「だって、なごみちゃんのこと好きじゃなかったら、二人ともどうしてお誕生日会に来たいだなんて」
「まぁ、そりゃそうだけど……」
「ねぇ、なごみちゃんはどうなの? 嵐くんと傑くん、どっちがいい?」
「いや、そんな、いきなり言われても」
「はーい、じゃあ早速ケーキ入刀しまーす!!」
台所から寿が柄のところにリボンを結んだ包丁を握って現れたので、なごみと千瀬の会話が途切れた。花鈴と萌乃がわぁ、と歓声を上げる。
「よし、じゃあなごみ、手伝って。一緒に包丁持って、そうそう」
「わー素敵―。結婚式みたぁい」
萌乃が目を輝かせ、嵐たちはそれを冷めた目で見ている。結婚式、ケーキ入刀。本当だったらどんなにいいだろうと、なごみは少し思ってしまった。
なんだかんだいっても誕生日会は成功だった。ケーキとケンタッキーの食事は子どもたちには好評で、人生ゲームも盛り上がり、あれほど誕生日会を渋っていた寿もなごみが意外に思うほど、積極的に子どもたちをもてなしていた。
途中からは「お馬さんごっこ」の馬になり、サディストの素質十分な嵐にひどい扱いをされて、ヘトヘトになりながらも頑張っている。
「ねぇ、傑くん、どうしてわたしの誕生日会に来たいって思ったの?」
傑がまた、あの初めて見るものに注ぐような目をなごみに向けた。トランプでババ抜きをやっていた時だった。最初に傑が上がり、次がなごみだった。輪から外れると、自然と二人きりになる。
千瀬の言うことを本気にしたわけではないが、気にはなっていた。傑は躊躇いなく言った。
「なごみちゃん、格好いいから」
「……格好いい!?わたしが!?」
「うん、なんか格好いいもん。クラスの他の子とは、違う感じ」
傑の言葉は至ってシンプルだったが、真相をずばり言い当てていた。この少年に空恐ろしいものを感じ、正体が半分見透かされた焦りで、なごみの肩が強張る。
「だから、もっと知りたいと思って。なごみちゃんのこと」
「……そうなんだ。で、なんかわかった?」
「うぅん、よくわからない。いろいろ、知ろうとはしてるけど」
「……」
「どうしたら、なごみちゃんみたいになれるのかな。僕はもう塾に行ってるし、幼稚園の頃からピアノも習字もスイミングも、空手もやってた。でも、なごみちゃんみたいには全然なれないや」
「随分、忙しいんだね」
苦笑いしながら、なごみの目には傑が少し寂しそうに映った。傑はきっと割合裕福な、教育ママが一切を取り仕切る家庭に生まれたのだろう。
別に塾通いやピアノや習字や、そういうものが悪いことだとは思わない。しかし子どもの背中に載せすぎた荷物は、時としてその子が本来持つものを奪ってしまう。
「教科書の上だけじゃ学べないものって、たくさんあるからね」
「何、それ?」
傑がやや身を乗り出す。二人の顔が近づき、なごみは傑がまだ甘いミルクのような、子ども独特の匂いをその身体から発していることに気付いた。
「勉強とか習い事とかじゃ得られないものって、いっぱいあるんだよ。勉強っていったら、なんでも勉強だもん。いろんな人と会って話すこと、友だちと遊ぶこと、遊んで泣いたり笑ったりすること、いろんなものを見ること、聞くこと、触れること」
「……それが、勉強になるの?」
「なるよ。今はわからなくても、傑くんにもいつか絶対、わかる」
上がったー、と嵐が大声を出したので、二人の会話は一瞬途切れた。なごみはハッとしてまたもや小学一年生らしからぬ発言をしてしまったことを反省する。
「ごめん。難しいよね、こんなこと」
「……」
「なるべくわかりやすく、言ったつもりなんだけど」
「なごみちゃん」
黒いものがふわりと目の前を横切った。傑の前髪だった。
ぷに、と柔らかい感触が、これまた白桃のように柔らかいなごみの頬に触れた。自分の身に何が起きたのかわかったのは、嵐が声を上げたからだ。
「あー傑、なごみにキスしてるー!」
「えっ、うそぉ」
すぐにババ抜きは一時停止し、おませな子どもたちは色めき立つ。そして寿がさっと血相を変える。
「わー、なごみってば赤くなってるー」
「傑とキスして嬉しかったんだー」
「や、やめてよ!変なこと言わないで」
「おい、お前か、傑ってのは」
嵐と雷と大風が揃って鳴らすひゅうひゅうという口笛の音が、寿の一言で止んでしまった。傑は寿にものすごい剣幕で迫られてさすがに青ざめているが、泣き出しはしない。
「お前なぁ、二度となぁごにキスなんかしたら承知しねぇぞ。なぁごはなぁ、俺の……」
「わーやめてよ寿! じゃなかった、お父さん!!」
なごみが必死に二人の間に割って入り、どうにか寿も落ち着いた。口はきれいなへの字に曲がったままだったが。
そしてなごみの頬も赤いままだった。