目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第二章 桃とパイナップル(1)

 こりゃハズレだわ、と会場に入った途端思った。椿も、椿の専門学校時代の友だちだという二人の女の子も、笑顔の口元が引きつっている。


椿が見つけてきた今回の合コン相手の四人組は、一見して高ぶっていた気持ちを削がれるほどひどかった。



 一人目の椿の知り合いだという男は、二十八歳。顔はまぁありふれたごく普通の顔で、営業職なだけあってよくしゃべるが、こってりした関西弁がどうしても耳につく。


なごみはしゃべりすぎる男も、こってりした関西弁を話す男も苦手だ。


もしかしたらよく話してみればいい人なのかもしれないが、第一印象が×だった時点で、なごみの心は二度と浮上しない。



 二人目の三十四歳はこの歳にして髪の毛が薄く、三人目の三十一歳はボンレスハムのようにぶくぶくしていた。


薄らハゲにボンレスハム、それだけで関西弁のおしゃべりと同じく、候補から外される。


四人目の二十七歳はなかなかのハンサムで、この中では一番いいかなぁと思ったが、ポマードでぴっちり固めた古臭い髪形が、どうしても目についた。


アートに携わる職業に就いているだけあって、なごみは男のファッションセンスや身だしなみに人一倍うるさい。寿の私服だって、全部なごみがコーディネートしてやっているくらいだ。よって髪型のダサい男も除外となる。



 いくら気乗りしない合コンでも、せっかく会場の居酒屋を予約しておいたからには、飲んでしゃべってその場限りのお愛想を振りまいて、去らなければいけない。


アルコールが入れば、沈んだテンションも少しは盛り上がり、まずまず楽しい会話ができる。話がそれぞれの恋愛体験の話になると、椿の次になごみに話題が振られた。



「なごみちゃんはさぁ、今彼氏いるの?」



 「ボンレスハム」が酒で上気し、茹でた豚肉みたいに赤くなった顔で言った。なごみは少し考えた。今日ここにいる人たちは、出会いを求めて集まってきているわけだ。


今までの話でも、誰も恋人はいないと来ている。そこで今自分が、正直に寿のことを言ってしまってもよいものか。


 迷っていると椿が助け舟を出した。



「いるよー、ダメ男とダラダラ、八年も付き合ってるんだよね」

「八年!? 何それ、すっごい長く続いてるじゃん」

「ダメ男って、どこがダメなん?」



 「ポマード」と「関西弁」が身を乗り出してきて、椿がなごみに代わって寿のダメっぷりを滔滔とうとうと語り続ける。


そのうちなごみも気分が乗ってきて、自分から寿の悪口をべらべらしゃべるようになった。寿に悪いことをしているとはちっとも思わなかった。ただ、気持ちいいだけだ。


男性陣も女の子たちも、次々暴露される寿のダメっぷりに、顔をしかめたり身体をのけぞらせてみたり、オーバーなリアクションを取る。



「まぁ、男の三十なんてまだまだガキだもん。女の二十七は違うけどさ」



 「薄らハゲ」がその髪の毛と同じくらい薄っぺらい笑いを浮かべながら、ビール片手に言った。椿が連れてきた女の子たちがこくこく頷いている。



「夢を諦めたからとかやりたい仕事じゃないからとか言うけど、そんなのみんな同じだしさ。何といってもまだ、大人の男としての自覚が足りないんだろうねー。そういう奴は、余程のことがない限り変わんないよなぁ」


「余程のことって何ですか?」



 ムキになって聞いているなごみがいた。新しい立派な男を探すより、立派な男に成長した寿とずっといたい。なんだかんだ言っても、それがなごみの本音なのだ。



「んー例えば結婚するとか。結婚して子ども作るとかさ」

「思いきって結婚してみろってことですか?」


「まぁそれもひとつの方法だけど、男をしっかりさせるために結婚したり子ども作ったりってのも微妙じゃない? そもそも、絶対しっかりしてくれるって保障もないわけだし」


「じゃあわたし、どうしたらいいんですか」

「そんなの簡単」



 「薄らハゲ」がジョッキに口をつけると、蛇のように赤い舌が一瞬、ちらっと唇の間に覗いた。



「俺に乗り換えちゃいなよ」



 ひゅう、と誰かが口笛を吹く。なごみは無言で愛想笑いをしながら、男たちに見えないところでテーブルの脚を蹴った。ほんの少しだけ、至って軽く。


 この薄らハゲ。頭から焼酎ぶっかけてやろうか?


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?