その夜寿に早速誕生日会の話をすると、彼が読んでいたカー雑誌から顔が上がった。
「誕生日会!? マジで!? やるの!? うちで!?」
「やるの。別にいいじゃない、それくらい。友だち付き合いだよ」
「いったい何をやるんだよ」
「だからこう、ケーキとかみんなで遊べるゲームとか用意して、もてなしてあげるの。わたしがホストで、みんなはゲストなんだから」
「何だよ、めんどくさいなぁ。なんでなぁごの誕生日会なのに、こっちが気を遣わなきゃいけねぇんだ?」
「とにかく、当日はちゃんとやってよね。あたしの父親として」
なおもめんどくせー、やりたくねー、ケーキだのゲームだのってすげぇ金かかるじゃんー、とゴネる寿を「友だち付き合いなの」の一言で言いくるめ、なごみは歩き出す。片手に可愛らしいピンクの子供用パジャマを携えて。
「あれ、どこ行くの」
「お風呂」
「あ、俺も入ろっと」
「ダメ。一人で入る」
「何でだよ」
「とにかく嫌」
語尾が鋭く寿の耳を、胸を突いた。それ以上の言葉を持たない寿の前で、やや乱暴にユニットバスの扉が閉まる。まもなくシャワーの音が聞こえてくる。
大人だった頃は普通に一緒に風呂に入ったし、行為の前後は二人でシャワーを浴びるのが決まりごとのようになっていた。なんせ八年も付き合っている、気心の知れた恋人同士だ。わざわざ別々に入る理由もない。
それがどうして、「とにかく嫌」なのだろう。
小さな少女に戻ってしまった凹凸のない体を見られるのが嫌なのかもしれない。それとも女の子が父親とお風呂に入ることを嫌がるのと、似たようなものなのか。いや、小学一年生はまだそんな年頃じゃないはずだ。それに、それじゃあ、まるで。
慌てて打ち消すが、後の考えはリアリティを持って寿に迫ってきた。
なごみが子どものまま生きていくと言った時にあれほど強くNOを示したのは、怖かったからだ。最初は体が小さくなっただけで、中身はあくまで二十六歳のなごみのままだと思っていた。しかし時間が経つごとに、中身のほうも変化していくように思えてならない。
あの時と同じ恐怖が、今も寿の胸に染みをつけた。不吉な黒い染みは、いくらこすっても消えず、しっかりとこびりついたままだった。以前とまったく変わらないシャワーの音が、ユニットバスの床を打っていた。
集まった友だちがやたらめかしこんでいたので、なごみは普段着のままの自分が恥ずかしくなってしまった。きっと子どもが友だちの誕生日会に行くというので、親が気を遣ったのだろう。
女の子たちはそれぞれピアノの発表会で着るような上品なワンピースに身を包み、大きなリボンを頭に飾っていた。傑も紺色のベストとシャツという格好で今日はまた一段と凛々しく見える。
いつもと同じ格好の嵐と雷と大風は、おしゃれしてきた四人をさんざん馬鹿にして、花鈴とちょっとした口論になっていた。
「にしても、なごみの父ちゃんって、わっけーよなぁ」
嵐が寿に向かって感心したように言った。言われたほうの寿はどんな顔をしていいのかわからず、ただ愛想笑いをしている。
「ほんと、うちのパパよりもかっこいいー」
「なごみちゃん、いいなぁ。パパが若くてかっこよくて」
「あのぉ、なごみちゃんのママとはどうやって知り合ったんですか?」
聞いたのは萌乃だった。男の子たちは呆れ顔だが、女の子たちは揃って真剣な目を寿に注いでいる。寿となごみは一瞬顔を見合わせた。
「それは、えと、若い頃に、バイトでねー。おじさんが働いていたカラオケ屋さんに、なごみのママがやっぱりバイトで入ってきたんだぁ」
「あ、それうちのパパとママと同じ! おふぃす・らぶ、だったんだって」
「おふぃす・らぶってなーにー?」
小一の女の子たちの会話にオフィス・ラブが登場するとは。眉を顰めたくなりつつも、寿はうまく話題が逸れたことに安堵していた。今言ったのはもちろん、なごみとの出会いの話である。
なごみもふっと息をついていると、花鈴と萌乃の会話からいつのまにか外れていた千瀬が、そっと耳打ちしてきた。
「ねぇ、嵐くんってたぶんなごみちゃんのこと好きだよね」
「えぇ!?」
自分の口から出た大声にびっくりして慌てて口を塞いだが、嵐は気付いていなかった。嵐は寿がこの日のためにケーキ屋で予約しておいてくれたケーキに早速手を伸ばし、生クリームを指につけて舐めている。すかさず花鈴がお母さんかお姉さんのような顔でたしなめていた。
「それに、きっと傑くんも」
「そ、そんな、まさか……」
動揺しつつ、うるさい嵐たちとは対照的に、膝の上に手を乗せてきちんとかしこまっている傑の姿に視線を移した。本当だったら三角関係である。それも小一同士で。