目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
考え始めたらそれは1通のメッセージから始まっていた
武 頼庵(藤谷 K介)
文芸・その他純文学
2024年11月15日
公開日
3,627文字
完結

 病気になった父親と共に、闘病生活を送る主人公だったが、ある日突然に以前からSNSを通じて知り合いだった人からメッセージ届く。

 闘病生活をしている時の辛さや、葛藤を抱えそのメッセージの事など気にする事も無かったのだが、ふとした拍子にその存在を思い出し――。

 そこから変わり始める生活と心の変化。

 主人公はなにを考えてどう行動していくのか。

メッセージに込めた想い



『もうあの時に書いていたようなものは書かないの?』


 とある日、何をして時間を潰すかを考えていた私の元に、以前から交流のある方から届いた1通のメッセージ。


 そのたった1通のメッセージが、今の自分を形づくる元になっているなんて、あの時の私に言っても、きっと「そんなはずないだろ?」なんて鼻で笑われちゃいそうだ。


 その位、今とちょっと前はかなり違うモノとなってしまっている――。




 斎藤慶介さいとうけいすけこと、私は既に30歳の半ばを過ぎていて、毎日を病気が見つかり動けなくなった父親の介護と、自分の好きな手作業をする事が出来る会社での仕事に追われるという、まぁ至って今時の家庭環境の元で暮らしている。


 母親は20代の時に病気で亡くし、それからは父親と共に過ごしてきたのだけど、そんな父親も私が30歳になる直前に初期の癌が見つかり、何度も通院する事になった。


 それから数年は父親との闘病生活をしていたのだが、ほんの数年前になんて父親の病気が再発し、既に末期と診断されたのをきっかけに、父親は闘病生活をする事を辞めた。いや正確には闘病生活をする事に疲れはてていて、そこに最後通牒を突き付けられたのだから、『生きていく事』を諦めたと言った方がいいかもしれない。


「今までありがとうな。もう……好きに生きなさい……」

 宣告を受けた病院からの帰り道、車の助手席に乗りつつ、流れ去っていく景色を見つめながら父親がぼそりとこぼしたその言葉。


 自分の中でどれだけの葛藤が有ったのだろうか。今からでもまだ治療をすれば、ある程度は生きていける状況で、はそうじゃない方を選ぼうとしていた。だからこそ、ここから先は自分の事を構わずに、私の好きな事をして行きなさい。


 私の父親は、昔から口数が多い方じゃない。母親が生きていた時も、父親の口数の少なさにより生じる誤解が元で険悪な空気になったりもしていたが、口数が少ないからこそ、その時に言葉にするものには父親の気持ちがしっかりと籠っている。


 母親も父親と長年連れ添ってきている。その事はしっかりと理解しているので、良い親の事を愚痴りはするものの、互いが互いをしっかりと想いやっている事が、その愚痴の中に時々混じるノロケ話に表されている。


 そんな母親もこの世を去り、父親と共に二人だけで過ごすようになって、私自身も父親の言葉に含まれている真意をようやく理解が出来るようになっているからこそ、ずっと窓の外から顔を背ける事無く発せられた言葉が理解できてしまったのだ。


――そうか……父さんはその道を選ぶのか……。

 無口で頑固な職人気質の父親は、これから先は自分の好きな事をして、最期の時を迎えたいのだと、息子ながらに静かに頬を濡らした。




 それからまた父親との二人三脚な生活に戻ったのだけど、違う事とすれば父親が通院しなくなったことぐらいで、自分が出来る事は元々自分達でしていた二人なのだから、あまり変化はない。


 逆に、会社から帰って来ると、父親が食事の用意をしてくれている事が多くなったのには驚いた。


「このくらいはしてやらんとな。まぁ母さんには及ばないが……」

 少し口角を上げて父親の姿は、それまで以上に楽しそうに見えた。



 そんな日常を送っていた折に、ふと1通のメッセージが携帯電話に届いている事に気が付いた。

 あまり自分の生活などに無頓着だったので、未だに一昔前の携帯電話を使用している私は、職場の若い子達にからかわれていたりもするが、自分に取ってその携帯電話は大事なモノ。


 そこには働き始める頃に、とあるSNSサイトで知り合った人たちとの大事なやり取りが残されているのだから。


 そんな『大事な人』の一人から、久しぶりに届いたメッセージ。


 簡単な挨拶から始まったそのメッセージの最後に――。


『懐かしいな。止まったままだけど、もう書かないのか?』

『また読めるのを楽しみにしてるよ』


 そんな言葉が綴られ締められていた。




 私には、そのSNSの人達しか目にしたことが無い、今となってはそれを『小説』と言っていいのか他人から言わせれば怪しいモノを書いては、定期的に掲載していたという歴史がある。


 その時に書いていたモノとは、何も取り柄の無い高校生男子が、一つの出会いをきっかけに人とのつながりを意識し始め、手助けされつつも成長していくという様な内容の物語で、メッセージにも書かれているように、その話は無事に完結することなくその場から遠ざかってしまっている。


 今もそのSNSサイトはあるが、数年ログインしてないのでアカウントは凍結されてしまっているだろう。


 書き続ける者が居なくなり、更新される事も無くなったその物語は、静かにずっと今もその時のままで止まっている。


 物語を書き始めるにあたってだが、断っておくが私にはそもそも学が無い。物づくりの楽しさに目覚めた時から、その道を目指していたので、高校も工業系の学校へ進学したし、母親の具合が良くなかったという事もあり、進学する事を諦め、モノ作りが出来る環境の会社へと就職した。


 初めは全くどのように書いていいかわからず、読んでくださった方達からものすごいツッコミを受けうろたえたりもしたが、次第にそのツッコミを参考にしながら試行錯誤しつつ、少ない語彙力をフル稼働しながら、当時のSNSサイトでの限界投稿も字数までカタカタと携帯電話に打ち込んでは掲載していた。


 当初は全く読まれる事も無く、感想ようやく来た!! と思ってもダメ出しの嵐。心折れそうにもなったのだが、そんな中で1通の感想が届く。


『主人公によく似た境遇にあるモノです。感情移入してしまって……面白いというか、胸に刺さる想いで毎回読ませて頂いています。私も、このお話しの主人公のようになれるでしょうか? いえ、なれるかじゃないですね、なれるように主人公と同じように努力して行こうと思えるようになりました。応援しています!!』


 思っていなかったその感想を眼にして、独り携帯電話を握り締めて泣いた……。


――万人受けなんて出来るはずがない。そうだ!! 誰かの、一人にでも心に届く物語であればいいんだ!!

 流れる涙をグッと拭い、それから私は気持ちを新たにして、物語を書くという事に熱中していった。


 数年が過ぎ、周囲の勧めと携帯電話のままでは――という思いから、思い切ってスマートフォンへと機種を変え、それまで以上に楽になった打ち込みを楽しみながら、執筆をしていた矢先に、父親が職場で倒れたと連絡を受け、それまで楽しかった時間を父親の闘病生活に合わせる事が多くなって、スマホでSNSを見る事が出来なくなり、執筆する時間も少なくなっていき、結局私は執筆する事すらも辞めてしまった。


今では、手にしたスマホは病院やその関係者たち、そして会社の人達と連絡を取ることにしか使わない、文明の利器とは程遠い存在に。


『物語を書いていた』


 私は既に過去形で語られる者になっていた。




 メッセージに書かれていた事が気になって、久しぶりに訪れたSNSサイトには、やはり私は入ることが出来ず、別のSNSサイトを探して登録をした。そして父親が通院しなくなったことで出来るようになった空いた時間に、そのSNSの中にある物語を読み始める。


――面白い!! え!? この作品って商業作家の方じゃないのか!? 凄い!!

 どんどんと作品を読んでいく私は、知らない間にどっぷりと読書時間にはまってしまう。



――そうだな……。あのままにしておくのは自分もなんだか心苦しいから……。

 そんな事をふと思い始め、静かに画面をタップしていく。


 そして、一つのお話しを書き終えたところで、『掲載』ボタンをタップした。



 私の書いた作品が、数年ぶりに衆目の中へと歩き始めた瞬間だった。





 それから数年の時が流れ――


 私はというと、新たに購入したパソコンを前に、日々色々な情報を基にして、キーボードをカタカタとリズムよく鳴らしながら自分だけの物語を執筆している。


 書く事をまた始めた事は、既にあのSNSで仲良くなっていた方々には連絡し、その中の一人がまた私の作品を読むために、SNSを引っ越ししてまで来てくれた。



――またこうして読んでもらえることが嬉しいな……。誰か一人になったとしても、その一人の為に書き続けたい……。

 もう私の気持ちはそう思うようになってしまっていた。そう思えるほどに執筆することが楽しかったから。



 既に父親はこの世を去ってしまっている。闘病の末に最後は父らしく、やりたい事を好きなほどして、満足して逝った。


 そんな父も今の私には『好きな事をして生きていけ』と、空の上で母と共に笑って言ってくれているような気がする。



 最終目的は? なんてよく聞かれる。確かに書籍化することも大きな目的の1つではあるのだが、私はあの時の頂いた感想が未だに心の奥に染みている。


 たった一人でもいい。

 たった一人でもいいから、その方の心に残る作品に、その人が『読んでよかった』と言ってもらえる作品を今後も描き続ける事。 


それが私の今の目標なのだ。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?