本体を倒したジャイアントスライムは、ほどなくしてドット状の霧に呑まれて消えてしまった。
モンスターを倒すと肉体が消滅するからありがたい。
おかげで炎も無闇に延焼することもなく、穏便に済んで助かった。
一段落ついた俺たちは、あられもないスク水姿を晒していた北沢の着替えを女子更衣室の前で待っていた。
やがて、ガチャリと更衣室のドアが開けられる。
「――で、なんでお前、体操服なの? 制服に着替えに行ったんじゃないのか」
スク水から着替え、学校指定の赤色のジャージを身にまとって出てきた北沢に問う。
上は長袖ジャージの上着を羽織ってが、下は短パンの体操服だった。
衣服で隠れている上半身に対して下半身は膝上から足首までの健康的な素肌が見えている。
まあ、これはこれで良いものなんだが。
「制服じゃ動きにくいからよ。スカートとかだと動き回る時に躊躇しちゃいそうだし。激しく動く前提なら、むしろ体操服の方がちょうどいいわ。……だけど、さっきからジロジロ見るのやめてくれる? 目付きが犯罪者のそれなんだけど」
「人聞きの悪い。ちょっと同級生の足を見てただけだろ」
「寒気がするセリフね。さっきの化け物から救ってくれた男の子じゃなかったら拳が飛び出してたかも」
北沢が茶髪を揺らしながら拳を見せつけてくる。
殴られたくないので、両手と共に白旗を上げた。
二人で小さく笑いあうと、ふと北沢が呟くように言う。
「……今さらなんだけどさ。さっきは助けてくれてありがと」
「ああ、気にすんなよ。俺も他のプレイヤーと出会えたのは嬉しいし。何よりあの戦闘は――超刺激的な時間だった」
ジャイアントスライムとの戦いを思い出し、無意識に口角が上がる。
オークと同等か、あるいはそれ以上にヒリついた接戦。
ああ~っ、最っ高のスリルだったぜ……!!
「……神崎君ってそんな感じだったっけ? 去年はいつもぼーっとしてる無気力な人だなって思ってたんだけど」
「え? いや別に前と一緒……じゃない? てか、なんで去年の俺知ってんだ」
「なんでもなにも、去年同じクラスだったでしょ……ってその反応じゃ覚えてないみたいだけど」
「は、はは、そうだっけ? 悪ぃ」
「別にいいけど。去年もほとんど話したことないし、忘れてるのも無理ないわ。でも神崎君、こんな訳分かんない世界になっちゃったっていうのに、なんかすっごい楽しそう。私は怖くて動けなかったのに」
北沢に言われ、俺は言葉を詰まらせる。
……そうか、普通は怖いよな。
管理者Xにも"謎の招待メッセージを即了承した異常者"と評されていたのを思い出す。
実は『アーリープレイヤー』という称号も得ているなんてことを言ったら本格的にヤバい奴認定されそうなので、これは黙っておこう。
俺はごほんと咳払いし、話題を変える。
「色々と話をする前に、俺はとりあえずこの学校を出ようと思ってる。多分ジャイアントスライム以上の強敵はいないだろうからな。学校内をくまなく練り歩いたから、間違いないはずだ」
「そう、なのね。どこか目的地はあるの?」
「一旦俺の家に戻ろうかと思ってるが、お前はどうする?」
「わ、私も自分の家に帰りたいけど……今は神崎君に着いていくわ」
意外な反応に、俺は問い返す。
「いいのか? お前も自分の家に帰りたいだろ」
「……私の家、この学校から遠いの。三つ隣の市から来てて、いつも通学に一時間くらいかかってるんだ」
「うぇ、マジか。大変だな」
「うん。神崎君は家までどれくらいなの?」
「すぐそこだ。徒歩三分くらい」
「近っ!?」
「そりゃもちろん。何せこの高校を選んだ理由は"家から近い"の一点だけだからな。それ以外に魅力などない!」
「……なんか神崎君らしいわね」
北沢は苦笑する。
だが、その顔には明確な不安の色が滲み出ていた。
俺はあえてそれには触れず、いつも通りの口調を意識する。
「そんじゃ、ひとまず
「う、うん。分かった」
「話はまとまったようですね! 遊一の自宅がどんなのか楽しみです!」
「ありふれた一般家庭だ。あんま期待すんなよ」
俺は小さく肩を竦めながら、女子更衣室を抜けて校門へと歩いていった。