「なごみが無断欠勤なんて、初めてよ! 寿くんも知ってるでしょ? あの子すっごく真面目で、真面目っていうか仕事が大好きで、冬場に大風邪引いた時だって無理して出勤したくらいなんだから……」
「へぇ、すごいね」
「とにかく朝から連絡がなくて、誰が携帯に電話しても出ないから、これはもしかしたらってことになってね。アパートに行ってもいないし、今澤さんが……うちの社長なんだけど、その人や会社のみんなもすごく心配してる」
「それはその、電話したくてもできない状況だったから……!!」
もう一度、なごみは慌てて自分の口を押さえた。椿は今度こそ怪訝そうに、自分よりだいぶ低いところにある小さな顔に焦点を合わせる。
「どういうこと? なんであなたが、そんなこと知ってるの?」
「いや、それは……」
寿には今のなごみが言いたかったことがわかっていた。会社に連絡したくても、子どもの姿になったなごみは子どもの声しか出せないのだ。おそらく今日寿のところに来たのは、そのへんの相談もしたかったに違いない。
「ていうかあなた、どこの子なの? もしかして、寿くんの……」
「隠し子じゃなーい!!」
寿は随分大きな声を出していた。あら違うの、と椿が目を見開く。
「その、俺の……親戚の、子。兄貴の子どもだから……俺の、姪」
「寿くんの姪っ子が、どうしてここにいるの?」
「いや、ちょっと、兄貴の都合で、預かってて」
「へー。寿くんも大変ねぇ。でも見たところむしろこの子のほうがしっかりしてるから、あなたが寿くんの面倒を見ているってことになるのかしら」
「ア、アハ、ハハ……」
寿となごみ、揃ってぎこちない笑いを漏らしながら、心中複雑だった。当然ながら、椿は目の前の少女が小さくなった津幡なごみだとは思いもしない。
だからこそ今の言葉は正直だ。たとえ子どもの姿になっていても、なごみはしっかり者で寿は頼りない、そういう構図が他人にも見えてしまう。
「……あいつは、入院しているんだ」
寿がもっともらしい口ぶりと、真剣な顔で言った。なごみがいつ元に戻れるかわからない以上、一番無難な言い訳ではあった。椿の顔がさっと青ざめた。
「入院!? そんな、どうして!? 何の病気!? どこの病院なの、わたしも今すぐ行く!!」
「それは……その、無理だよ。今、面会謝絶だから」
「面会謝絶……」
椿の全身から力が抜けていくのが彼女を目の前にしている寿となごみにもわかる。心ならずも、話が大きくなってしまった。
本当のことを言うわけにいかない以上、嘘も方便なのだが、いつも元気な椿がこれほど胸を痛めている姿を見せつけられると、後ろめたい。
「そんななごみ、どうして……わたし、親友なのに何やってんだろう」
「……」
「全然、気付いてあげれなかった……合コンの時だって、元気にしてたから……」
「合コン!? なぁごと合コンに行ったの!?」
今度は椿のほうがしまったと口を押さえる番だった。寿が一瞬なごみに視線を移すと、なごみも困った顔をしている。弁解したくても、この場では何も言えない。よって寿の糾弾は椿に集中した。
「合コンって何? 何でなぁごが合コン行くんだよ! 俺というものがありながら」
「それはその……合コンっていうか、いや飲み会? みたいな感じ」
「同じじゃん! そんなの。あぁもう、浮気だよこれじゃあ」
「ねぇ寿くん、今はそんなことより、なごみの身体のことを……」
「合コンのほうが大事だよっ!!」
椿が少しぎょっとした。椿にしたら今の発言は、彼女の命に関わる非常事態よりも些細な浮気のほうを重んじる、かなりひどい彼氏だと自称していることになる。
そのことに気付いて寿も口をつぐんだので、ワンルームの狭いリビングには気まずい空気が流れた。