目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第五章 恋と誕生日(3)

転校初日こそ嵐を怒鳴りつけ、梨沙子に説教する「異様に大人びた」子どもとして浮いていたなごみも、月日を重ねることで少しずつ学校という場に、小学一年生の子どもの輪に、馴染んでいった。


今では友だちもいるし、休み時間のたびに紫外線を気にせずドッジボールで遊んだり、アニメや特撮の耐え難いほど幼稚な話をすることにも慣れた。



「なごみちゃん、今度の日曜日、誕生日でしょう」



 昼休みになるなり、村山千瀬が話しかけてきた。隣の席に座っているおさげ髪の千瀬は、今のところ六歳のなごみの一番の親友だ。休み時間も給食も同じ時間を過ごし、下校時も途中まで一緒に帰る。



 今日は窓の外は六月らしい梅雨空が広がっていて、都会の学校の猫の額ほどの校庭はねずみ色に濡れていた。


小学一年生の子どもたちは室内でおとなしく遊んではいられないから、廊下をかけずり回る足音と嬌声きょうせいが絶えず湿った空気を震わせている。「廊下を走ってはいけません」という壁のポスターは、まったく役に立っていない。



「さっきね、花鈴かりんちゃんと萌乃ちゃんも一緒に、なごみちゃんのお誕生日会やりたいねって話してたんだ」


「え、本当。嬉しい」


「うん。だから今度の日曜日、なごみちゃん家に行ってもいい?」


「わかった、ひさ……じゃない、お父さんに話しとく」



 本当なら二十七歳になるはずの誕生日を、七歳の少女として迎えなければならない。なごみの心中は複雑だったが、笑顔は本物だった。誕生日会なんて何年ぶりだろうか。



「ねぇ、そのお誕生日会、僕も行っていい?」



 声の主を見て、なごみと千瀬の丸い目がもっと丸くなった。



 矢田辺傑やたべすぐる。名前の通り、勉強も運動も何もかも他の子よりひとつ頭が抜きん出ている優れた子どもで、小学一年生にしては落ち着いている。


顔立ちも精悍せいかんでなかなか整っていて、おませな小一の女の子同士の会話で時々名前が出てくるような、いわゆる「モテる」男の子だった。十年後、二十年後が楽しみだと、なごみも密かに思っていたのである。



「べ、別にいいけど。来るの、女の子ばっかりだよぉ」



 驚きで千瀬の声が裏返っている。なごみも千瀬も、傑とは同じクラスということ以外特に何の接点もない。そもそも普段あまり女の子と話さない傑が、自分から女の子に声をかけてきた。しかも誕生日会に来たいと言っている!! ちょっとした事件だ。



「女の子ばっかりって、誰?」

「わたしでしょ、花鈴ちゃんでしょ、萌乃ちゃん。あともちろん、なごみちゃん」

「大丈夫だよ。僕、そういうの、あまり気にしないから」



 言ってから、傑が改めて目の前のなごみの顔を見つめた。今初めて目にするもののように見つめた。なごみはただ、きょとんとしていた。見詰め合っている二人を交互に見比べ、千瀬はただ困惑している。



「その誕生日会、俺も行く」



 今度の声は傲慢だった。振り返れば両側を金魚のフンに囲まれた嵐が、まるでどこかの国の王子様か何かのように、偉そうな目つきでなごみを見下ろしている。誕生日会に行きたいと言っている割には、ぶすっとした表情だった。



「あ、あんた、何言ってるの!?」



 ついなごみの声が裏返った。あんた、と呼ばれた嵐が早速眉を吊り上げる。



「お前の誕生日会、俺も行ってやるって言ってるんだよぉ。もっと嬉しそうな顔しろよ」

「そうだそうだ」

「嵐くんの言う通りだ」



 両側から嵐の金魚のフンであるライとヒロカゼが同意する。雷と書いてライ、大風と書いてヒロカゼ。つまり嵐に雷に大風。冗談みたいな名前の問題児三人組だ。



「何だよ、行っちゃいけないのかよぉ」


「べ、別にそんなこと言ってないもん。でも嵐くんたち、乱暴だから。お誕生日会で変なことされたら、イヤだなぁって」


「ばぁか、そんなことしねぇよ」

「何でそこでバカって言われなきゃいけないのよ」

「まぁまぁ」



 なごみの頬が少し赤くなった。小一相手にまともに喧嘩している自分自身に気付いたのだ。仲裁に入った傑が、二十六歳の自分よりも大人に見える。



「たくさんいたほうが、賑やかでいいじゃん。みんなで行こうよ、ね?」



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?