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第54話  役割分担


 俺はニヤリと挑戦的な笑みを湛え、閃いた作戦を説明する。


「まず大前提として押さえとかなくちゃならないのは、あのレッドトロールの身動きを封じ続けなきゃ話にならないってことだ。現状、奴の再生能力が足の傷を癒しきってしまえば俺たちの敗北が濃厚になる」

「……だろうね。僕もマンションの屋上からずっとレッドトロールの動向を探っていたけど、あれだけの巨体で自由に動き回られるのは厄介だ。しかも今回はすでに凄まじい炎で全身を包んだ状態と来ている。そんな火だるま巨人に暴れ回られたら、今度こそ手の付けようがない」

「そうだ。だからまずは奴の足を再生させちゃならない。もっと具体的に言うなら、俺が破壊したアキレス腱の部位へ継続的にダメージを与え続ける必要がある」


 俺は神妙な面持ちで少し語気を強める。

 ここは俺の作戦の前提、根っこの土台となる要素だ。

 要は、レッドトロールの再生能力よりも常に与えるダメージの総量の方が多ければ良い、というだけのシンプルな論理。

 問題は、これをどうやって達成するか、だ。


 男は真剣な顔つきで俺を流し見る。


「つまり、キミとしてはあの巨人の足の破壊が必要不可欠と考えているわけだ。それで、どうやってアキレス腱を断裂させるつもりなんだい?」

「そこで、アンタの出番だ」


 待ってましたと言わんばかりに俺は力強く指をさした。

 男はやや呆気に取られたように眉を上げると、やがて俺の意図を察したのか得心したような表情に移り変わる。


「……そういえば、キミのメイン武器は双剣だったね。その短い剣じゃあ、あれだけ熱と炎を放出しているレッドトロールに近付けない。そこで、僕のこの銃が役に立つ、というわけか」

「ご明察恐れ入るぜ。その通りだ。要はアンタにはその物騒な巨大銃を使って、奴の左足を破壊して欲しい。中距離から攻撃ができるガトリングガンなら、それくらいできるだろう」

「少なくともキミの剣よりは効果的に立ち振る舞えるだろうが、どれほどダメージを与えられるかは分からないよ? さっきから見ていたなら分かるだろうけど、あの僕の銃弾はあの分厚い炎の鎧に遮られて八割がた防がれている。残りの二割もレッドトロールに命中してはいるが、やはり致命傷には届かない。つまり、肉体におけるダメージはほとんど通っていないと考えるのが無難だと考えているんだが」

「希望的観測を抜きにして、超絶リアリスティックに考えるならそうかもな。だが……奴の足元を見てみろ」

「なに?」


 男は怪訝な顔つきで問い返すが、俺は顎でレッドトロールの足元へ視線を促した。

 俺の真っ直ぐな目付きに押され、男は必要最小限の動きで顔を傾け、巨人の足を見やる。

 そして、ハッと息を呑んだ。


「っ……これは……」

「気付いたか? 奴の炎の鎧は一見全身に広く分厚く展開されているように見えるが、どうもそう都合がいい代物じゃないらしいぜ」

「足元に発火している炎の量が、少ない……?」


 これは先ほどレッドトロールを間近で見ていた時に感じた違和感だ。

 こうしてやや遠目から俯瞰して全体像を眺めるとよりその差異がはっきりしている。

 が、それは注意深く目を凝らさなければ見過ごしてしまいそうなくらいの変化だった。

 なぜなら――――


「思わず上半身から下半身にかけての凄絶な炎の猛々しさに目を奪われていたが、こうして比較してみれば一目瞭然だ。しかも足元だけじゃなく、腕から手首にかけての領域も同様に炎の放出が抑えめになっているな」

「恐らく、体の末端にいけばいくほど炎の防御性が薄れていくんだと予測してる。その理由は単純に、より致命的な箇所の防御を固めるためだ」

「再生能力が備わっている奴にとって、手足の一本や二本が吹き飛ぶのはさほど問題ではないんだろうな。いや、戦闘時に限っては大きな隙を生んでしまうから問題は大アリなんだろうけど、少なくとも突発的な命のやり取りに発展する可能性は少ない。人間が手足を失うっていうのとは丸っきり条件が異なるんだから」

「最悪、劣勢になった時には今みたいに踞って全方位に無差別に炎を放出させ防御を固めて体が再生するのを待てばいいだけだからな。全く、とことんデタラメな能力を併せ持ってるエリアボスだぜ」


 俺は肩を竦めてやれやれと首を降る。

 そのコメディじみた振る舞いに男は小さく笑いつつ、先を促す。


「僕の役割は理解したよ。だけど、これじゃあまだ現状維持の戦略に過ぎない。僕のこのガトリングガンでも決定打に欠ける奴の命をどうやって刈り取るつもりだ?」


 当然の疑問だろう。

 無論、俺の作戦はここで終了、なんてズッコケ展開は用意していない。


「安心しろよ。それも俺に考えがある」


 ここから先は、俺の出番だ。

 俺は剣を握る手に力を込め、覚悟の色を込めて口を開いた。




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