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第四章 新米先生とイケメン社長(4)

梨沙子の次にはまた、とんでもない客が二人の元にやってきた。日曜日だった。



「椿くんからここの住所を聞いて、やってきました。いきなりお伺いしてすみません」



 四十を過ぎた大人の男らしく、経営者らしく、礼儀正しい挨拶をする今澤に寿となごみの口が同時に開く。考えてみれば予想できたことだった。なごみはもう一週間以上も勤めを休んでいる。心配されるのは、当たり前だ。



「ええと、この子は……?」



 とりあえず今澤を部屋に上げ、リビングで炬燵テーブルを間に向かい合う。寿の隣にちょこんと正座したなごみに、いきなり今澤の視線が落ちた。



「あ、はい……俺の姪で。ちょっと預かってて」

「そうなんですか。君、名前は?」

「えっと……堀切なみ、です」



 咄嗟のことでいい名前が思いつかず、苦し紛れに本名から一字を抜いた。なごみと似た名前だとは思ったろうが、今澤は目の前の少女が津幡なごみだとはもちろん気付かない。



「すいません、本当に突然、押しかけてしまって」

「あ、いえ……」


「しかし、どうもあなたしか事情を詳しく知っている人はいないようだから。私も津幡さんの仕事仲間も、みんな心配しているんです。病気といっても何の病気だかも、どういう状態なのかも、さっぱりわからないので」



 どうやら事態はかなり切迫しているらしい。この男を不審の念を起こすことなく納得させて帰すには、それなりにリアリティのある説明が必要だ。寿は必死で鈍い頭を働かせていた。しかし普段から回転不足の脳味噌からは、ろくなものが出てきそうにない。



「できれば今すぐにでも、津幡さんが入院している病院に案内してほしいんです。直接話していろいろなことをどうするか、話し合わなければならないので」

「はぁ」


「こんな時に仕事のことをと思われるかもしれませんが、津幡さんはうちでもかなり有能な社員なんです。彼女が欠けてしまって、私共も本当に困っているんです」



 なごみの仕事にろくに興味を持っていなかった寿は、この時初めてなごみが仕事上、これほどまでに優秀な女性であることを知った。そして彼の隣で、六歳のなごみは複雑な横顔で俯いた。



「その、ちょっと、今すぐあいつに会わせるのは無理なんです……まだ、面会謝絶なんで」


「そうですか……とにかく、面会が可能な状態になったら、すぐに連絡してください。社員一同で駆けつけますので」



 代表取締役の肩書きが入った名刺が、押し付けるように渡された。鈍い頭を持った寿も、さすがに感づいていた。


 この男は本当に仕事の事情だけでわざわざここまで押しかけてきたのか。そうは思えない。あまり大きくない会社である以上もちろん仕事のことは大切だろうが、それよりもっと大切な目的が彼を動かしているように思える。


 この男となごみは、単なる上司と部下の関係なのか。


 一方のなごみは、寿とはまったく異なる理由で顔をしかめていた。


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