ものすごかった。
食べ散らかされたテーブルの上にはゴミが散乱し、人生ゲームもトランプも遊んだ時のまま、出しっぱなし。その上嵐たちが暴れたせいで、いろいろなものが畳の上に落ちたり、散らばったりしていて、八畳間は見事な無秩序状態だった。なごみが肩で息をつく。
「あーあ、あの子たちってば、すっかり部屋、めちゃくちゃにしてったね。これ片付けるだけでひと苦労だよー」
「明日は筋肉痛決定だな、イテテ……それよりなぁご、随分あの中に馴染んでるじゃん」
「馴染んでるっていうか、普通かなぁ」
寿の不安を含んだ視線には気付かず、なごみはまずはテーブルの上からてきぱきと片付け始めた。
寿の目から見たなごみは、このところ急速な変化を遂げていた。外見ではなく、中身のほうだ。「このまま仕事をやめたくない、キャリアを捨てたくない」と泣き顔だったなごみが、今は自分に起こった事態を受け入れ、割り切って、自ら進んで子どもの世界に留まろうと、寿にはそう思えてならない。
代償として、今まで津幡なごみとして築いてきたものを全部捨てて。
「大体なんだよ、キスって。ったく、今時の小学生は」
「キスつってもほっぺただし、小学一年生だよ? 遊びみたいなものじゃない」
「相手は真剣だったかもしれないじゃないか」
「そんなわけないでしょう。真剣だったとしたって、小学一年生の真剣だよ」
「なぁご」
「うん?」
突然抱き寄せられたので、ぽかんとしてしまった。ただのハグ。しかし子どもになってからは、いや大人だった頃も、あまりなかったことだった。もう付き合い初めとは違う。今さら恋人らしい甘いムードを喚起させる行動なんて、恥ずかしいだけ。互いにそう思っていた。
久しぶりになごみを包む寿の腕は大きくて温かくて、切ない熱がしんしんと肌に染みた。
「行くなよ。どこにも行くな」
「寿……?」
「小さくなったって、なぁごは俺のだ。他の誰にも渡さない」
何も言えなかった。何を言ってるのと笑い飛ばす空気ではなかったし、かといって真面目な言葉にどう真面目に返したらいいのか、わからない。寿の腕に力がこもる。
「何度でも言うよ、なぁごは俺のだ。だから絶対、俺が元に戻してやる。絶対にな」
そう言ってはみたものの、元に戻す方法が寿にわかるわけがない。
最近は仕事中もなごみのことばかりが気になって、同じ考えが迷路のようにぐるぐるとエンドレスで頭を巡って、仕方なかった。溢れたため息が積み重なり、思考は鈍る。そんな状態ではミスのひとつやふたつは当たり前だ。
「堀切くん、またよ、報告書のミス」
「……はい」
「はいじゃないわよ。いったい何度同じこと繰り返したら気が済むの!!」
パシン、と書類の束で机の表面を思い切り叩くので、派手な音が鳴った。一瞬オフィスにいた全員が背中をびくんと震わせた。寿だけが、ぼんやりそこに立ち続けていた。こんな時でも、頭の中からはなごみが離れない。
「ねぇ、何度も同じこと言わせないでくれない!? 注意ひとつしたら防げることを、なんで注意しないの!? ねえ!?」
「……すいません」
「すいませんじゃないのよ!! 別にわたしはあなたに謝ってほしいわけじゃないの!!……まったくもう。堀切くん、今年いくつ?」
「十月で、三十になります」
はあぁ、とさよりがこれ見よがしに息をついた。
「結婚はしてなかったわよね?」
「はい」
「彼女はいるの?」
「まぁ……一応」
「今のままじゃ、すぐに彼女に捨てられるわよ」
「……はぁ」
薄ぼんやりとしたとらえどころのない態度が、さよりのイライラに拍車をかける。もう止められなかった。
「はっきり言って、堀切くんには仕事に対する熱意ってものが一切感じられない! 適当にやって、適当に手を抜いて、お給料さえもらえればいいって思ってるんでしょう!? それがダメだって言ってるの!! そんな考え方だから、こんなくだらないミスばかり繰り返すの!!」
「……」
「堀切くんはたしか中途採用だったわよね。何でこの会社を選んだの?」
「……よく、わかりません」
さよりはもう何も言わなかった。ただ下を向き、諦めたように力なく手を振った。
「ごめん、これ以上あなたと話していたくない。もう下がって頂戴」
「失礼します」
寿は結局最後まで、