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第三章 緊急事態と二人暮らし(4)

結局、なごみのアパートには二人で向かった。


寿はこうなってしまった以上しばらく自分の部屋に住めとなごみに主張し、結婚前の同棲は関係をダラダラさせるだけだという女性誌の記事を固く信じているなごみも、今現在六歳の子どもであるからには首を縦に振らざるを得なかった。


それに関係がダラダラするといったら、とっくにそうなっている。



 よってさし当たり必要な荷物をなごみの部屋から運び出さなければいけなかったが、洋服も下着も着れない、肌はぷるぷるで化粧水もクリームも必要ない六歳のなごみに、持っていくものはほとんどなかった。


とりあえずいつまでもぶかぶかのパジャマというわけにはいかないので、通販で三千円で買ったロングスカートをワンピースとして着た。それでも丈が少し長すぎたし、ベアトップワンピはこの季節にはまだ寒い。



「とにかく、なんでこんなことになったのか考えてみよう」



 なごみのアパートからの帰り道、荷物を詰め込んだトートバッグを抱えた寿が言った。中には通帳と印鑑、少量の現金などが入っている。



「それはどう考えても、あの占い師だと思う」

「変な箱をくれたって人?」

「うん」

「だったらその占い師だか霊媒師だかに会って、魔法を解いてもらえばいいんじゃない?」



 魔法、という言葉は今年三十を迎える男が口にするのにはなかなか抵抗があった。一方でなごみは突然ぴたりと立ち止まったかと思うと、寿のアパートとは反対方向に走り出す。



「お、おい、どこ行くんだよ……!」

「その占い師に会ったとこ!! 駅前の商店街」

「何で今すぐ行かなきゃいけないんだよ!!」

「神出鬼没な人なのよ!!」



 やれやれと思いつつ、寿は子どもの姿になったお陰ですばしっこいなごみを追いかけた。思考と行動の距離が狭まっているのは、子どもに戻った結果だろうかと思いながら。



 夜十一時まで開いているスーパーの前でなごみはやっと立ち止まった。二人の視線の先ではたこ焼き屋がまだ営業していて、香ばしい匂いがぷんと鼻を刺激する。周りは勤め帰りと思われるスーツ姿の人間ばかりで、小学生のなごみは浮いていた。



「……いない」

「本当にここ? 間違えてない?」


「本当よ。確かに夕べはここにいたんだから! 一瞬で消えちゃったけど……」

「ふぅん。怪しいなぁ、変な夢でも見たんじゃないの?」


「わたしだってそう思いたいわよ!!」



 鋭い言葉をひとつ投げてからなごみはくるりと寿に背を向け、怒りを体現しながら歩き出した。寿は慌てて六歳の少女を追いかける。



「ごめん、もう疑ってないよ。なごみは現に、こういうことになっちゃったんだし……」

「本当?」

「本当だって」



 ひとつため息が出た。やれやれ、これは大変なことになってしまったらしいぞ。ようやく寿も、事態の深刻さを実感し始めていた。



「とりあえず明日、服買いに行かなきゃなぁ」



 折しも次の日は土曜日だったので、二人でデパートに出かけた。原色とフリルとリボンとハート柄が散乱している子ども服売り場でなごみは思いきり眉をひそめたが、それでもTシャツを五着とスカートを二枚にジーンズを一本、ワンビースも二着買った。


中途半端な時期なので上着も一枚。後は下着をたくさんと、靴と靴下も忘れてはいけない。費用はなごみの貯金から出した。元に戻らない限り、金の使い道もあまりなさそうだ。



「どう、似合う?」



 家に帰ると早速タグを切り離し、一人ファッションショーが始まった。原色やフリフリは避け、割とおとなしいデザインのものばかりを選んだが、それでも子ども服は子ども服だ。中身が二十六歳のなごみの好みには合わない。それでも見た目はしっくりくる。



「うん、全然問題なし。すごい似合ってる」

「はぁ。こんなの似合うって言われても、微妙なんだよね」

「しょうがないじゃん、今は。元に戻れたら、好きな服を着たらいい」


「いつどうやったら、元に戻れるの?」

「それは……」

「ねぇ、寿」



 買ったばかりの子ども服に身を包んだなごみが、改まった調子で寿に近づく。その目は何やら自信に満ちていた。



「今日一日、わたしなりにこの事態を打開する方法、考えてみたの」

「……そんなのあるわけ!?」


「うん。知りたい?」

「知りたい知りたい」

「それはね……」



 わざともったいぶって間を取った。寿が身を乗り出してくる。



「……キスするの」

「へっ?」


「よくおとぎ話にあるじゃない、キスして目が覚めるとか、キスして元の姿に戻れるとか。考えてみればわたしたち、この姿になってから一度もキスしてないし。試してみる価値、あると思うの」


「お前は……考え方まで六歳に戻っちまったのか!?」



 なごみは少なからず、むっとした。自分なりにすごく真剣に考えた末、言ったことなのに。



「そんなの、おとぎ話の世界だろ! それを現実に応用するなんて……」

「いいじゃない現実に応用してみたって! それにこの状況自体がおとぎ話なんだから」


「そりゃそうだけど」

「キスしたら元に戻れるかもしれないし、そうじゃなかったら何も起こらないだけよ、何の害もない。ねぇ、やってみて」



 なごみが目を瞑る。キスをねだるその姿は二十六歳の女ではなく、どこからどう見ても六歳の少女だった。


 寿はそっと小さな肩に手を置いて、顔を近づけて……それからくるりと一回転して床にもんどり打ち、頭を抱えた。



「あーダメだ、やっぱできねぇ。悪いことしてるみたい」

「なっ何言ってんのよ!!」

「だって俺ロリコンじゃねぇもん」

「つまり今のわたしには、女を感じないってわけ?」



 ためらいつつも頷いた寿に、六歳児の容赦ないキックが飛んできた。


 蹴りながらも、なごみの本音はこりゃ大変だ、だった。そう、この姿ではセックスひとつできやしない。一刻も早く元に戻らなくては。


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