勇』ファンて訳じゃないから平常心でしょ」


 私と結は男子向けの異世界転生とか好きだけど、明奈は恋愛ものとかガッツリ女子向けの作品が好きで、わりと好みは分かれている。でもお互いに勧めたりしていて萌え(燃え)を共有しているから、付き合い続けられている。


「そんなことないよー。わたしも二人に勧められて少しは観たことあるし、嬉しくなって写真撮っちゃった」


 よかった。二人にも受け入れる前に壁があって。


「そうだ。SNSの反応見てないだろ。ファンの反応凄いぞ。『なし勇』って検索すると……ほら」


 アカウントを持っている結はSNSを検索して、出てきた一覧を見せてくれた。『なし勇』推し活投稿に混ざって表示されていたのは、まさに現状の浦吉町の写真だった。どうやら、町の誰かがSNSに投稿したものがたくさん引用されたりしているみたいで、かなり話題になっている。中には合成だろって言って信じていない人もいるけれど、結構拡散されていた。


「すごっ! もうこんなに広まってんだ。これが世に言う“バズる”っていうやつ? 投稿したの自分じゃないけど、なんか嬉しい」


 SNSをやっていない私は、界隈でこんなに浦吉町が話題になっていてちょっと感動した。昨日、中野さん発案で町おこし計画が見切り発車で始まった(正しくは計画始動の宣言がされただけ)けど、ファンのこの反応ならPRすれば食い付いてくれるかもしれない。

 そんな時だった。家のインターホンが鳴って、ヘアサロンで接客中のちーちゃんの代わりに出た。ミックス二日目でもう日常を送ってるこの町の人たちの肝は、いったいどのくらい大きくて重いんだろうか。きっと漬物が漬けられるくらいなんだ。


「あ。舞夏ちゃん、おはよう」


 来たのは望月のおばさんだった。この人も観光案内所のボランティアさんだ。なんだかもう既に困った顔をしていて、何かあったことを私に知らせていた。


「どうかしたの、望月さん?」

「ちょっと緊急事態なの。一緒に来てくれるかしら」

「でも。今ちょっと友達が遊びに来てて」

「あら、そうなの? ……もしかして、舞夏ちゃんと同じようにアニメが好きなお友達?」

「え? ……うん」


 なんだろう。私の第六感が嫌な予感を感知した。


「ミックスが拡大してるのは聞いたよ。そっちは小西さんたちで対処してるって」

「そっちも大変なんだけど、もう一つ大変なことが起きてて。実は、駅前交番から電話が来たの」

「交番から電話?」


 交番から電話ということは、なにか事件が起きたのだろうか。事故があって、望月さんの身内が巻き込まれたとか。それとも、不審者が浦吉町の住人の誰かにストーカーをしていて確保されたとか。


「だけど、わたしたちじゃどうしようもなくて。舞夏ちゃんじゃないと、ダメだと思うの」

「え。なんで私?」

「お友達も一緒に来てくれると助かるわ。だからお願い!」


 望月さんは手を合わせた。私は渋って見せたけど、甘えるように上目遣いをされると断りづらくなってしまう。

 だけど、私と結たちが一緒に行ったところで事件の一つどころか欠片だって手助けできることはない。交番からの電話とは、どんな用件だったんだろう。事件じゃないのだろうか。

 よくわからないけど、望月さんが必死な思いを双眸に込めていたので私は諦めて、手を貸すことにした。悪いと思いながら結と明奈にも同行してもらって、三人で望月さんに付いて行った。


 私たちは、新浦吉駅へ向かった。道路を挟んだ向こう側には大手スーパーのビッグ・バリューがあり、町の住人の衣食住を支えてくれている重要施設だ。平日でも買い物客が訪れるビッグ・バリューと対照的に、駅前のロータリーは閑散としていて、タイルの隙間からは所々雑草が生えている。モニュメントの漁船も、年を追うごとにボロくなっている。ちなみに漁船は作り物じゃなくてガチ漁船で、初めて降り立つ人は必ず驚くのが定番だ。

 交番は駅舎のすぐ隣だ。交番はガラス張りだから、外から中の様子がよく見える。だから近付くと、その異様な中の様子がすぐにわかった。

 ……事件だ。事故でもストーカー確保でもないけど、明らかに事件が起きていた。

 警察官以外に、背中を向けて五人いるのが確認できる。長椅子に四人が窮屈そうに肩を並べて座っていて、めちゃくちゃ身体がデカい一人だけは立っている。もちろん、それだけで異様とは言えない。異様なのは、その服装だ。

 マントや防具、ローブを身に纏っていたり、宝石のような赤い大きな石が付いた杖や、剣を携えている。コミケに行けば、このくらいのコスプレはよく見る。だけどここはコスプレ会場じゃないし、そんなイベントを開催する予定も皆無だ。

 私は嫌な予感とアニオタ心が疼くのを感じて、駅舎と交番の間で立ち止まった。


「えっ。ちょっと待って……。嘘でしょ!?」

「いやいや。これはさすがに幻覚じゃないか?」


 結もまさかと思いながら、顔がちょっとニヤけてる。その隣の明奈を見れば私たちと同じ表情をしていて、三人とも同じアンテナを立てていた。


「でもでも。どう見ても本物っぽいよ。身に着けてるものがガチ過ぎるくらいガチだよ!」


 心が疼く私たちの頭には、同じビジュアルの面子が浮かんでいた。あの作品の、あの五人組が。

 でももしらしたら、ただのコスプレイヤーかもしれない。私たちはそれをこの目で確認しなければならない。私たちは深く深呼吸をして、望月さんに続いて交番へ足を踏み入れた。


「お巡りさん。とりあえず、詳しい子連れて来ました」


 常駐している警察官は「ありがとうございます」と望月さんを労った。だけど私たちは警察官に挨拶をするのを忘れて、異様な雰囲気を放っていた五人に目を奪われた。思い浮かべていた面子と完全一致した驚きと、こんなところにいる衝撃で、私たちは笑いと興奮を堪えるためにお互いの身体をバシバシ叩き合った。


「駅前にいたのを保護しました。一応、銃刀法違反になるので。身元確認もしたんですが、色々とおかしなところがあって……。昨日の異常事態と関係ある人たちってことでいいのかな?」


 昨日から浦吉町に起きていることを把握している警察官は、現状を鑑みて彼らを一時保護してくれたみたいだった。

 問いかけられた私は、失礼のないように答えようとした。だけど。


「は、はい。そうですね。間違いないと思います……ふふふっ」


 状況があり得なさ過ぎて、込み上げてくる笑いを堪えきれずに漏らしてしまった。

 だって。そこにいた五人組は間違いなく、『なし勇』主要キャラの勇者マリウス一行だったんだから。




コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?