「その質問に対して答えは一つだ。俺は――――間違いなく元の世界へ帰る方法があると考えている」
北沢は信じられないものを見るような瞳で俺を直視する。
遅れて、弾かれるように身を乗り出した。
「そ、それ本当なの!? なにか根拠があるわけ!?」
俺は無言で頷く。
北沢の目を見て、真っ直ぐに言い放つ。
「北沢と出会う前、俺は『管理者X』と接触した」
「管理者……? 誰なのそれは?」
「詳しいことは分からない。だが、『管理者』なんて仰々しい肩書きをしていて、身なりも全身黒ずくめで顔もよく見えなかったような女だ。素直に考えるなら、この《新世界》を創造した人間ってことになるんじゃないかと思っている」
「は、はあ!? この世界を創造した!?」
「確証はないがな。だが、プリムの証言からも信憑性は高そうだぞ」
「プリムちゃんの?」
「ああ。おい、プリム。『クエスト』みたいなこの世界の
隣のソファでゴロゴロしながらクッキーを齧っていたプリムが、ボリボリと咀嚼しながら答える。
「そうですよー。あの方なら私よりもずっと深い情報にもアクセスできるでしょうね。私とは閲覧権限の格が違いますし」
「裏側の情報……? それに閲覧権限って……まるでこの世界が電子的な空間みたいな……」
「管理者Xも《新世界》は『ゲーム』だと言っていた。ベースになってるのは電子空間的なものなのかもしれないな」
「だけど、どうしてプリムちゃんはそんな情報にアクセスできるの? 話から察するに、誰でも触れられるものじゃないんでしょ?」
「ああ、言ってなかったっけ。プリムは管理者Xから直接貰ったモンなんだよ。今思い返せば、あれも一種の『クリア報酬』だったわけだ」
まあ、プリムという妖精が出現したのは管理者Xも想定外だったっぽいけどな。
普通クリア報酬として与えられるのは武器や道具みたいだし。
俺はチョコクッキーの袋を破り、雑にバリボリと噛み砕いた。
「管理者Xは、ゲームを進めろとだけ言っていた。ゲームを攻略し続けた先には、あらゆる未来が約束される、と」
「あらゆる未来って……」
「それは言葉通りに受けとるしかなさそうだ。あらゆる未来はあらゆる未来なんだろう。つまり、"元の世界に帰還する未来"もまた、あらゆる未来の内の一つに入ってるんじゃないかと思っている」
空のグラスに麦茶を注ぎながら言う。
北沢は神妙な面持ちで俺を射貫くような視線を向ける。
「その管理者Xは、私たちにゲームを攻略させて何がしたいの? 目的は?」
「さあな。そこら辺は全く分からない」
この《新世界》に『終わり』があるのかさえ。
そこは下手に隠すべきではない。
俺がきっぱりと告げた瞬間、北沢の瞳がかすかに揺れる。
が、それをピシャリと中断するように、プリムの呑気な声が割って入った。
「私の口からこう言うのもなんですが、元の世界への帰還程度の要望なら聞き入れてもらえると思いますよ」
「ど、どうして言い切れるの!?」
「私は《新世界》のデータベースにアクセスできるじゃないですか。そこでざっと潜れる所まで情報の海を
『シナリオ』というワードに、俺は無意識に反応した。
《新世界》はゲーム的な世界観。
自由に動き回って自分の好きなように行動できる一方で、細分化された中間目標として『クエスト』も設定されている。
『クエスト』を達成すればクリア報酬を受けとることができ、それでパワーアップすることでさらに次の『クエスト』を進めることができるようになるのだ。
「……そうすると、もしかしたら《新世界》にはあるのかもしれないな。RPGゲームで言うところの、『メインストーリー』のようなものが」
ただ発生する『クエスト』を機械的に攻略していくわけではなく、俺たちはもっと世界の根幹に関わる重大なストーリーの流れの中にいるのかもしれない。
思考の変遷に伴い、管理者Xが告げていた一言が不意に脳裏に蘇る。
――――チュートリアルはもう少し先だ。先ほどのオークは言うなればチュートリアルの前哨戦。
「つまり、俺たちはまだチュートリアルの途中……? チュートリアルをクリアしたら、新しい『シナリオ』が解放されるのか?」
そもそも、『クエスト』内容を事前に知れるのはプリムがいるおかげだ。
通常のプレイヤーには『クエスト』の存在すら開示されていない。
俺はプリムのおかげで『クエスト』を目的に行動することもできるが、他のプレイヤーは何の目的も提示されないまま《新世界》に放り出されることになる。
『プレイヤー』という枠組みの中で考えるなら、俺たちは
「そ、それじゃあ、そのストーリーだかシナリオだかってのを進めていけば、元の世界に帰ることができるのね!?」
「私はそうだと思いますよ! だからこれからも一緒にどんどん強くなっていきま――」
話の途中で、プリムが不自然に固まった。
どうしたんだ? と思った瞬間。
ドガガガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!
震撼する地響き。
凄まじい轟音と衝撃波に、室内は大地震が直撃したようにグラグラと揺さぶられる。
ガシャガシャーン! と食器やインテリアが落下して割れ、固定が甘かった液晶テレビも台から落ちて床に激しく体を打ち付けていた。
「うぉわ!?」
「きゃあっ!? な、なにっ!?」
「こ、これは……!!」
何事かと敵感知を発動しようとした刹那、回答は
『【エリアボス】が出現しました。早急に対処し、討伐してください』