五月の夜風が酒で火照った身体を程よく覚ましてくれる。店に入った時にはじめじめと街を濡らしていた
「なんかごめんね、微妙な合コンに付き合わせちゃって。揃いも揃ってあんな男ばっかりだとは、あたしも思わなかった」
「ううん、いいよ別に」
「薄らハゲ」と「ボンレスハム」に途中まで見送ってもらい、駅まで椿と並んで歩く。四つのハイヒールがまだ人足の絶えない夜の繁華街に、高らかに響く。
椿が連れてきた女の子二人組は、「関西弁」と「ポマード」に連れられて二次会に向かった。誰が誰を狙ってるのか知らないが、カップルが誕生するんだろうか。
確かに「薄らハゲ」や「ボンレスハム」に比べればひどくはないものの、「関西弁」も「ポマード」も男として見れなかったなごみには、彼女たちの趣味は理解に苦しむ。
「やっぱわたしはダメだなぁ、こういう出会い方」
呟いたなごみの隣を制服姿の女子高生たちがきゃいきゃい笑いさざめきながら通り過ぎていく。こんな時間に、と一瞬眉を寄せたくなるが、腕時計を見ればまだ十時前だ。
そしてなごみ自身もついこの間まで彼女たちと同じような女子高生だったことをすっかり忘れている自分に気づき、重ねた年月の重さにしばし呆然とする。
「合コンって、みんながみんな、下心持って集まってきてるじゃない? その時点で何かもう、ダメなんだよね。自然な出会いじゃないと、気持ちが盛り上がらないのかも」
「自然な出会いって?」
「んー例えば……朝学校来る途中にぶつかって、教室入ったらその人が転校生で、二人顔を見合わせてあ、さっきの!とか」
「やだ、なごみってば乙女チック過ぎ! つーかベタベタだよそれ」
「冗談だって」
コロコロ声を立てて笑いながら、寿と出会った頃のことを思い出す。
寿とは上京して始めた、カラオケのバイトで知り合った。自然と言えばごく自然な出会いだ。知り合ってから付き合い始めるまで三ヶ月、付き合ってからキスをするまで一ヶ月、キスから共にベッドに入るまでまた一ヶ月。
あの頃はお互いが輝いていた。寿にギターをかき鳴らしてもらうだけで、寿の歌声を聞いているだけで、幸福になれた。
今はあのギターは、もう寿の部屋にない。ミュージシャンになる夢を諦めるのと同時に、質に入れてしまったのだ。
新宿駅で中央線に乗り換える際に椿と別れ、最寄り駅で降りる。反対側の改札口を出れば寿のアパートは目と鼻の先。
今会いにいこうとすれば会えるのだが、今日はやめておいた。さすがに浮気の直後に会うのは気が
駅から続く200メートルほどの路地はこぢんまりとした商店街になっていて、勤め帰りの人間が道を占拠する今の時間帯は、居酒屋やコンビニが活気を放っている。
夜十一時まで開いているスーパーの前では、たこ焼き屋がまだ営業していた。合コンではあまり食べられなかったし、この時間帯に食べ過ぎるのもダイエットによくないから、たこ焼きぐらいがちょうどいい。
ひとパック買っていこうかと足を止めかけて、なごみの焦点はすいとたこ焼き屋の横にずれた。自分に向かって手招きしている人の姿が視界に入ったからだ。
その人物は魔女のように裾がたっぷりした黒い服を着て、尼僧のように頭まですっぽりと黒い頭巾で覆っていた。
笑みを湛えているが、八重歯というより牙と形容したほうが正しい尖った歯が突き出た口元も、日本人なのかと疑いたくなるくらい高い、しかし全然羨ましくない三角の鼻も魔女を思わせるが、魔女と呼べばいいのか魔男とでも呼んだらいいのか迷ってしまう、性別不詳の顔立ちをしている。
ついでに年齢も不詳だ。目尻や口の横の皺の深さから判断するにそれほど若くはなさそうだが、老人と言うほどでもない。だけど実は見た目よりもずっと年寄りなのかもしれない。
彼(または彼女)は粗末な椅子に腰掛けて、椅子の前にはこれまた粗末な木箱が置いてあった。木箱の前面には半紙に「占い」と書かれたものが貼り付けてある。なるほど、占い師か。
しかし木箱の上には水晶球も難しそうな本も、占いに必要と思われるものは一切見当たらない。一体何を使ってこの人物は占いをしようというのか。その見るからに怪しい占い師が、なごみに向かって手招きしている。
あんまり怪しいのでなごみもそっぽを向いて立ち去ろうとしたが、占い師(この呼び方が正しいのかもよくわからない)の笑顔にはそうすることを躊躇わせる、ある種の威圧感のようなものがはっきりと感じられた。
なごみは十数秒呆然と立ち尽くした後、軽く息を吸い、覚悟を決めて占い師の元へと歩き出す。
「お主、今男のことで悩んでおるじゃろ」
声を聞いても男なのか女なのか、若いのか若くないのか老人なのか、まったくわからない酒で
「何でわかるんですか!?」
「お主の男は昔は魅力的だったが、今はだらしなくて頼りない。好きだしこのまま結婚したいと思っているが、今の彼に自分の将来を預けるのも不安。そんなとこじゃろうか」
なごみの質問には答えず、占い師はすらすらとなごみの境遇を言い当てる。それだけでなごみは占い師の「術中」にすっかりはまってしまった。
会ったこともない、たった今ちらっと自分の姿を見ただけの人が、自分のことをそっくりわかっている。それはなごみの二十数年の人生の中で初めてのことだった。
「男も昔は夢を持ち、生きることに対して前向きじゃった。しかしその夢が破れてから、男は変わってしまった。お主はそんな男に苛立ち、二人の仲はしっくりいっていない。どうじゃい、当たっとるか?」
「あ、当たってます……でもどうして」
「占いとは手品みたいなものじゃ。どうしてそうなるのか、つまり手品でいうタネの部分を見せてしまったら、面白くなかろう」
後で考えたらめちゃくちゃな理屈なのだが、この時のなごみはあぁなるほど、そういうものかと頷いてしまった。
なごみの世界からたこ焼き屋が消え、帰路につく人たちで作られた雑踏が消え、街灯やネオンの光が消えた。後にはなごみと黒づくめの怪しい占い師、二人だけが残される。