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第四章 新米先生とイケメン社長(2)

「嵐くん! 何やってるの! 今は授業中よー!!」

「仮面ライダーキーック」



 梨沙子も必死で嵐を止めようとするが、叱るというよりもただ喚いているという感じで、ちっとも迫力がない。


混乱に乗じて他の子も騒ぎ立て、教室は紙飛行機が舞ったりエンピツが飛んだり、授業中なのか休み時間なのかわからない状態になっていた。



 学級崩壊というやつか、となごみは思う。新聞も取っているし社会人として最低限のニュースは見聞きするよう努めているので、その言葉は知っていた。


子どもたちが集団行動が取れない、先生の話を聞かない、授業中にじっとしていられない等で、学校がその機能を果たさないという状態だ。


なごみが小学生だった頃も先生の言うことを聞かない子、授業中にうるさくする子はいたが、ここまでひどくはなかった。先生がきつい顔と言葉でびしっと叱ればおとなしくなったものだ。


しかしこの梨沙子には、子どもたちを律する迫力が欠けている。



「嵐くん! 静かにして!! あんまりうるさいと、また学校にお母さんを呼ぶわよ!!」



 親の呼び出しという子どもにとって最上級の罰を突きつけても、嵐はちっともひるまない。相変わらず友だちと狭い教室の中で騒がしく仮面ライダーごっこを続けている。



 それは突然に起こった。嵐の相手をしていた男の子がキックを振り上げ、その脚がたまたま隣にいた女の子の椅子に当たった。椅子はひっくり返り、床にしたたかに頭を打ち付けた女の子が火がついたように泣き出す。



「あぁ萌乃もえのちゃん!大丈夫!?」



 慌てて梨沙子が駆け寄り、萌乃と呼ばれた女の子を抱き起こすが、可愛そうな泣き声は止まらない。


今まで静かだった他の女の子たちが席を立ち、嵐に詰め寄る。この年齢でも、いやこの年齢だからこそ、女は強い。



「ひどい! 萌乃ちゃんに何てことするのよー!」

「そもそも嵐くんが悪いんでしょう、先生の言うこと聞かないで授業中に騒いでるから!」


「何だよ、大袈裟なんだよ萌乃のやつ、ちょっと転んだだけで赤ちゃんみたいにびーびー泣きやがって」

「そうだよ、泣くほうがバカなんだ」


「うるさーーーーーい!!」



 声帯を突き破りそうな大声に、びっくりした。それが自分の喉から出たものだとわかって、もう一度びっくりした。



 まさかさっき来たばっかりの転校生が吠えるとは誰も思っていなくて、黒板の前に立った時のように再びなごみに視線が集められる。一瞬、躊躇ちゅうちょした。しかしやりかけた以上は、最後までやり通さなくてはいけない。



「みんなおかしいよ! 授業中に走り回ったりふざけたり、おしゃべりしたり遊んだり!嵐くんたちだけじゃない! みんなだってうるさく騒いで、授業を台無しにしてるじゃない! 一人で一生懸命な梨沙子先生が可哀相と思わないの!?」



 まるきり大人の説教が、子どもの口から漏れている。名前を出された梨沙子が泣き止んだ萌乃と一緒に、唖然としてなごみを見ていた。



「みんな、学校に通えるのが誰のお陰だかわかる? お父さんとお母さんのお陰でしょう? お父さんとお母さんがお金を稼いで、お金を払って、みんなのことを思って学校にやってくれてるの! 


昔は学校に通えない子だって、たくさんいたんだから。学校に来れる、勉強ができるっていうのはすごく幸せなことなんだよ。だから騒いだり、先生を困らせたりしちゃいけないの! 勉強の時間は、ちゃんと勉強しなきゃいけないの!!」


「……」



「それと梨沙子先生。どうしてもっと怒らないんですか? 子どもに嫌われるのが嫌だからですか? 怒ると保護者から苦情が来るからですか? 


子どもに好かれるために、親に好かれるために教師をやってるんですか、違いますよね? 本当はそんなヘナヘナした声しか出せないわけじゃないでしょう?」



 今、梨沙子にできなかったことをなごみはあっさりとやってのけていた。なごみの声が、背筋を伸ばしたなごみの堂々とした態度が、子どもたちの暴走をぴたりと止めていた。


強面の男の先生でも体罰教師でもない、みんなと同じただの小学一年生の女の子が、学級崩壊真っただ中の教室に光を投げていた。



「この子たちには、ううんわたしたちには、先生はあなたしかいないんです! だからあなたがしっかりしてくれないと、わたしたちだってどうしていいかわからなくなっちゃう」


「……」


「もっと怒って下さい、声を上げて下さい。わたしたちのために」



 余韻を残してなごみの言葉は途切れた。数秒後、ぱちぱちと甲高い拍手の音が聞こえた。ずっとなごみの隣で黙って座っていた千瀬が手を叩いていた。拍手はさざめきながら教室全体に広がっていき、教室自体が鳴っているかのような錯覚を起こさせる。


 拍手の真ん中に、なごみがいた。戸惑いながら梨沙子の姿を探すと、梨沙子もやはり、なごみに向かって拍手を注いでいた。


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