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第五章 恋と誕生日(2)

二人がまずやったのは、占い雑誌を片っ端から買い集め、「占い師 口コミ」で検索をかけて、インターネットの膨大な情報の海を渡り歩くことだった。その結果、何人かの著名な占い師がリストアップされた。


しかし顔写真が出るなり、なごみは首を振る。この人じゃない。この人でもない。考えてみればあのエキセントリックな、占い師というよりは魔女とか妖怪とかいったほうが正しい人物が、有名人である可能性は低い。



 次に街で実地調査に乗り出した。昨今の暗い社会状況を反映してか、「占い」の看板は街の至るところに掲げられ、人気の占い師となると若い女性がキャッキャッと長蛇の列を作っている。


そういった有名占い師はパスして、どちらかというと人気のない、怪しげな占い師ばかりを尋ねた。本当に怪しい占い師ばかりだった。



 踊って占う「ダンシング占い」に、客に歌わせてその歌声を見る「カラオケ占い」、オナラの音で占うので出なければ鑑定に非常な時間を費やす「オナラ占い」。


生きた蛇を焼いてその燃え滓で占う「蛇占い」では、なごみが途中で逃げ出してしまった。二人は世の中には実に多くの怪しげな占いが氾濫していることを知った。


そして「尋ね人」に繋がる手がかりはひとつも見つからなかった。ただ時間と費用だけが、虚しく削られていった。



 徒労に休日を費やしてしまったという疲労感に寿が支配されていた帰り道、なごみが箱を探してみようと提案した。なごみが願いをかけるだけかけて、気味悪がって川に捨ててしまったあのパンドラの箱だ。


当然、子どものなごみに川に降りるという危険な作業をやらせるわけにはいかないので、寿が降りた。散歩中の犬に吠えられ、通行人には不審者のようにじろじろと見られ、通報があってやってきた警察官に職務質問を受けても、寿は箱の捜索をやめなかった。そのうちに初夏の長い日も暮れてしまう。



「寿、いいよ、もう」



 墨色の水の中で、自身も墨色に溶け込んでしまった寿になごみが言った。風が出てきて、もう水も冷たく感じられる頃だ。自分の提案のせいで、これ以上寿を可哀想な目に遭わせたくない。



「いや、もうちょっと頑張る」

「じゃあわたしも手伝う」


「いいよ、わかったから。そこまで言うなら、今日はもうやめるよ。帰ろう」



 ジーンズの裾を捲り上げたものの体中あちこち泥水が跳ねていて、全身から嫌な臭いが漂ってくる。


通りがかった子どもたちの集団が「くっさー」と聞こえよがしに言った。なごみは注意しようとして、やめた。何とも言えない気分だった。


寿がここまで自分のために頑張ってくれるのは久しぶりのことで、というか初めてかもしれなくて、それは本当に嬉しい。しかしこれ以上寿に迷惑をかけたくない。罪悪感に似た感情にここ数日の苦労が重なって、固かったなごみの決意が急激に崩れ始めていた。



「……あのね、思うんだ。考え、変えるしかないのかなって」

「どういう意味だよ」



 しばらく、意味深な間があった。寿のスニーカーと、なごみのクロックス。重さの違う二種類の靴音が、静かな路地に規則正しく響いた。夜がやってきたばかりの空は一面雲に閉ざされていて、吹く風は雨の気配を孕んでいる。



「だって、あの占い師が見つかったところで、元に戻れるとは限らないんだよ? もしかしたらずっと、このままってことも……」

「……」


「だからね、この姿で生きていく覚悟を固めたほうがいいかと思って。津幡なごみじゃなくて、堀切なごみとして。小学一年生の女の子として」

「なぁご」



 寿の声を震わせたのはなごみの言葉ではなく、それを言い放つ顔のほうだった。こんなに明るく、こんなにのびのびとした表情を、かつてなごみが寿に見せたことがあっただろうか。



「考えてみたら、これって夢みたいな話なんだよね。だって、子どもに戻れるんだよ? しかも中身は大人のままで。人生やり直せるチャンスじゃない」

「……」


「六歳って、めちゃくちゃ若いよ。若いっつーか、子どもだけど。今からまた何でもできる、やりたかったことにどんどんチャレンジできるって思ったら、ワクワクして」

「ダメだ」



 スニーカーの足音が止み、続いてクロックスが止まる。寿の少し手前で、振り返ったなごみがきょとんとした目で怖い顔を見つめていた。



「絶対ダメだ、そんなの」

「寿」


「俺はそんなの反対だ。何がなんでも、なぁごを元に戻す」

「そんな、元に戻すっていったって。もし方法がなかったら、しょうがないじゃない」


「しょうがなくない」



 きっぱりとした否定に反論が阻まれる。寿がなごみに向かってここまではっきりと物を言い切るのは、ここ数年なかったことだった。



「しょうがなくねぇよ。絶対、何がなんでも、俺はお前を元に戻す」

「寿……」



 さっきまでよりもだいぶ速いスピードで怒ったように歩き出す寿の背中を、なごみは急いで追いかける。子どもの足では、駆け足でやっと追いつける速度だった。寿は気がついて足を緩めた。


 細かい雨が降り出して、なごみの鼻の頭を濡らした。



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