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第2話 どうやらガチミックスらしい



 どうやらこの人たちが帰るには難儀しそうだったから、ひとまず町に留まってもらうしかなかった。

 町の民家と入れ替わったヨーロッパ風の家は、元々は彼らの住まい兼商店らしい。改めて町並みを見ると、居酒屋や食料品店、雑貨屋に、宝石を扱うお店が多数。その家々を小西さんたちや近所の人たちで訪ねて回ると、さっきおじさんから聞いた通り、ヨーロッパ風の家の中には元々住んでいる住人がいた。そして、家が丸ごと変わっていても誰一人として町の住民は欠けていなかった。

 じゃあとりあえず自宅に戻ってと謎の外国人たちに言ったけれど、「知らない土地に来た上に、見知らぬ人と一緒には住めない!」と、突然変わってしまった環境にストレスを感じている人が多くて、それは無理そうだった。


「どうします?」

「しょんない(※)から、会館を開放するか」


 さっき見回ったところ、ここもと地区以外にも、天王てんのう地区、しがらみ地区、西にし地区が同じ状況だったから、各地区長さんと交渉して会館を開放してもらうことになった。

 これでひとまず、外国人たちがホームレスになる心配はなくなった。布団とか必要なものも、優しいご近所さんが使っていないものを持って来てくれたし、婦人会のおばちゃんたちもたくさんのおにぎりを差し入れてくれた。会館はそんなに広いところじゃないし寛げはしないかもしれないけど、屋根がある場所というだけでも少しは気持ちも落ち着くだろう。



「あーっ! めっちゃ疲れたーっ!」


 観光案内所に戻った私は、誰も休んでいないのをいいことに奥の休憩スペースに倒れ込んだ。休憩スペースは畳の小上がりになっていて、テーブルと座布団もあるから、日本人のDNAを持っていれば落ち着くこと間違いなしだ。


「舞夏ちゃんお疲れさま。何か飲む?」

「ありがとう、佐藤さん。冷たいお茶ちょーだい」


 堕落した生活を送る孫娘のごとく寝転がりながら注文して、冷えた緑茶で喉を潤した。ウーロン茶もいいけど、やっぱり緑茶の方がおいしい! 身体の細胞の一つ一つに染み渡る……。

 て言うか。なんで私、手伝ってるんだっけ? 急遽助け舟として連れ出されてからあんまり記憶がないまま午後を迎えてるんだけど。睡眠時間が足りてないから、脳ミソが半分寝てたのかな。

 と、まだ睡眠が足りないことを思い出したら、急にあくびが出た。私はお茶を飲み干して、家に戻って昼寝をすることにした。お腹も空いていたけど、空腹よりも眠気が勝っていた。

 立ち上がろうとしたちょうどその時、着信音が鳴った。友達の結(ゆい)が電話してきた。結はクラスメイトで私のアニオタ仲間だ。


「何これ。どこのテーマパーク?」


 さっき、様変わりしてしまった町の写真を撮ってLINEで送ったのを見て電話してきたみたいだ。


「テーマパークじゃなくて浦吉なんだってば。朝にはこんな状態でみんな混乱中。そして私は夜更しで寝不足」

「一晩で変わったってこと? 集団幻覚?」

「そしたら、写真が同じように見えてる結も仲間だよ」

「それはいいんだけどさ」


 いいんだ。集団幻覚見ちゃってる仲間に入ってもいいんだ。うん。結はそうやってさらっと流すところもあるよね。


「なんかさ。この風景、既視感があるんだよね」

「既視感? ヨーロッパのどっかの町並みと似てるってこと?」

「いや。うちはヨーロッパ行ったことないし。でも、この三ヶ月以内に映像で観てると思うんだよ。うちと趣味趣向が似てる舞夏も、同じやつをアニメで観てるはず」

「アニメで?」

「ほら。『なし勇』だよ。この町並み、『なし勇』の話に出てきた町の景色にそっくりなんだよ!」

「あっ。そうか! 確かに『なし勇』だ!」


 結の言葉で、私の中にもあった既視感が現実とぴったり合致した。

『なし勇』。正式タイトル『運なし勇者〜異世界転生しても絶望的に運はないが、勇者の資格だけはあります!』。web小説発のライトノベルが原作で、コミカライズもされていて、スピンオフコミックまで出ている超人気作品だ。私と結は原作からファンで、私が昨夜徹夜して観たアニメだ。


「そう言えば。謎の外国人のおじさんが、自分たちはフーヴェルから来たって言ってた。たしか物語に出てくる町の名前だったよね」

「フーヴェルって、あれだよ! アニメでいうと第四話でさ、勇者マリウスが変な難癖をつけてきた不良に絡まれてボコボコにされて、危うく聖剣が奪われそうになったエピソードがあった町だよ!」

「あー。昨夜アニメ一気観した時はそのあたり早送りしちゃった。でも小説とマンガで読んだから覚えてる」


 なるべく時間かからないように適当なシーンは早送りで観てしまった。でも建物の感じは覚えていて、建物の造りとか商店の看板の字体が全く同じで、その再現度は作品の世界からそっくりそのまま出てきたと思わざるをえないくらいのクオリティーだ。謎の外国人たちの服装を見ても、モブの服装と全く同じだ。


「と言うことは……。浦吉に現れた建物と謎の外国人は、『なし勇』の世界から来たってこと!? ……いやいやまさか! どう考えてもあり得ないでしょ!? 昔の人ならタヌキやキツネに化かされてるって言うよ? 現代の専門家でも専門用語を並べ立てたってそれは説明不可能だって!」


「異世界転生」とか「異世界転移」はあるけど、異世界から現実転移して来たなんて聞いたことがない。しかも、現実にアニメみたいなことが起きるなんて、これまで誰も想像したことはない。

 私は『なし勇』が大好きだ。小説もマンガも全巻揃えてて、現在放送中のアニメは全話録画して編集してDVDにダビングするし、他のアニメのグッズもあるけど、貯金が底をつきそうなくらいグッズを買い漁って部屋はぬいぐるみやアクスタなどでいっぱいだ。その大好きな世界が、突然自分の町とミックス状態になるなんて……。

 だけど……。

 大好きな二次元の世界にいられるなんて嬉しすぎる……!ヾ(。>﹏<。)ノ゙✧*。


「結。私、集団幻覚でもいいからこの状況が幸せだよ」

「うん。そう聞いて、舞夏が今めちゃくちゃニヤついてるのが想像できるよ」


 さすが結。電話越しでも私の心が飛び跳ねているのが見えていた。

 これは異常事態だし不謹慎だってわかってるけど、大好きなアニメ作品の中に自分がいるんだと思うと笑いが溢れる。私ってやっぱりアニオタなんだなぁ。

 これは本当に現実か、一日で終わる幻か。そんなことはわからないけれど、浦吉町は『なし勇』の世界とミックスした! これはもう潔く現実を受け入れるしかないんじゃないだろうか!

 最後に結は明日見に来ると言って、通話を終えた。


「お友達かい、舞夏ちゃん。物語に出てくる町とか、建物やあの外国人がなんとかっていう世界から来たって話てたけど」

「アニメの話でもしてたの?」


 私と結の話に耳をそばだてていたらしい小西さんたちが訊いてきた。アニオタが決め付けたこの憶測をみんなにも教えておこうと、浦吉町が二次元の世界とミックスされたんだと話した。案の定、一般シニアの四人はポカーンとした。


「あたしたち、キツネかタヌキに化かされてるんじゃないの?」

「それは現代でいうところの集団幻覚だよ、中野さん」

「そんなこと言われると、なんか嫌ね」

「そうだなぁ。集団幻覚は嫌だなぁ」

「集団幻覚だと聞こえが悪いから、二次元の世界とミックスしたって言われた方がなんかいいですね」

「そうだなぁ」


 頬に手をあて腕を組み顔を見合った小西さんたちは、理由はよくわからないけど納得してくれた。「集団幻覚」も「二次元の世界とミックスした」も、非現実的ではあるんだけど。むしろ一般人的には、この現実の方が受け入れ難いと思うんだけど。


「ということは。浦吉は聖地になった訳なのね!」

「……え?」

「ほら! アニメとかドラマの舞台になった場所を聖地って言うでしょ? だから浦吉も聖地になったってことだら?(※)」

「う……うーん。厳密には違う気がするけど、まぁ近い感じかな」


 解釈としては似たような状況かなと私が肯定すると、中野さんはマンガみたいにポンッと手を叩いた。


「それじゃあやりましょうよ! アニメの聖地になったことを宣伝して、観光客を呼び込みましょう!」

「えっ……ええっ!?」


 そのアイデアはいいと思うけど、リニア新幹線くらい切り替え早くない? て言うか、私よりも順応するの早くない!?


「町おこしね。それはいい考えだわ」

「さすが中野さん。頭が冴えてるねぇ」


 中野さんの提案に即刻乗る小西さんたち。みんな一般人なんだから、ここはまだ頭を抱えて現実を拒否する流れでしょ。この時点でウキウキするのは私みたいなアニオタだけだよ!


「どうしたの舞夏ちゃん。浦吉がアニメの聖地になるの嬉しくないの?」

「そんなことないよ。実はウキウキだし。みんながバリアフリー的にあまりにも現実を受け入れ過ぎだから、呆気にとられてるだけ」

「なら一緒にやりましょ! ここを、何とかって言うアニメの聖地にしましょうよ!」

「こういうのはやったもん勝ちだからな」

「よくわからないけど、町のためになるならやりましょ」


 柴田さんはよくわかってないみたいだけど、七十代の順応力と即決力が凄くて圧倒される十七歳高校二年生の私。


「だから舞夏ちゃん。手伝ってね!」

「えっ。私も!?」

「だってアニメに詳しいんだら?」

「詳しいって言うか。ただのアニオタだよ?」

「大丈夫よ! みんなでやればなんでもできるわ!」

「いや。そんな誰かの名言みたいなこと言われても……」

「じゃあみんな、手を出して!」


 私の話を無視して、中野さんの号令で小西さんたち観光案内所ボランティアの一同が片手を出して重ねた。


「『浦吉町まちおこし計画』成功させましょう!」

「おーっ!」


 こうして一致団結した観光案内所ボランティア一同は、聖地巡礼のアニオタ観光客をターゲットにした『浦吉町まちおこし計画』が始動した。そして私は、是非を答える暇を与えられることなく計画に参加することになった。




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